第捌話 透き通るように美しく
カモシカは牛の仲間
「よし!到着じゃ!」
藤色と紫は貴族街を抜け、聖堂や政府機関が集まる城に最も近いエリアに辿り着く。
ここまで来ると畑や住宅街にあった木や花などの緑はほとんど無く、街の構造も人工的な階段や高低差が目立つようになり、まるで要塞のような街並みが広がっていた。
「独特な街の雰囲気ですね。」
「そうじゃのう、まるで天井のない城にいるみたいじゃ。」
藤色は紫を引き連れとある店へと向かった。
------------------------
魔導具屋【スペクロ】
------------------------
「よう!久々じゃの!スペクロ!」
「ちょっとちょっと!やめてよ嬢ちゃん!硝子と呼んでくれないと!」
藤色が勢いよく店の扉を開けると、眼鏡をかけた白髪の中年の男が焦るように二階から降りてきた。男は藤色の顔を見た途端、驚嘆し目を見開く。
「ふ、藤咲様!?どうしてこんなとこに!?」
「なんだおぬし?おぬしもその呪術とやらにびびっておるのか?」
藤色は笑いながら男に言い放つ。そんな藤色を見て、男は額を抑えよろよろと近くに置いてあった椅子に座った。
「もう、あたりまえじゃないですか。最近増えてるんでしょ?丁度先週も門番が呪術師取り押さえたばかりなんですよ。」
男の店は様々な杖や宝石で溢れかえっており、客の居れるスペースなどほとんどない状態であった。決して散らかっているという雰囲気ではないのだが、あまりに大量の品々を小さな店に詰め込んでいるといった具合だった。
そんな店を見て藤色はけらけらと笑う。
「相変わらずじゃのう、店の具合もおぬしの臆病ぶりも。」
「藤色さん、この人は?」
「老舗魔導具屋の店主のスペクロ・ウィリアムズじゃ。魔法や魔導具のことならこやつに聞けばなんでも教えてくれるぞ。」
自由気ままな藤色にスペクロはため息を吐いた。
「だからフルネームを簡単に教えないで下さいよ!てかほんとにあんたなんでこんなとこにいるんですか?お馴染みの家臣も誰も付けないで。」
「それについてはいろいろあったんじゃ。スペクロ、こやつに今一押しの魔法を見せてやってくれ!」
その要望にスペクロはメガネを上げてやれやれと答えた。
「はあ、それなら学校に行ってみてはどうですか?ちょうど私も納品に行きますし、先生から今日は公開実習があるとも聞いてますから。」
スペクロの答えに藤色は満面の笑みを浮かべる。
「おお、それは面白そうじゃ!やはりお前に聞いて正解じゃったぞ!」
------------------------
シクロ公国・国立魔法学校
------------------------
「実はのう、魔法というのはそんなに珍しい物ではなく、フェルの帝国でも見れるのじゃ。」
藤色は公開実習の準備が進められる校庭を眺めながら紫に呟いた。紫はそんな藤色に当然の質問を返す。
「じゃあ、なんでわざわざここまで?」
「久々にこの国に来たかったという気まぐれもあるが、この国の魔法を見て欲しくてな。」
そう言いながら藤色は、大量の杖が入った袋を背負ったスペクロにウインクをした。そのウインクを見たスペクロは、ため息を吐きながらも口角を上げ誇らしげに口を開いた。
「ええ、藤咲様に気に入られて光栄ですよ。なんせシクロ公国は、美しき魔法『結界魔法』の本場ですから。」
「ほら、始まるようじゃ。」
「始め!!」
神父服のような衣装を身にまとった教師の掛け声が校庭に響き渡る。それと同時に、対峙していた二人の生徒は杖を構え互いの距離を詰めた。
「おりゃ!」
赤いローブを着た生徒が杖を振り上げる。すると、青いローブを着た生徒の真下からガラスの柱が飛び出した。青い生徒はそれを間一髪でなんとか避ける。ガラスの柱は日光を乱反射させ、天を貫くがごとく真上に伸び続ける。
「なにあの硝子!綺麗!」
紫の驚きの声に藤色は解説を加える。
「特殊魔法の一つ、結界魔法じゃ。あれは正確にはガラスではなく魔力の結晶。性質はガラスとほぼほぼ同じじゃからあまり気にしなくていいがの。」
「ガラスと結界を一緒にしないでください。」
藤色の解説にスペクロの誇りを持った補足が入る。
赤の生徒の攻撃は止まらない。透き通るような結界を次々と生成し、青の生徒の足をすくおうと奮闘する。しかし、その魂胆は青の生徒に見透かされていたようだ。攻撃を避け続けていた青の生徒は満を持して杖を振り下ろす。その仕草を見た赤の生徒は、何かに気付いたのかあわてて空を見あげた。
\
\\\
\\\\\
\\\\\\\
\\\\\\\\\
\\\\\\\\\\\
○←赤 ●←青
※横から見たイメージ図
赤の生徒の頭上十メートル程の高さでは、日光に照らされ鋭利に光り輝く無数の結晶が攻撃の機会を伺っていた。それらはシャンデリアのように空中で円錐の隊列をキープしており、それが青の生徒の合図の元、赤の生徒に振り下ろされた。
ドガガガシャン!!
赤の生徒は急いで頭上に結界を張り対抗する。しかし、用意されていた圧倒的な物量の前に即席の結界はいとも容易く崩れ去る。
「勝者!青!」
教師の掛け声により、実習の一回戦は終了した。
「すごい、戦いなのに……こんなに綺麗……。」
「当たり前だお嬢ちゃん、シクロ公国には美しき戦いを神の前で披露する儀式もある。この華麗なる戦いは私たちの国の誇りだ。」
スペクロは自慢げに紫に語った。
「あれ、ところで藤色さんは?」
紫とスペクロが辺りを見え当たすと。校庭から教師の声とは別に聞きなれた声が聞こえてきた。
「なんですかあなた!困ります!」
「いいじゃろ!血がうずいてたまらぬ!わらわと誰か一戦頼む!!」
補足豆知識:魔導具屋【スペクロ】は政府機関が集まる中央エリアに店舗を構える。とういうのも【スペクロ】は公国ができた初期からあり、これは国が広がる以前にこの周辺が商店街であった名残である。