「よ、余命宣告!!」ヤンキー先輩は勘違いする。
電話を切りほっとため息をついた。最近、ずっと悩んでいた事が今解決したからだ。
「なんだよ溜息なんかついて」
背後から急に声が掛かり驚いて振り向いてみると、金髪のヤンキー先輩がそこにいた。
ヤンキー先輩こと土方紫苑さんはこの高校で番長と呼ばれ恐れられている三年の先輩だが、実はかなり可愛い人だと俺は知っている。
彼女との付き合いは一年前、雨の中捨て猫を抱きかかえて途方にくれている所を俺が声をかけた事から始まる。
彼女の事は入学当初から知っていた。
周囲を威圧するような鋭い目つき、制服を着崩し、金髪で頭頂部が黒いというプリン頭というTHEヤンキーといういでたちで目立たない筈もなく、
生活指導の教師と言い争ったり、調子に乗ってるウェーイ系生徒に詰め寄ったりしている所を俺のクラスメイトが目撃した事もあったらしい。
暴走族を潰した、ヤクザと付き合いがある、目に付いた者はカツアゲされるなんて話を聞いており恐れていたのだが、
目の前で猫が濡れないように抱いて、泣きそうな顔をしている彼女は噂で聞いていたような怖い人ではないと思い声をかけた。
話を聞けばこの雨の中、ダンボールに閉じ込められるように捨てられていた猫を拾ったはいいが、家族が猫アレルギーなので連れて帰れず、相談する友人もいない事からどうすればいいのか解らなくなり途方にくれていたらしい。
普段の鋭い目つきではなく不安で涙目になっている先輩に、胸がときめいてしまって力になると宣言し紆余曲折を得て猫はウチで飼う事に。
押し付けておいてそれっきりには出来ないと、猫の餌などを渡してくる先輩に「会ってあげて下さい」と言ってウチに連れ込み、もとい誘って仲良くなっていった。
仲良くなるうちに彼女がとても可愛い人だという事もわかっていった。
先輩と知り合うことになった捨て猫で、現ウチの猫チョコと遊ぶときはずっとニコニコしてたまに語尾がニャンとなること。
ぬいぐるみが好きで俺がUFOキャッチャーで取った猫のデカグルミを「デカネコさん」と呼び、つい抱きついてしまう事。
噂で聞いたことはほとんど誤解か、ちゃんとした理由があることだった。
セクハラしてる教師や、いじめをしてる生徒を相手にしていただけで、ヤクザと言われているのはただ顔が怖いだけの父親だった。
ちなみにこの人が猫アレルギーらしい、猫好きの……。
スマホで遊んでる所を写真を撮っては父親に見せてドヤ顔してるみたい。親父さんはうらやましいと悶えてるんだとか。
かといって仲が悪いわけではなく猫アレルギーの親父さんのために帰ると真っ先にシャワーに入り、着替えもして自分が通った場所も掃除するんだそうだ。
とても相手に気を使える人だと思う。
見た目と言葉遣いで損してるよな絶対……
「なんかお前顔色悪いぞ?」
「そうですか?」
最近、不安で眠れなくて寝不足だったからなぁ。
「あー、そのチョコは元気か?」
「ええ、元気ですよ。紫苑先輩に会いたがってると思いますよ」
「そっか!! そっか!! じゃ、じゃあ今日行ってもいいか?」
「大丈夫ですよ、チョコも喜びます……」
「……お前本当に大丈夫か?」
心配そうな表情を浮かべる先輩。
いや、ただ寝不足なだけなんですよ。この屋上でそよ風とぽかぽか陽気にやられて眠いだけなんです。
寝不足の原因はチョコの事だ。最近、元気が無かったので動物病院に連れて行ったら余命宣告を受けてしまったのだ。
あと半年と言われつらく悲しく、急に死んでしまうのではと不安で眠ることも出来なくなってしまったのだが
さっき実は誤診であった事が知らされた。誤診というかカルテの取り違えだったらしい。
新人獣医のために経験を積ませる為につくったとかいう犬をあん、猫をちょこという名前にして作った偽のカルテを検査した獣医師が緊急オペで抜けて、説明を新人獣医師に頼んだ時にカルテの取り違えて持ってきたらしい。
人騒がせな……。
そういえば最近中間試験の勉強でウチに来てなかった先輩には何にも言ってなかったな。
「実は病院で余命宣告をされまして」
「よ、余命宣告!!」
あぁ、やっぱり驚くよなそりゃ、先輩チョコ大好きだし。
「ええ。それで最近夜も不安で眠れなくて。眠ったまま起きなかったらどうしようかと」
「お、お前!! なんでここにいるんだ!! 病院は!!」
「医者や家族と話し合った結果自宅での往診治療にしようと話してたんです、病院で点滴に繋がれたまま亡くなるのは……」
急な眠気であくびが出そうになる。先輩と話をしてるのにあくびはまずいとなんとかあくびを噛み殺す。
ふいに先輩に腕を掴まれると、引き寄せられ抱きしめられた。
……なにこれ? なにが起きてるの? 何故に俺は先輩に抱きしめられてるの???
