漆黒巨躯
黒い腕が襲いくる、それをバックステップで躱したはずだったがボクの胸には切り傷ができ、じわりと滲んだ血が服を赤く染める。
「いってっ…… 躱したと思ったんだけどな」
武器を使っている様子はない、その攻撃は爪で切り裂こうとするものだ。体格があり手足が長い、それでも剣を持ったボクのほうがリーチはあるはず……
「見えている腕の攻撃だけを見るな、そいつの身体全体を覆っている魔力にも注意しろ!!」
見兼ねたザリチェからの助言が響く。
魔力…… ボクが見ている色のことだな。確かにサタナキアの周囲をモヤ? 湯気のようなものが包んでいる。
あらゆる生命が纏っているそれはオーラのようなものなんだろう。あれが触れるのもダメってことか。
畳み掛けるように爪での攻撃を繰り返してくる、それを大きく距離をとって躱す。
これじゃ攻撃の隙がないな…… しかし次の攻撃に移るタイミングでオーラの色が変わった、これは躱さなくていいフェイントだ。
つまりもう一度色が変わった時に決め手になる攻撃をしかけてくる、右か……? 左か……?
……っ、足かよ……
まるで鉄骨を振り回すような黒くて強靭な足で放たれた回し蹴り、咄嗟に屈んでかわしはしたが避けなければ首の骨を折られてたんじゃないか…… 空気を切り裂く音がまだ耳に残ってうるさいほどだ。
だがチャンスはある。こいつは知性がある分戦略をもって攻撃を仕掛けてくる、それを色で判別していけば優位にたてる。
懐に入り込む余裕はないが末端の手足を少しずつ削りながら勝機を見出だす。
相手の射程から離れて一息つく、さすがにレオンみたいな反則高速移動はないだろう。
額の汗を袖でぬぐうと逆に血がついてしまった。
直撃は避けているが体のいたるところに細かい切り傷をもらっている。
見える手足は避けられるが、見えにくい魔力によって受けたダメージは確実に蓄積していた。
だが相手のダメージも小さくはないはずだ、じわじわとだがしっかりと削っている。
「強いなニンゲン、よくやる、少し趣向を変えるか」
そういうとサタナキアはボクから視線をはずしザリチェを見る。
二人の間に魔方陣のようなものが浮かび上がると、突然ザリチェは膝からくずれるように倒れた。
「ザリチェっ!!」
すぐさま彼女にかけよる、しかし……
「グッ、アァッ……」
なぜかダメージを負ったのはサタナキアのほうだった。鋼のような肉体の至る所が裂け血を吹き出している。
一方のザリチェは何事もなかったように立ち上がり、パタパタと服の汚れを払っていた。
「なんだ貴様は、なぜワレの術が効かない!?」
「趣味の悪い噴水だな、汚らわしくて吐き気がするぞ。もしかして私を普通の人間だと思っていたのか? クックック、お前、不幸なやつだな」
問題はなさそうだな、いつも通り口汚く相手を罵ってる。
ザリチェが普通じゃないのは理解してるつもりだが、どう普通じゃないかはわからない。
「何が起きたんだ?」
ひとまずサタナキアに動く気配はなさそうだ、今のうちに確認しておこう。
「あれは人間の女を操る力をもっているようだ、それを私に使おうとしたんだよ。だがあいつの力では私の魔力を突破できなかった、反転した力が術者に返ってあの様だ」
逆凪ってやつか、相当なダメージになってるみたいだな、こっちもそれなりにはキツい、ここで一気に決めにいく。
「下がってろザリチェ、今回は一度も殺されずに倒してみせるからな」
再びサバトの山羊と対峙する、相手も決めにくるだろうそんな色をしている。あれは必殺を誓ったときの色だ……
ボクは魔力を前方に集めるように意識を集中して壁を作った。
勝てる…… 勝てる…… 自分に言い聞かせる。
「勝てる!! いくぞ、サタナキア!!」
決意を口に出しボクは一歩を踏み出した。