第質話 その国は壁に囲まれて
馬は口呼吸ができない。
「すごい!歩くのも趣がありますけどやっぱこういうのも便利ですね。」
「わらわは結局歩くのと変わらぬ体力使うからどっちでもいいんじゃがな……。」
【玉藻妖術・弐の尾】~雲駆ける鉤爪~
藤色は風を掴み、紫を連れ森の上空を飛んでいた。藤色はかなりの体力を使っているようなのだが、体を横に倒し足を延ばして滑空する様子は傍から見れば優雅に飛んでいるようにも見える。
「雲駆けるのに雲要らないんですか?」
「まあ雲があった方が、というより水分量があった方がやはり液体じゃから扱いやすいというだけじゃ。本来掴めないものを妖術により操作する。それがこの術の本質じゃ。」
藤色は自慢げにそう語る。
「ほら、見えてきたぞ。美しき魔法を操る国、『シクロ公国』じゃ。」
紫がその全体を見やすいように、藤色は高度を上げた。
「すごい……。国そのものが綺麗な形をしているんですね。」
上から見たシクロ公国は、名前の通り綺麗な六角形の形を形成していた。その国を大きく囲むように畑が並んでおり、そこから住宅街、商店街、貴族街、聖堂・政府機関と中央に向かって町の機能が綺麗に並べられている。そんな公国の中央には、青く尖った円錐の屋根が無数に並ぶ白い城が構えられていた。
そして、この国で最も目を引く建造物は、畑のさらに外側に国を一周するようにそびえ立つ巨大な壁である。
「この森の危険生物たちから身を守るため、大きな石造りの家に大勢で住み始めたのがこの国の始まりと言われておる。その家はどんどん大きくなり、人も増え、機能も整備され、今のシクロ公国になったそうじゃ。そのことから、この国は世界一大きな城と言われておる。」
「世界一大きな城?って……。」
「わらわもホントかは分からんが、今見えてる壁とその内側は、全部が繋がった一つの建造物らしいのじゃ。」
藤色は一度高度を下し、森の中へ着地する。
「飛んだまま中に入らないのですか?」
「見えぬが……シクロ公国は空中にも魔力を封じる結界がドーム状に張られておる。六面の壁に一つづある入国門から入るのがこの国の礼儀じゃ。」
藤色は高くそびえる壁に向かって歩みを進めた。それに付いていく形で紫も歩き始める。
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第三入国門
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シクロ公国を囲む壁はあまりに巨大であり、その高さは百メートルを超える。森の木々が邪魔しているということもあり、近くで見た壁は左右が終わりなく続いているように見える。
そんな壁の中央にそびえるのが、これもビルのような高さを誇る巨大な門である。
「君たち、入国の目的は?」
「わらわは旅の者じゃ。紅蓮帝の帝国から来た。少し観光させてくれんかの?」
門番は藤色の一人称に首を傾げる。
「わらわ?どっかで聞いたことある口調ですが……。」
「あ、あまり気にするでない。」
「まあいいでしょう。この腕輪を付けて下さい。入国を許可します。」
あっさりと入国門をくぐった二人は、城まで続く大通りを進む。その両サイドには畑が見え、開けた畑エリアでは大通りの奥にある街が一望できる。
「意外と簡単に入れるものなんですね。」
「シクロ公国は観光業でも栄えておるからの、あまりよそ者を拒むことはないのじゃ。」
「あと、この腕輪何なんですか?」
「んー、なんじゃろ?わらわが前に来たときは無かったから分からぬ。」
そんなこんな話をしながら、二人は政府機関が集まるエリアを目指すのであった。
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一方、第六入国門
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「ちょっと待ってきみきみ!勝手に入ろうとしないで!」
「あぐぁ、ぐぁ……。」
(なんだこいつ、気味わりい……。)
第六入国門にて、黒いボロボロのローブを纏った男が入国門の目の前に立っていた。その男の身長は二メートルを超える巨体であり、奇声を発しつつも微動だにしないその様子に門番は恐怖を覚えた。数人の門番が耳打ちで会話をする。
「お、おい、あれ報告した方いいんじゃねえの?」
「分かった、俺が行く……。」
その時だった。
「あ“あ”あああああ!!!」
その雄叫びと共に、第六入国門の周囲は飛び散った液体で真っ赤に染まった。
男の腕が突如として巨大化し、門番達の体を掴んでは握り潰し始めたのだ。
その腕はとても人の腕とは言い難きものであった。それは大きさが異常だからとかそういう話ではない、その腕にはおおよそ皮膚と呼べるものが付いていない。赤い筋肉が煙を上げて隆起し、青紫の血管が脈を打つ。
「うそ……だろ!!」
そんな見るも恐ろしい異業の腕に、門番達は成すすべなく体が二つになるほどの握力で握りつぶされる。
黒いローブの間から、包帯に巻かれた男の顔がちらっと見える。包帯の間から見える赤い瞳は、獲物を狙う猛獣にように光っていた。
補足豆知識:藤色はセーラー服を着る際、頑張って尻尾をしまっているが、常にそれをするのは苦しいらしく人目の少ないところでは出しっぱなしにしている。そのとき用にストッキングは尻尾の部分に穴が開いた特別性になっている。