第弐話 彼女が呪いの体となった経緯
「母様!姉様!私はお国のために生き残ってみせます!」
少女は涙を流し、もう動かない焼け焦げた死体にお辞儀をした。少女は涙を堪えるように空を見上げた。
「大丈夫……帝国には神風が吹きます。天皇陛下が勝利へと導いて下さいます。」
少女が見上げるのは、黒い煙が日差しを遮る真っ暗な空。そして、少女の元にも大きな鉄の塊が落ちてくる。
ドガンッ!!
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「ここは……あの世ですか?」
少女が目覚めたのは、月夜に照らされた川辺であった。
「やっと目覚めたか……。」
辺りを見渡す少女に男の声が聞こえる。男は月夜に照らされ闇の中から現れた。
「ごくまれに、大量の人間が一か所で死ぬことによって、一部の魂が肉体を連れこちらの世界へやって来ることがある。しかしここはあの世ではない。互いの世界は互いの世界のことを『異世界』と呼んでいる。」
髪の長い男であった。よく見るとお坊さんが着るような黒い衣を身にまとっていた。
「あの、どういうことですか?」
「つまり、あんたは異世界に転移してしまったんだ。転生?いや、転移か。」
そう言うと男は少女の頭をがしっと掴む。
「いたっ!」
「お前は貴重な異世界人だ。お前に呪いを習得させ、こっちの人間を殺す戦力となってもらう。」
そう言い残し男はその場を離れた。そして、少女はあることに気付く。
ガチャガチャ
「え、足が……。」
少女が立ち上がろうとしたとき、少女の足首に付いた枷がそれを阻んだ。その枷は少女の足が少し開くように拘束されており、少女はそれによりそこを移動するどころか立ち上がることすら出来なかった。
「助けてください!和尚様!」
少女の声は男には届かず、男はある程度少女から距離をとると呪文を唱え始めた。
「異空空絶魔訶般若……」
すると、少女を中心に円形に輝く魔法陣のようなものが形成される。その陣は確かに輝いていたのだが、どこか黒みを帯びたような禍々しい光を放っていた。
「おやめください!おやめください!」
「……憑依!!」
男が呪文を唱え終えた瞬間、陣の輝きも最高点に達し、少女はそれに吸い込まれるかのように意識を手放す。
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数刻後
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「やはり、駄目だったか……。」
男は冷たくなり、動かなくなった少女を眺め呟いた。
「今回で十三人目……死神を体に宿す降霊術だが、死神の力に体が耐えられず皆死んでしまう。」
男はその様子をひとしきり眺め終えると踵を返した。
次の瞬間、男の耳に異業の声が聞こえた。
「何を言う?成功したぞ?」
その地の底から響いてくるような低い声に、男は寒気を覚えながらも振り返る。
「うっ……。」
そこに居たのは、先程まで微動だにしなかった少女の姿だった。いつの間にか足の拘束を引きちぎっており、男の首を掴んでいた。男は苦しむ素振りも一切見せず、首を掴まれただけで眠るように絶命した。
バタッ
「ははは!ついに我が復活したのだ!この力を持ってすれば、この世の」
「うるさいです!」
少女の体でにやりと笑う死神に対して、どこからともなく喝が入る。その声の主は、同じく少女の体に宿る少女の魂であった。
「あ?なぜ貴様がまだここにいる?我があの世へ送ったはずでは……。」
「こっちが聞きたいです!なんでこんなお行儀の悪い方が私の体に入って来たのですか?」
はたから見れば、一人で口調を変えながら言い合いをしているおかしな少女と見られるが、それは今の彼女にとってささいな問題である。少女はなんとかしてこの何かを自分の体から追い出さなくてはならない。
「な、なぜだ?……し、仕方あるまい……。我は一度あの世へ戻らせてもらうぞ!」
そう言い残し、死神は魂は少女の肉体からすっと消えたのだった。
「はあ、なんだったのでしょうか?」
少女はため息を吐きながらも、気まぐれに近くに咲いていた一輪の花に触れた。すると……
「あら……。」
少女が触れた花は瞬く間にして萎れた。
「……まさか……。」
少女は次々と自身の異変に気付き始める。もともとショートヘアだった髪は肩辺りまで伸び、紫色のラインが所々に入っていた。胸に手を当てて見ると、心臓の鼓動が聞こえてこない。さらに体温も感じない。
少女の体に起きた異変は二つ。一つは、一度死んだことにより生き物としての機能の一部が失われたこと。もう一つは、死神が一度肉体に宿ったことで、死神の力である『触れたものを殺す』力が受け継がれてしまったこと。突然異世界に飛ばされ右も左も分からない少女に、追い打ちをかけるように訪れたそれはまさしく災厄であった。
「……。大丈夫です。それでも、生きてみせます。」
しかし、少女は歩き始めた。もとの世界に帰るためか、死神の呪いを消すためか、はたまた死んだ体をもとに戻すためか……。
いや、生き延びるためである。
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「まったく、何も分かっておらぬやつらばかりじゃ!わらわがどんな思いでこの国を治めていたか!」
「大丈夫、生きていれば何とかなります。母様、姉様、父様も!」
ここは異世界、魔力が当たり前のように人々の暮らしに根付き、妖精や妖怪、魔法使いなどのあらゆる種族が暮らす世界。
「…………、もっと、耳を傾けてやるべきだったのかの?」
この世界は今、十三人の皇帝がそれぞれを監視しあうことにより、仮初の平和が保たれているそんな世界であった。
「大丈夫、お国は……必ず……。」
そんな世界の一国の、『妖国』のとある橋の上にて、孤独を強いられた二人の少女は出会うのであった。