「あの、紫苑先輩??」
「……やだ」
「先輩?」
「嫌だ死なせない!! 行くぞ!!」
ぐいっとどこかに連れて行こうと腕を引っ張られる。えっとどこに?
「先輩? どこに行くんですか?」
「病院に決まってるだろ!!」
病院? いや、チョコは病院にはいないよ?
あっ! まだ誤診だって教えてなかったな。
「先輩、大丈夫ですって」
「うるさいあたしが大丈夫じゃないんだ!! お前が死んじゃったらあたしが嫌なんだ!!
はじめて人を好きになったんだ、ちゃんとあたしを見てくれて、話を聞いてくれて一緒にいてほっとできるお前が好きになったんだ!!
死んだら嫌だ……嫌なんだよ……」
んん???
「あ、あの先輩? チョコの話ですよ?」
「へっ?」
「さっきの話、チョコの話です」
「良かった……いや良くない!! チョコは?チョコは無事なのか!?」
先程聞いた内容を彼女に話すとヘナヘナと力が抜けたように座り込んでしまった。
「あの、どうして俺が死ぬと思ったんですか?
キッと睨み付けられる。
「お前、ため息ついてただろ」
「あれはほっとして出たんですよ」
「顔色が悪かった」
「さっき言った通り寝不足です」
「……涙ぐんで震えた」
涙ぐんで……? ああ!!
「すいません。あくびを我慢してなったんだと思います」
「なんだよそれもう!! なんだよ!!」
「……紫苑先輩。俺の事が好きなんですか?」
怒ってる彼女にそう問えば、どうやら先程の告白を思い出して恥ずかしくなったのか膝を抱えて顔を埋めてしまった。
「俺も先輩のこと好きですよ。勿論女性として」
先輩から返事は無い。ただ、耳まで真っ赤になっている事から照れている事がわかった。
その可愛い反応に思わず笑みがこぼれてしまった。
「先輩ってかわいいですね」
フフッと笑いながら言ったのがいけなかったのか彼女は顔をあげずに少し怒ったように「うっさい、馬鹿、死ね」と言ってきた。
やばい、本格的に機嫌を損ねただろうかと考えていると、袖がクイクイと引っ張られる。
「…………やっぱ死ぬな……」
と紫苑先輩は小さな声でそう言った。
やっぱりこの人はかわいい。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら膝の上で丸まるチョコをニコニコしながら撫で続ける紫苑先輩。
「……なあ、結局チョコが元気なかったのってなんだったんだ?」
「あぁ、それですか? 恐らくですけど先輩が来なかったからじゃないかと」
「アタシが?」
「今思えば先輩が試験勉強で来なくなってからあまりご飯も食べなくなりましたし、いつも玄関の所で扉を見てましたから」
「チョコ……お前……!!」
感動したのか涙目でチョコをそっと抱き上げて顔を寄せる先輩。
「そんニャに、アタシの事がしゅきニャのか~!」
ウリウリと頬でチョコの顔を優しく擦りつけ、チョコもされるがままにゴロゴロと喉を鳴らしている。
「ヨシッ! これからもっと会いに来るからな~。 あっ……その、お前が良ければ……だけど」
「勿論、いいですよ。俺も先輩に会いたいですし」
「なっ!? …………アタ……シも……っ なんでもない!」
紫苑先輩は可愛い先輩です。