第陸話 慣れぬ羽衣に身を纏い
カナダの国の動物はビーバー、カナダ屈指の有名人はジャスティン・ビーバー。
藤色が『妖国』から居なくなってから二晩が明けた。その朝、かつて藤色の部屋であった大部屋に八人の元家臣が円を組み座っていた。
「空一殿、何も、藤園を追いやったのはお前の手柄だけでは無いことは知っておろう?」
「そうです空一様、これは何を隠そう我々八人衆の手柄。独り占めはいけませんなあ。」
そんな抗議を申し立てる二人に、空一は笑いながら答えた。
「分かっている。これからはこの国は我々のものだ。だからこそ皆をこうして集めたのではないか。」
「さすが空一さま~、皆のことを考えて下さる立派な方。」
着物をはだけさせ、肩や谷間を露出させたピンク髪の女性が、隣に座る空一に胸を押し付け讃頌する。そんな女性に赤髪の鉢巻きを巻いた男が怒鳴りつけた。
「けっ!破廉恥だぞ瑠璃丸!そんなんで媚を売るんじゃねえ!」
「まあまあ、おちつけ皆の衆。」
そんな騒然とする七人に空一は落ち着いた声色で呼びかける。
「まずはそうだな……民の不満は未だ藤園に向いている。この状態で藤園にどれだけ責任転嫁しつつ民から搾り取れるか考えてみよう。」
そんな空一の言葉に、場は再び落ち着きを取り戻す。真顔の者、口角を上げる者、表情では悲しそうにする者など様々ではあったが、ここにいる彼らは一人残らずどす黒い内心で喜びに声を上げているのであった。
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「ずいぶんと世話になったのう。フェルコンドル。」
「ああ、ずいぶんと世話をした。」
フェルコンドルは皮肉交じりに藤色の感謝に答える。
「それじゃあまたいつぶりになるかは分からんが、達者でな!」
「……おう。」
久々の再会と別れにしては淡泊な会話を終え、藤色と紫は紅蓮帝の帝国を後にした。
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その道中
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「久々の再会だったのに、別れの挨拶はさっぱりなんですね。」
「あいつは何をしても死なんからのう、別に惜しむ別れなど訪れぬわ。」
二人は帝国の北にそびえる針葉樹の森を歩いていた。その道中の休憩がてら、藤色は顔を淡く赤らめながら紫に尋ねた。
「それより、この奇妙な服は本当にわらわに似合っておるのか?」
藤色はスカートを手で抑える。普段から着物しか着ていなかった藤色にとって、ふくらはぎや太ももに風が当たるスカートは慣れないものであり、藤色は何かいけないことをしている気分に襲われていた。その様子に紫はにっこりと微笑んだ。
「はい、お似合いですよ。とっても可愛いです。」
そう言われつつも藤色は困惑しながら自身の足腰を気にする。藤色が身に着けているのは、真っ赤な胸元のリボンが映える真っ黒なセーラー服であった。
「しかし、これではその、パンツが見えてしまうのではないか?」
「いえいえ、見えません。そのためにその……なんでしたっけ?すとっきんぐ?ってやつですから。」
「じゃが……、その黒い下袴も微妙に透けておろう……。(それになんでこんなにぴっちり体に張り付いているんじゃ?)」
(たじたじの藤色さん可愛いなあ。)
これは紫の提案であった。紫も実際に着たことは無く、上の学校のお姉さん達が着ているものという印象でしかなかった。紫はその理想のお姉さん像を藤色に当てはめるべく、無理を言ってフェルコンドルの使用人に仕立てさせたのだった。
もちろんこの世界にはセーラー服の文化どころか概念すらも存在しない。それにも関わらず、紫の情熱があったからか、はたまた仕立屋が優秀だったのか、藤色が身に着けているそれは紫のいた世界のセーラー服を完全再現しており、藤色のスレンダーなボディとわずかに残るあどけなさを引き立てる素晴らしい代物であった。
狐のように鋭い目つきと、長くさらさらとした黒髪を持つ藤色は、黒いセーラー服と合わさり正に理想の女学生として紫に映っていた。
「ほ、ほんとにこれでいいのだな?」
「はい!私の世界では藤色さんくらいの女性は皆着ております。(そのスカート確かに短いし、そもそも学生服にスカートなんて履かないけど可愛いから黙っておきましょう。)」
「そ、そういうおぬしはなぜスカートを履かぬのじゃ?」
藤色は紫の服装を見つめて問いただす。紫は藤色の格好とは対照的に、金魚があしらわれた巫女服を身にまとっていた。赤い下袴は足首までしっかり覆われており、紫の年齢に見合わないグラマラスな体形が隠れてしまっている形となっている。
「わ、わたしは……。スカート履いちゃうとお国の意向に反しますので……。」
「おぬしの周りは売国奴しかいなかったのか?」
二転三転する紫の適当な言い訳に藤色は頬を膨らませる。紫は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ頭を掻く。
そんなこんなで服装談義も終わり、二人は始めに目指す場所の話を始めた。
「そもそも、この旅の目的ってなんでしたっけ?」
「わらわ達の新しい居場所を探すのじゃ。」
「居場所……。」
藤色の発言に、紫は少し険しい顔をする。しかし、藤色は気付いていないのか話を進める。
「しかし、おぬしまだこの世界について知らぬことばかりじゃろ?じゃから、まずはこの世界を見せてやろう!」
藤色は針葉樹の森の先を差した。
「この森はもうしばらく行くと葉の広い樹が生い茂る森となる。その森の中には壁で囲まれた国があるのじゃ。名は『シクロ公国』、おぬしの世界には無い『魔法』が発達した国じゃ。」
補足豆知識:藤色のスカートの丈は膝が見えるくらい、ストッキングのデニール数は40くらい。スカートとストッキングに関して、紫はたまたま城にあった衣装室で可愛いものを選んだだけであり、スカートとストッキングを組み合わせたセーラー服を知っていた訳ではない。ちなみにどう考えても某少年向け漫画に登場する羽○狐に寄せているデザインは作者の性癖(知ってる人いたら嬉しいです)。