第参話 夜の橋の上に寄る
藤園が居無くなった城にて。空一は足腰を震わせながら黒づくめの男たちに命令をしていた。
「お、おい!おい誰か!あの子娘を殺してこい!」
しかし、その命令を素直に聞き入れる者はそこには居なかった。沈黙が支配する中、空一はさらに怒鳴りつける。
「誰が食わせてやってると思ってる!?こちらの世界に飛ばされ、行く当ての無いお前らを誰が!!」
そこに黒づくめの男の一人が声を震わせながら答える。
「だ、だって……なんだよあいつ、なんで呪術が効かねえんだよ!?」
その男の一声に、他の黒づくめの男たちもそうだそうだと空一に向かって文句を飛ばす。
「ええい!!使えぬ奴らだ!!それじゃあせめて常に五人は私を警護しろ!そうでなきゃ私は震えて夜も眠れぬ!!」
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その頃、とある橋の上にて
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「どうしたおぬし?こんなところで?」
藤園は自分よりも三つほど幼く見える少女に問いかけた。藤園はその少女に違和感を持った。夜に一人なのもさることながら、彼女の着ている服が見慣れないながらも分かるほどあまりにボロボロなのである。
「そ、それは……。み、道に迷ってしまいまして……。」
怯えながら答える少女に、藤園は笑顔で返した。
「ほう、そうか。ちょうどわらわも道に迷っておったのじゃ。どうじゃ?一緒に散歩せぬか?」
「え、ええ……道に迷ってる人同士で歩いてなんとかなるんですか?」
「なに、気にすることではない。ただわらわの要望を聞いてくれ、わらわ今この国にいるのちと気まずいから外れの方まで散歩しようぞ。」
少女は豪奢な着物を纏った藤園の不可解な提案に困惑する。しかし、
「ええ、いいですよ。やっぱりわたしも行くとこありませんし。」
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とある散歩道
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「歩きにくくないんですか?」
「大丈夫じゃ、おぬしこそ寒くないのかの?」
二人は月夜の散歩道にて他愛ない会話をしていた。
「おぬし、名はなんと申す?」
「はい、わたしは紫、小野町紫と言います。」
「ますます奇遇じゃのう、わらわも似たような名前じゃ。」
「なんて言うんですか?」
「(藤園とそのまま言ったら驚かれるかの?)……。わらわの名は藤色と申す。」
「あら、素敵な名前ですね。」
紫はにっこりとした笑顔を藤園に見せる。その後も、二人は月の下で様々な話をした。
「異世界?ということはあれか、おぬしも呪術を扱えるのか!」
「呪術?ですか?私もよく分からないですが……。」
~
「こちらの世界にも帝国があるのですね。」
「そうじゃ、十三人おる!それぞれの皇帝が色の名前で呼ばれておるのじゃ。おぬし知らぬようじゃからぶっちゃけるが、わらわも実は紫の皇帝だったのじゃ。」
「藤色さんが?…ほんとですか?」
「ええい!本当じゃ!」
~
「そうか……母親と実の姉を……。」
「ええ、空襲です。敵国が飛行機に乗って爆弾を落としてきたのです。」
二人は夜が明けるまで、歩き疲れることを忘れて話し続けた。初対面ではあったものの、どこか似た波長でも感じたのか、二人は自身の身に振りかかったことをまるで長年の親友に語りかけるように話し合った。そして、気付けば知らない街に来ていた。
「あら、もうすっかり夜が明けちゃいましたね。」
「そうじゃのう、なあ、紫。」
「なんですか?藤色さん?」
藤園改め、藤色は日の出に照らされた満面の笑みを紫に向けた。
「私とこの世界を旅せぬか?目的は……、そうじゃ!わらわ達の新しい居場所を探すとしよう!」
その屈託のない笑顔に、紫は悲し気な表情で返した。
「申し訳ございません。それはできないかもしれません。」
「なんでじゃ?やろう!」
藤色は紫の手をとろうとする。すると紫は触れないように手を振り下げ藤色から距離をとった。
「どうしてじゃ?わらわが嫌いか?」
「違うんです!」
そう声を張り上げた紫は近くの草木を手で掴む。すると草木は命が抜け落ちたかのように萎れた。
「私は昨夜、謎の男に死神の力を与えられてしまいました。この力は、触れただけで命を奪う呪いのような……。」
呪いのような力、そう言い切る前に、紫の手は藤色に引かれた。
「え……。」
紫はきょとんとした目で藤色を見る。
「確かに……。ちときついな、何かに吸われそうな気分にはなる。」
「なん……で?」
「いったじゃろ?わらわは皇帝だったのじゃ。その程度のちんけな呪いに臆する器ではないわい。」
藤色はそう言いながら紫の顔を見る。すると、紫は目に涙を溜め藤色の手を見ていた。
「わたし……もう、誰とも触れられないんじゃないかって思ってた……ずっと一人になるのかと思ってた……。」
紫は声を上げ大泣きしながら藤色に抱き着く。
「おっと。どうした?」
「怖かったです!藤色さん!」
「おうそうか、よしよし。」
藤色は紫の頭を軽く撫でた後、肩を持ち紫の表情を覗き込む。
「なんならおぬしに触れることが出来るのはわらわだけと見た。なおさら一緒に旅をするのは決まりじゃな!」
「はい!藤色さん!」
こうして、二人の旅は始まるのであった。もちろん、これはまだ序章に過ぎない。