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使命放棄

 ガタガタと馬車が揺れる、道の悪さからか馬車の性能とはこの程度なのか、どちらにしろ乗り心地のいいもの

ではない。


しかしそんなものは気にならないほどの気まずい空気が馬車の中にはあった。


先の一件があったにもかかわらず聖女はボクを馬車に乗せたのだ、どうやらボクと腹を割って話をしたいらしい。


「あの……聖女様、先程は無礼な発言をしてしまい申し訳ありませんでした」


惨めったらしく謝罪をする、別に許されたいわけではなく空気を換えたいだけだ。


「お気になさらないでください、それより、その、聖女様という呼び方はやめていただけませんか?

私のことはどうぞマリーと呼んでください。

かしこまった喋り方もやめて、話しやすい言葉で大丈夫ですから!」


特に有り難くもない申し出だな、友達にでもしてくれるのか。


冗談じゃない、ボクは他人と関わっている余裕なんてないし、仲間が欲しいとも思ってない。


裏切られたり目の前で死なれたり、そういうのはうんざりなんだよ。


「善処します、聖女様」


ボクの返答にあからさまに落胆の表情をみせる聖女。


空気はいっそう悪くなったがこの際そこは諦めるしかないだろう。



本が読みたい。


自分の世界に逃げたい、そもそも人と話すのは苦手なんだ。


だがさっきまで聖女の腕で泣いていた赤ん坊は、現在ボクの腕の中でスヤスヤと寝息をたてている。


唯一の逃げ道を塞がれてしまった以上この状況に耐えるしかない。


「この赤ん坊とはどういった関係なんですか?」


風に揺れるふわふわの髪は光を受けて銀色に見える、誰の子供かなんて興味はないが、間をもたせるためになんとなく聞いてみた。


「捨てられていたのです、可哀想に……」


だからって拾うなよ。


あんたに責任をとる能力があるのか、と言いたいが止めておこう、ボクは成長したからだ。


同じ過ちは繰り返さない。


「銀髪は不吉の象徴だ、産まれたら人知れず捨てる……」


ボクの隣に座っていたザリチェがそういうものだと補足してくれた。


この世界のジンクスか、たったそれだけで捨てられるなんておかしな話だ。


横目でザリチェを盗み見る、こいつは性格や言葉遣いは酷いが、その銀色の髪は本当に美しいと思った。


「銀髪なんてボクの世界じゃ全然見ないからな、今のところこの世界で一番美しいと思ってるよ」


赤ん坊に話しかけるように小さく呟く、ザリチェに聞こえていないといいが…… それよりも。


さっさと話題を変えてしまった方がよさそうだな。


なぜかしんみりとしてしまっている馬車の中、ボクの話題の選び方が悪かったのだろうか。


そもそもなぜボクがこんなことをしないといけないのか、用がないなら外を歩かせてほしいんだが。


「これから行くクルアンという街はどんな場所なんでしょうか?

本で調べた程度の知識なんですが、確かエリュシア聖教の聖地? 総本山ですか?」


「興味がおありなんですか!?」


街に対してなのか宗教に対してなのか、どちらとも取れる質問での返答。


しかし表情はパッと明るくなった。


おそらくエリュシア聖教に興味があると言うのが正解だろうが、そんなことを簡単に口にはできない。


この聖女は情緒が不安定だからなるべくハズレは引きたくないが……


「どんな街なのかは知っておくべきだと思ったので」


聖女様はボクの答えに満足できなかったようだ。


やはりハズレだった、上がったテンションがみるみる下がっていくのがわかる。


これだから人と会話なんてしたくないんだ。


求める回答を得られなかった時の落胆、勝手に期待して勝手に失望する。


ボクが言えた義理ではないんだけどな。


聖女の力とやらに勝手に期待して、失望して、イラついてる。


最低だな……


「クルアンはエリュシア様が産まれた街ですよ。

今はエリュシア聖教の総主教であられるベル・クロン・ルクローチェ聖下が国家の運営をなさっています」


「せいか? 聞きなれない言葉だな、陛下みたいな敬称か? ……ですか?」


「フフッ、そうですよ、間違っても陛下と呼ばないでくださいね。

呼ぶときはルクローチェ聖下でおねがいします」


くそっ、油断した、完全に笑われたな。


でも聖女相手だから笑われるだけで済んだ、陛下だの聖下だのが相手なら投獄なんてこともありえる。


先に知れたのはよかった、この世界のルールがわからない以上は慎重にならないと。


どうしてただの高校生だったボクが神経をすり減らしながら国家元首に会わないといけないんだよ。


いや、聖女を送り届けさえすれば会わなくてもいいのか、それなら気楽だな。


「神器ってどういうものなんだ?」


「……あっ、はい。

クルアンにある神器はルクローチェの星と呼ばれています、どういったものかまでは存じておりませんが」


なんで一瞬ボーっとしてたんだよ……


まぁつまり名前しかわからないってことだな、名前からも形状や種類は予想できない。


わかるのは神器の所有者がルクローチェ聖下ってことだけ、それを使って死のうと思ったら結局総主教とやらに会わないといけないのか、面倒だな……


逆に無礼な態度を取れば使ってくれるだろうか…… いや、ないな、国家元首がそんなバカに務まるとは思えない、あぁ、本当に面倒だ……


「気分がすぐれませんか? 難しい顔をされてますよ」


「別に、考え事をしてるだけだよ」


「よく考え事をなさるんですね、でもヒロトさんの話すペースは心地いいです。

ゆっくり話をしていただけるのは助かります、私も色々と考えながら話をするほうなので」


「それはどうも……」


出来れば会話をやめて一人で考えたい、と言うのはやめておこう。


また空気が悪くなる。


「人と話すのは難しいですからね、相手を傷付けないように言葉を選んで、不快にさせないように空気を悪くしないように、相手のイメージを壊さないように…… 時々嫌になってしまいます。

こんなこと考えるのも良くないことだとはわかっているのですが……」


……ん? なんだ、愚痴か、まぁ言いたいことはわかるけど。


「つまりあんたは聖女のイメージを壊さないように気を付けて生きていますってことか、ボクには関係ない話だけど嫌ならやめればいいじゃないか、代わりの聖女なんてすぐに用意できそうだしな」


「やめてもいいんでしょうか……?」


「知らないよ、あんたが選んで責任を取るべきことだろ、ボクの顔色を伺わないでくれ、迷惑だ。

ボクの人生じゃない、あんたの人生だろ自分で決めろよ」


言い過ぎなのはわかってる。


でもどうしてもイラつくんだ。


自分を殺して仮面をかぶって生きている彼女が昔の自分みたいでイラつくんだ。


重い沈黙が馬車を包む、本当に、人と会話をするのは苦手だな。



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