閑話「躑躅に集る蠅め」
今回は閑話(無駄話)なので、文字通り話の意味がよくわからないと思いますがよろしくお願いします!
伏線をベタベタに貼ったので今後綺麗に回収していきたいです…!
※タイトルの「集る」は「あつまる」ではなく「たかる」と読みます
「……やっと来た。十五分遅刻だよ、幸人」
深夜零時を少し過ぎたころ、いつもより少し低い、わたし――いや、ボクの声が闇夜の中で静かに響く。
躑躅が鮮やかに咲き誇る公園の門から姿を現した黒髪の少年は、そんなボクの声を聞いてぽりぽりと頭を掻くと、何やらばつが悪そうな顔で言い訳を始めた。
「あー……悪かったな、アイト――あ、今は藍花だっけ。ごめん、さっきまで友達とゲームやってたんだ」
「アイトのままでいいよ。ていうか、ゲーム?そんなものよりボクとの話の方が大事に決まってるだろう、まったく……君の物事に対する優先順位は本当に狂ってるね」
「うるせぇな……説教はもういいだろ、さっさと本題に入ろうぜ」
チッ、と不満そうに舌を鳴らす彼に腹が立つ。
彼の願いをきいて、甦るための対価をアイツに払ったのはボクだ。
だというのに、いつになっても感謝する素振りが見られず呆れてしまう。
できることならここでふざけんなと一発怒鳴ってやりたいところだけど、生憎今は時間がない。
仕方ないなと言う代わりにため息をつくと、ボクは伝えたかったことを手短に話すことにした。
「今日、陽代乃ちゃんと千世ちゃんが再会したよ。あと、千世ちゃんの怪我は完治したようだけど、どうやら記憶障害が後遺症として残ってしまったらしい。当然、陽代乃ちゃんについての記憶は全て消えているようだった」
「……そうか、あのソレイユとルーナとかいう……女神?を名乗る人たち、嘘ついてなかったんだな」
「当たり前だろう。だからボクらも今ここにいるんじゃないか」
「それもそうだな。で……陽代乃の方は、どうだったんだ?」
罪悪感のせいか、声に少し悲しさを滲ませて問うてくる幸人の表情はいつになく寂しそうだ。
その整った顔が堪らなく憎らしい。
そういう顔をしたいのは、一番悲しみたいのは、ボクの方だというのに。
元はといえば、陽代乃ちゃんが―――ボクたち六人がこんなふうになったのは、全て彼のせいだ。
「お前が……十四年前、陽代乃ちゃんにあんなことをしなければ……」
堪え切れずに、胸中で燻っていた怒りの言葉が零れ出る。
それを聞いた幸人は、驚いたように俯けていた顔を上げて、悔しそうな表情でまた言い訳を始めた。
「十四年前……ああ、俺らが十九歳だった時か……あの頃の俺は、頭がおかしかったんだ……!でも!今は本当に陽代乃のことを大切に思ってるし、だから―――」
(うるさい、うるさい、うるさい!!)
「頭がおかしかったんだ」?そんな理由で、一人……いや、千世ちゃんを含めた二人の女性を追い詰めたというのか?
