聖女生贄
全財産を失った、だからやりたくなかったんだ……
変わりに手にしたものは十四人の亜人の子供たち、この子たちの生活はどうすればいいのだろうか。
責任が重くのしかかる。
「お前はもう少し考えて行動できないのか?」
「うるさいなわかってるさ、全部聖女に押し付けるつもりだよ」
キャンプの隅で出発の時を待つ、早く出発してもらわないとまたザリチェに小言を言われるんだけどな。
マリーは親衛隊と何やら話をしているようだ、ボクには関係ない、と思いたい。
「おまたせしました!! 出発しましょう!!」
ようやくか、ずいぶん元気だな……
とことこと駆け寄ってきたマリーは憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしていた。
いったいどんな話をしていたんだろうか……
「ボクが言えた義理じゃないけど、どうするつもりなんだ?」
「はい、亜人の子供たちはここに残していきます。 護衛も二人残していきますので問題ないでしょう。 後のことはクルアンでの用事が済んだらここに戻ってきて話し合います。 手伝ってくださいね!!」
まぁそれが妥当だろうな、手伝わないけど。
「もちろん断る、ボクには関係ないだろ」
「絶対手伝ってくださいね、約束ですよ」
「断るって言ったのが聞こえていなかったのか?」
「約束ですよ、責任とってくださいね!!」
しばらくそんなやり取りを続けた、なぜかマリーが終始楽しそうにしていたから少しだけここに戻ってくる自分の姿を想像してしまった……
エレフスィ霊山と呼ばれる山の麓に大きな教会、そこを中心に広がる街がクルアン。
聖女マリーの目的地だ。
ここまでマリーを送り届けるのが今回の依頼だったため、ボクはクルアンの異世界ギルドでその報告をおこなっていた。
「ルクローチェ聖下にはお会いにならないのですか?」
マリーはエリュシア聖教の最大主教でこの国のトップであるベル・クロン・ルクローチェに会うために、一張羅らしき修道服に身を包んでいる。
「会う理由がないだろ、ボクは信者じゃないしただの民間人だ」
わざわざ国家元首なんて怖いやつに会いに行く必要なんてない。
「大聖堂は近くで見てもらいたいです、とても美しいですから……」
マリーは修道服に着替えてからずっと元気がなかった、緊張しているのだろうか。
ここで励ましの言葉でも出てくればいいのだがボクから言えることは何もない。
無責任に頑張れなんて言えない、頑張れという言葉は人を追い込む可能性があるからだ。
そんなことを考えてボクはいつも言葉につまり何も言えなくなる……
「それじゃあヒロトさん、後のことはよろしくおねがいしますね。
ここまでお世話になりました、たくさん叱られましたけど、その全部が私にとっては新鮮ですごく嬉しかったです。どうかお元気で……」
マリーは今にも泣き出しそうな顔で笑顔を作り、まるで別れの言葉のような挨拶を紡いだ。
「気をつけて、帰りの護衛もあるだろうしここで待ってる」
深々と頭を下げるとマリーはギルドを出て教会に向かっていった。
待ってる間に書店にでも行こうかな、護衛の報酬も受け取ったし余裕はないけど少しくらいはいいだろう。
マリーから少し遅れてボクもギルドを出ようとした時ザリチェに声をかけられる。
「ルクローチェに会いに行くのか?」
だから……
「なんでボクがそんなことしないといけないんだよ……」
ザリチェもボクが最大主教に会うと思っているらしい、会ったところで神器を使ってもらえるわけでもないだろう……
「そうか、神器は諦めるんだな?」
「殺してくれと頼んだら殺してくれると思うか? ボクの知る人間はそんなに狂ってないんだ、この世界の人間はどうか知らないけどな」
どうすれば神器を使ってもらえるか、一応考えはしたけど答えはでなかった。
世界に三つしかない神の造った武器、国のトップが管理しているような物をただの民間人に向けて撃つ理由が思い付かない。
それに亜人の件もある、今死ぬのは無責任すぎるだろう。
「じゃあ聖女は無駄死にだな、せっかくここまで運んだのにもったいないと思わないのか?」
無駄死に……? なんの話だ?
ボクは訝しげにザリチェを見つめる、それはこいつにとって予想通りの反応だったのだろう、いつものニヤニヤとしたイタズラっぽい笑いをうかべていた。
「神器の発動には聖女の命を使うと言っただろう、いや…… 言ってなかったか?」
「そんな話は聞いてない、どうして言わなかったんだよ!!」
「クックック、今、言うのがベストだと思っただけだ。それに、あれが死んだところでお前に何か関係あるのか?」
こいつは…… どうして今なんだよ、クソッ……
「マリーが死んだら亜人の面倒は誰がみるんだよ!! 赤ん坊だってそうだ。そもそもマリーはその事を知ってるのか?」
「知っていたさ、この世界では常識だからな。でなければ別れの挨拶なんてしないだろう?」
知っていた……? 自分が死ぬってわかっていてここまで来たのか?
親衛隊は知っていてここまで護衛をしたのか?
帰りの護衛がないから片道で成功報酬が渡されたってことか……
ボクだけが…… 知らなかったのか……
なんだそれ、ふざけるな、なんなんだよ、クソッ!!
もういい、考えるのは後だ、今やるべきことは考える事じゃない。
「行くぞ、ルクローチェ聖下ってのに会いに行く」
「あんなに嫌がっていたのにか? まぁ気を付けろよ、ルクローチェは死ぬほど異界の勇者を嫌っているぞ」
またボクが嫌がる情報を嫌がるタイミングで……
本当にこいつは性格が悪い。
「うるさいな、嫌に決まってるだろ。お偉いさんになんて会いたくないし、面倒事も怖い思いも死ぬことも全部嫌だ。でもな、人が死ぬのを見るのは自分が死ぬよりも嫌なんだ、ずっと残り続けるんだよ……」
人間はいつか死ぬ、その制限時間内に何かを残すから尊く価値のあるものが生まれ、その命にも価値が生まれる。
でもボクは違う、何度死んでも生き返る、そんなボクの命には価値なんて生まれないだろう。
だったらせめて価値のある命の為にこの命を使うべきだ。
マリーはきっと、これから多くの人を救うだろう、少なくとも赤ん坊や十四人の亜人の子供たちには彼女の存在が必要なんだ。
「あいつに死なれたらボクが困るんだよ」
ザリチェはボクの言葉を聞くと満足げな表情をみせた。