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液体生物

 「歩きながら本を読むな」


「こんな何もない道に危険なんてないだろ」


一台の馬車が街道を進む。


馬車には聖女と呼ばれた女と御者、馬車の回りを囲むように護衛が三人、ボクとザリチェは最後尾をとぼとぼと歩く。


「お前はよく本を読むな、おもしろいのか?」


「現実逃避に最適なんだよ、嫌なことが多すぎるんだ……」


護衛の任務を受けた際、神器だけではなく聖女にも少なからず期待していた。


聖女と呼ばれるくらいだから何か聖なる力でも持っていてボクの持つ不死の呪いを解けないものかと。


しかしいざ会ってみると、そこにいたのは虫も殺せないようなただの女だった。


確かにそのぱっちりとした眼は慈愛に満ちていて見るものを安心させる優しさ、母性のようなものは感じたが、長くのばした金色の髪は自信なさげに彼女の顔を隠していた。


体つきに関してはボクにはわからないが、ザリチェが言うにはまぁまぁらしい。


寸胴の子供体型がよくそんな偉そうなことを言えたものだ。


聖女は諦めて神器に期待するしかないな。


「お前は本を読まないのか?」


「興味はないが、読んで聞かせるなら聞いてやるぞ」


聞いたボクがバカだった、なぜボクがそんな面倒なことをしなければいけないんだ。


とは思ったが、開いていた本のページに視線を落としそこに書かれた一節を声に出して読み上げた。


「クルアン、エリュシア聖教の本部があり国家の運営は代々エリュシア聖教の最大主教によって……」


「お前は何を読んでいるんだ?」


「子供地図帳だな、これから行く街のことを調べておいて損はないし、子供向けに書かれたものだから常識がないボクでも理解できる」


カラフルな表紙の本をザリチェに見せびらかすと、肩をすくめてそっぽを向いた。


初めてこの銀髪幼女に一泡ふかせてやれた気がする。




 「っふぎゃー、ふぎゃー!!」


見晴らしのよい街道、馬車で荷を運ぶ商人ともすれ違った。


この道はそれなりに安全なんだろう。


「おぎゃー、おぎゃー!!」


しかしこれは騒ぎすぎだ。


赤ん坊の泣き声は馬車の中から聞こえる、聖女が子連れだったのは知っていたがこれでは襲ってくれと言っているようなものだ。


「どうにかしたほうがいいんじゃないか?」


「知るかよ、赤ん坊なんてあやしたことはないし、自分の子供の面倒くらい自分でみてもらわないと。

護衛の依頼とは関係ないだろ」


自分の言葉に違和感を感じる、何か矛盾している。


だがその答えはすぐにザリチェからもたらされた。


「自分の子供じゃないだろ、聖女の条件の一つは純潔であることだ」


そうだ、それだ。 じゃあ誰の子供なんだ……


いや、どうでもいいな。


「何にしたってボクには関係ない」


「そうか、まぁお前の仕事が増えたとしても私には関係ないのと一緒だな」


そういうとザリチェは木々の合間を指さす。


そこにあったのは…… 水? 水溜まり?


動く水溜まり、クリアブルーの球体。


あれは…… あのフォルムは……


「スライム、スライムだ!!」


ボクの声に護衛たちが戦闘体勢をとる。


ついテンションが上がってしまったのが恥ずかしい。


でも生きたスライムを生で見ればボクだって声をあげるさ。


「ずいぶん嬉しそうだな、スライムを知っているとは思わなかった。

まさかお前のいた世界にも存在していたのか?」


「いるわけないだろ、あんな奇怪な生物。

いや生物かも怪しいな、あれも魔族か?」


「そうだ、わかったらさっさと働け、気を付けろよ……」


ザリチェの言葉を最後まで聞かずに走り出す。


ボールのように跳ねながら移動する液状生命はボクの動きに気付いて向かってきた。


数が……多い!?