なんて愚かで、馬鹿らしい言い訳なんだろう。
怒りのあまり目の前が真っ赤に燃えて見える。激しく視界を揺らすのは、今にも零れそうなほど目尻に溜まった涙だろうか。
「だから、今度こそあいつを幸せにしてやりたいと思ってる。俺が、自分の手で――」
「黙れっ!!!」
ざわ、と空気が揺れる。
近くを走っていった車の排気ガスの匂いが、再び言葉を発そうとするボクの呼吸を止めようとするかのように、重たく気管に絡みつく。
けれど、その喉を圧迫する汚い空気を飲み込んで、ボクは思い切り叫んだ。
「なんで今更そんなこと言うんだよっ!!後悔するくらいなら、最初から幸せにしてあげればよかっただろ!!『頭がおかしかった』?それが言い訳になるもんか!!お前が陽代乃ちゃんをちゃんと幸せにしていれば、ボクは潔く彼女のことを諦めるつもりだったのに!お前さえいなければ、陽代乃ちゃんを幸せにするのはボクだったのに!!」
「アイト……」
「なんで、幸せにしてやらなかったんだよ!そうしていれば、ボクが何もかもを犠牲にして、ここに甦ってくる必要なんてなかったじゃないか!それに、あの二人の悲劇も、お前が―――うっ……!」
潮の香り、灯台の光、水飛沫、雨雲で濁った夜空。
泣き叫ぶ女性の声。濡れた服が肌に纏わりつく不快な感覚。
体内から空気を抜き取られていくような息苦しさ。握られた冷たい手から微かに感じるぬくもり。
ああ、これは―――
脳の奥深くに閉じ込めていた、自分のものではない記憶が、無理矢理に引き出されていく。
同時に眩暈と頭痛に苛まれ、平衡感覚が乱れてきたボクは、倒れるようにして地に膝をついた。
副作用、の三文字がふわりと脳裏に浮かぶ。
慌ててこちらに駆け寄ってくる幸人を追い払うこともできず、ボクはその場で血を吐いた。
「あ、アイト……お前……っ」
「……」
「―――一体、何を願ったんだ……?」
「……は?」
「だって、願って、叶えてもらったのがこれだけなら、こんな……副作用みたいなものに、苦しめられること、ないだろ……?」
足元の砂に染み込んだ血を呆然と見つめながら、震える声で幸人が言う。
(やっぱり、ばれたか。)
まあ、勘が鋭く記憶力もいい彼なら、目の前で副作用の発作が起きれば何か勘付いてしまうだろうか……とは少しだけ思っていたけれど。気付くのが思いの外早くて少し驚いた。
「一体、何をするつもりなんだ……?そもそもお前は、何のために甦ろうと……」
「君に教える義理はない。口を出すな、邪魔もするな」
口元についた血を上着の袖で拭い、立ち上がってそう言い放つ。
でも、とまだ言葉を続けようとする幸人を鋭い目で睨みつけると、彼はようやく押し黙った。
「明日、学校で陽代乃ちゃんに『一緒に千世ちゃんを元に戻さないか』と言ってみる。友達思いな彼女なら、きっと快く応じてくれると思う。それと、学校ではボクと君は赤の他人だ。なるべく話しかけたり、近づいたりするなよ」
以前から立てていた計画について簡単に話すと、幸人は少し不満そうに頷いた。
「……分かったよ。今日話すことはそれだけか?そろそろ帰らないとマズいんだけど」
「ああ、もういいよ。長いあいだ引き留めてごめん」
「そうか。じゃあ、また明日な」
心做しか傷ついたような表情で別れを告げた彼の背を見送ると、ボクは反対側の門から公園の外に出た。
ふと、遊歩道の脇に植えてある赤い躑躅に視線を向けると、昼間はあんなに輝いて見えた鮮烈な赤が、宵闇の中では力を失くしていることに気付く。
その姿は、どんな時でも健康な精神と肉体、笑顔などを保つことが出来ないボクら人間とよく似ているように感じた。
そして、美しい花に集る蠅などの虫が、陽代乃ちゃんに執着する幸人のように思えて吐き気が止まらなかった。
『アイトくんっ!』
記憶の中の大好きな人が、微笑みながら嘗ての自分の名前を呼ぶ。
その姿が余りにも儚くて、恋しくて……彼女とその周りの人を守り助けていくという決意が、より一層強くなる。
もう、失いたくない。誰にも傷つけさせない。ボクの世界から、いなくならないで欲しい。
だから、誰にもこの計画の邪魔はさせない。
新しい家族だろうと友人だろうと、少しでもボクらの人生を狂わせたら容赦なく切り捨てるつもりだ。
たとえ、その邪魔するものが、人ではない何かであったとしても。
「――――神も悪魔も、くそくらえ」
夜の遊歩道の真ん中で拳を強く握りしめながら、ボクはそう呟いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
本作初の閑話、どうだったでしょうか。
ついにメインキャラが一人新たに登場しましたね。
個人的にすごく設定が気に入っていて、早く登場させたかったキャラなので、序章のうちに登場させられてすごく嬉しいです。
今後の活躍が楽しみですね!
それから、この閑話を以て序章は終わり、次回から本編第一章に入ります。
序章よりも一話を長めに、新キャラもどんどん登場させていく予定です。
こちらも楽しみにしていてくださるとありがたいです!