聖母降臨
ギルベルト陛下はクルアンに向かう途中であった。ルクローチェ聖下と会談があるとのことで、ボクがここにいることを聖下から聞いて立ち寄ったらしい。
これまでも来客はあったが、馬車が五台、二十人もの人間が来たのは初めてだ。ボクはこれまでのこと、主教との謁見、悪魔との戦い、宿場町の計画、それらを一通り二人に話した。
「不死のギフトか、難儀だな。それをベルには話したのか?」
ベル……? あぁ、ルクローチェか。
「いえ、話していません」
「ならばよい、誰にも話すなよ。不死の兵などということが知られれば利用しようと考える輩も出てくるだろう。俺が王ならば徹底的に使い潰すからな!!」
フハハハハ、と高笑いをされてもこっちはまったく笑えない、あなた王ですからね……
「よくやっているようだな、ここに宿場をつくれば国益にも繋がるだろう、支援者を募り人員を送るよう手配しておく、しばし待て」
翌朝。
陛下は「帰りも一泊する」と重い言葉を残してキャンプをでた。今回はずいぶんと上機嫌なようで少し話しやすさを感じたが……
さらに三日後、六台の馬車と共に再びキャンプを訪れた陛下はとんでもなく不機嫌だった。国のトップが話し合うんだから思い通りにならないこともあるのだろう。いったい何があったのか、一般市民のボクが聞けることではない。
「ヒロト、一つ仕事を頼みたい。内容は行方不明者の捜索だ、報酬は先払いでいいな、お前の留守中はこれでキャンプをもたせておけ」
そう言ってジャラジャラと硬貨の入った袋をテーブルに置いたギルベルト陛下。ボクはそれをありがたく受け取った。
この人は善人だと思う。
キャンプが立ち行かなくなっている現状をみて仕事を与えてくれたのだ。案外そういった気配りをしてくれる優しさをもった人だと認識している。
そんな陛下も予定通り次の朝には帰っていった。
五台の馬車を見送って陛下に頼まれた仕事に取りかかるための準備をしないといけない。詳しいことはこの残った馬車の人に聞けとのことだ。行きと帰りで一台増えていた馬車、クルアンの人間だろうか……
中をあらためるために近付くと……
「来たわね白髪、さぁ出発するから乗りなさい、詳しい話は中でするわ」
最恐の女がいた、当然その傍らには最強の剣士が控えている。最凶の王さまは最狂にめんどくさい仕事をボクに押し付けて晴れやかな笑顔でソマリアへと帰っていったのだ。
ソマリアとクルアンは友好的な状態を維持している、しかしそれはギルベルト陛下とルクローチェ聖下の仲がいいということではない。馬車の中でひたすら聞かされた陛下に対する罵詈雑言の数々がそれを物語っている。
その中から辛うじて聞き取れた今回の仕事の内容。
サバトの山羊が倒されたことでいくつかの問題は解決したが、その分後回しになっていた件を話し合ったらしい。それが異界の勇者が聖女を連れ去った件だ。
ルクローチェ聖下の言い分はクルアンから聖女を差し出したのだから、ソマリアから異界の勇者を一人差し出せ、具体的には白髪のヤツをよこせ。
つまりボクの身柄を要求したらしい。
たいして陛下は、失踪した異界の勇者を見付ける、その者に対する処遇は双方の納得いく形を模索する、というところに落としこんだ。結果、捜索の仕事がボクに回ってきたという流れだ。
「いいわねレオン、逃げたプトーコスは見付け次第殺して。すでに死んでいたことにするのよ。聖女も行方不明扱いにして私が匿う、全責任をギルベルトに押し付けて白髪を私の手駒にするから」
物騒な話をしている…… せめてボクのいないところでやってほしいんだけど。
ボクの証言なんていくらでもねじ曲げることができるんだろう、しかし……
「どうしてボクの身柄を要求したんですか?」
これは聞いておいたほうがいいだろう、最悪の場合ボクはどうなるのか、この女の考えがわからないと恐怖に耐えられる気がしない……
「あなた不死でしょ? 便利、使える。色彩の魔眼がある、便利、使える、私の役に立つものは大好きよ」
女性に大好きなんて言われたのは初めてだ、こんなに心が動かないものなんだな……
いや、恐怖で震えてはいるけど……
「不死ってなんのことですか?」
この女にそれは話していない、知られてるはずがない。
ボクの質問に空気が変わる、あの冷たい視線だ、巻かれた包帯の上からでもわかる冷徹な眼……
「私の魔眼が全てを見たの、くだらないことを言わないで」
あれか? あの眼で見られたときにバレていたのか……
この女はなんとなく陛下よりもヤバイ、ブッ飛んでる。おそらく陛下なら神器を使わない、犠牲を前提とした作戦をたてない気がする。でもこの女は使う、確実に使うつもりで動いていた。
この女の下につくのは絶対にダメだ、どんな使われ方をするのかわからない。
「すみません、気を付けます……」
「わかればいいのよ、私の大事な勇者様!!」
ヤバイ、この任務絶対に失敗できない……