一匹だけだと思っていたスライムは木々の合間、茂みの中、岩の陰、さらには木の上からと、どんどんその数を増やしていく。


「とりあえず……!!」


一匹、ボクは近くのスライムを思いきり蹴り飛ばす。


柔らかな感触、水中で水を蹴りあげるような重みを感じる。


効いてないな、これ。


その柔らかな体は空中になげだされながら、衝撃を吸収し地面に落ちた頃には何事もなかったように進撃を再開する。


「気を付けろ!! 体内に入られるぞ!!」


叫んだのは聖女親衛隊隊長、名誉なのか不名誉なのかよくわからない肩書きの男からのアドバイスに思考を巡らせる。


防御性能はわかったけど、あの体でどんな攻撃を仕掛けてくるかは想像できなかった。


体内に入ってくるって、意外とえげつない攻撃だな。


「ふぅ……」


スライムを前に熱くなった頭を冷やす、命のやり取りであることを忘れていた。


「物理がダメなら魔術、かな」


ボクは魔術書のページに魔力を流す、やり過ぎないように慎重に。


狙いはスライムの軍勢、その中心に風をおこす。


風は渦を巻きながらだんだんとその風速を強めていき巨大な竜巻となる。


「不便なんだよ、この魔術書ってやつは……」


魔術書は確かに誰でも使える便利なものではあるが、本を閉じるとその効果も消えていく。


複数の魔術を同時に使うためには、そのページを閉じないようにしながら別のページを開く必要がある、使えても同時に三つくらいが限界か。


ひとまず今回は二つで事足りる、スライムの集団を閉じ込めている竜巻だけでも絶命させることはできるだろうが……


「読みたい本があるんだよ、早めに終わらせる」


竜巻に熱を加える。


炎属性の魔術を重ねたことで生まれた炎の渦は、数秒で全てのスライムを焼き付くした。




 スライム討伐を終え、一度休憩を挟む聖女護衛団。


「お怪我はありませんか聖女様?」


「はい、皆様のおかげです」


遠くから聖女と護衛のやり取りを眺める。


そもそもの原因は赤ん坊の泣き声なんだろうけど……


まぁ赤ん坊が泣かなくてもスライムは現れたと思っておこう。


「おぎゃー、おぎゃー!!」


「異界の勇者様もお疲れさまでした、二つの属性の魔術を同時に使えるなんて凄いですね」


二つの属性を…… そういうものなのか、あまりやるべきじゃなさそうだ。


「いえ、聖女様がご無事でなによりです」


「だぁー、ばぁー、あぁー」


赤ん坊は必死に聖女の腕から逃れようと身をよじっているように見える。


もしかして嫌われているんじゃないのか……


「迷惑ですよね……? 子供を連れているなんて」


面倒だな、そんなことありませんって言ってほしいんだろうけど。


ボクにそんなことを聞いてくることのほうがよっぽど迷惑だ。


「そうですね、襲撃の理由はその子の泣き声とは関係ないかもしれませんけど、気付かれないように静かに立ち去るという選択肢は奪われていますから、皆を危険にさらした可能性はありますね。

もちろんそれ込みでの護衛依頼ですから、割りきって頑張りますよ」


ボクは聖女に作り笑いをうかべてみせた。


もちろんボクの選択は間違いだろう、その証拠に聖女はみるみる表情を暗くし、あきらかにしょんぼりとしてしまった。


今後必要以上に関わらないようにするためにも、ここで壁を作っておいた方が楽だろう。


「お前に人の心はないのか」


「ここで甘やかして意味があるのか? 次は死ぬかもしれないんだよ」


いつもの調子でザリチェが嫌味を言ってくる。


ボクもいつものノリで返事をする。


しかしザリチェの姿はボク以外には見えず声も聞こえない。


それを失念していたことに応えてから気付いた。


「私は知らんぞ」


クッ…… こいつ……


おそるおそる聖女の表情を盗み見る。


「あっ、今のは、違うんですよ、聖女様に対して言ったわけでは……」


ポロポロと涙を流す聖女にうろたえながら声をかける。


こんな時にすぐに謝罪の言葉を出せない自分が恥ずかしい、つい言い訳から入ってしまった。


「クックック、珍しく狼狽えているな、不死の勇者も女の涙には敵わないのか?」


こいつ、楽しそうにしやがって。


そもそもお前が話しかけてきたのが原因だろう。


「お前、なに笑ってるんだよ!!」


ボクの言葉にザリチェの顔が凍りつく、ボクも自分のバカさ加減に凍りつく。


「私が…… 笑っているように見えますか!?」


泣きながら、怒りながら、忙しく表情を変える聖女……


「いえ、見えません、申し訳ありませんでした……」


ボクの謝罪など届くはずもなく、聖女はきびすを返して馬車へと向かっていった。


その場に残されたのはボクとボクを嘲笑うザリチェの楽しげな笑い声だけだった。

おまけ  おーとこんてぃにゅー

 


 リースと呼ばれる小さな町の中央には噴水のある広場が存在し、町人たちの憩いの場として愛されている。


その広場のベンチに腰かけて読書に興じる白い髪の少年。


傍らには銀髪の少女が物憂げな顔で座っている。


「はぁ……」


少女は先程から溜め息ばかりをついていた。


「読書に集中できないからやめてくれないか」


そんな少女に辟易した表情で言葉を投げる少年は、仕方なく読んでいた本を閉じる。


「何か悩みでもあるのか? そんな調子でいられるとボクも迷惑なんだよ」


「ようやくか、朝から何度も溜め息をついてはいたが、もう少し早く対応できなかったのか?」


まさかのダメだしである。


しかしこの少女の尊大な態度はいつものこと、少年は軽く受け流す技術を持ち合わせていた。


「うるさいな、それで何を悩んでるんだ?」


「私はお前の力をオートコンティニューと言ったが、少し勘違いさせているのかと思ってな」


少年の顔色が変わる、自分の持つ力に対する認識の齟齬があるのならば、すぐにでも正しておかなければいずれ致命傷となりうる。


これまでの経験からギフトとはそういうものだと少年は認識していた。


「オートコンティニューとは自動で生き返るという意味だ。

お前はいつも生き返る時にゲロを吐くだろ、嘔吐コンティニューと勘違いしているのではと心配になってな」


「うるさいな、そんな勘違いはしてない。あれはとにかく気持ち悪いんだ、吐かなければ死ねるっていうなら死んでも吐かないように我慢してるよ!!」


緊張から解放された少年の語気が強まる、しかしそれを見た少女は心から安心したように微笑んだ。


「そうか…… 安心したぞ、これで悩みも解決だ」


少女の笑顔をみて少年の体から一気に力が抜けていった。


小さな町の穏やかな昼下がり、少年と少女の旅はこれからも続いていく。

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