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第壱話 彼女が城を後にした経緯

「ひ、ひい!化け物だ!」


 荒れる畳の大広間にて、紫の女帝は微かに笑った。


「おぬしらがそう決めたのなら、わらわはそういうことなのだろう。」


 女帝はゆっくりと歩みを進め大広間の出口を目指す。その歩みを止めるものは誰もおらず、もっと言うのであれば、彼女に怯えた者共が後ずさることにより道ができていた。


「さらばじゃ、それではよろしく頼むぞ。空一(からいち)。」


------------------------

数刻前・日没の頃

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空一(からいち)、今日も国は平和であったか?」


「ええ、お陰様で。しかし藤園帝(ふじそのてい)、真名で呼ぶのはおやめください。ここ最近現れた呪術師という輩がどこに潜んでいるやら……。」


「別に良いではないか空一(からいち)、おぬしの実力でその異世界から来たとかいう輩に負けるわけがなかろう。」


 城の廊下には二人の声が響いていた。豪奢な着物に身を包んだ長い黒髪の女性と、白い(かみしも)に水色の肩衣(かたぎぬ)を付けた男性である。男性は中年くらいのように見え、女性は高校生くらいの若い外見であったが、立場は女性の方が上のようだ。


「そういう問題ではないのです。未知の術である以上油断は禁物。いくら藤園帝(ふじそのてい)と言えど。」


「分かっておらんのう空一(からいち)は。」


 藤園帝(ふじそのてい)と呼ばれる少女はくすくすと笑い、まだあどけなさが残る笑顔を浮かべた。


 彼らの世界では現在、異世界から現れた謎の新人類が脅威とされていた。その人類が扱う『呪い』という術は、下手をすれば名前を知られただけで命まで奪われかねない危険な術だったのだ。その脅威から身を守るため、この世界では数カ月前から互いの名を仮名(コード)で呼ぶ風潮が広まりつつあった。


「まったく、それでは家臣どもを集めますので、帝は広間へ先に行ってて下さい。」


 少女は広間に行き、中央奥にある自身の席へと腰を下ろした。


「ふう、今日も平和で何よりじゃ。」


 彼女の真名は玉藻藤園(たまものふじその)、彼女は一年ほど前に、死んだ父の後を継ぎとある大国の皇帝となった。藤園(ふじその)は退屈そうに背筋を伸ばす。


 次の瞬間


 ビュンッ!!


「なんじゃ!?」


「ちっ、避けたか……。(しかし、あとは演技でもなんでも……。)」


 藤園(ふじその)の脳天に当たる部分を一本の矢が通過した。藤園(ふじその)はそれを紙一重で避ける。


「もう、あんたのやり方にはうんざりなんだよ!」


 焦る藤園(ふじその)の前に現れたのは、弓矢を構えた空一(からいち)藤園(ふじその)に従えていた家臣たちだった。そして、空一(からいち)の背後には、黒づくめのマントに身を包み、顔を隠した男たちが十数人ほど従えていた。


空一(からいち)……。」


 藤園(ふじその)は突然の出来事にただただ空一(からいち)を見つめる。


「あんたがやってきた政策でどれだけの役人が城を追われ命を絶ったと思ってる!?どれだけの国民があんたの遊びで死んでいったと思ってんだ!?」


 空一(からいち)は先程まで帝とも敬称していた藤園(ふじその)に対してそんな言葉をぶつける。しかし、藤園(ふじその)はなんの言葉を返すこともできなかった。全く心当たりがない。そう言い切ることが出来なかったのだ。


空一(からいち)、たのむ、わらわの言うことを聞いてくれ。」


「うるさい!先代の七光りを利用し、国を潰そうとした化け狐め!これは我々の復讐だ!」


 そう言うと空一(からいち)は黒づくめの男たちに合図を向ける。すると、黒づくめの男たちは息を揃えてとある言葉を発した。


「「「玉藻藤園(たまものふじその)、傀儡と成りて我らに服従せよ!」」」


「か……ら……。」


 その呪文が発せられた直後、藤園(ふじその)の紫の瞳が真っ黒に染まる。その様子に、空一(からいち)は大声で叫んだ。


「はっはっは!やったぞ!化け狐を封じ込めた!これからは我らの時代だ!」


 そう言うと空一(からいち)藤園(ふじその)に歩み寄る。藤園(ふじその)は目が真っ黒になったまま、直立不動で微動だにしない。


「一人でも強力な呪術を何重にも練り込んだ普通の百倍は超える強度の呪術。けっして解けることはない!貴様はこれから我らの奴隷だ。好き放題使ってやるから覚悟しておけ!」


 空一(からいち)はわははと笑いながら藤園(ふじその)の顔を見た。


「ほう、これが呪術というやつか……大したもんじゃのお。」


 その声が聞こえた瞬間、空一(からいち)の背筋が凍り付く。


「うそ……だろ……。」


 その声の主は、空一(からいち)の目の前にいる少女だったのだ。


「そなた、わらわが誰とわきまえる?」


 空一(からいち)はあまりの恐怖に尻もちをつき後ろの後ずさる。


「世代は変わろうとも実力は健在しておる。わらわはこの世を牛耳る十三色の皇帝、その一角に数えられる藤園帝(ふじそのてい)じゃぞ?」


 藤園(ふじその)は自身の姿を変化させる。狐の耳が生え、厚い着物の下からは大量の尻尾が触手のように蠢く。それこそが彼女の真の姿、『妖狐』であった。藤園(ふじその)は鋭い目を細め空一(からいち)を睨みつける。


「ひ、ひい!化け物だ!」


 怯える空一(からいち)を見て、部下の裏切りにより怒りに染まった藤園(ふじその)は悲し気な表情を浮かべた。


(……いや、わらわにこんな感情を持つ資格はないか……。)


 そして、藤園(ふじその)はヴィランのように口角を上げた。


「おぬしらがそう決めたのなら、わらわはそういうことなのだろう。」


 女帝はゆっくりと歩みを進め大広間の出口を目指す。その歩みを止めるものは誰もおらず、もっと言うのであれば、彼女に怯えた者共が後ずさることにより道ができていた。


「さらばじゃ、それではよろしく頼むぞ。空一(からいち)。」


 女帝は城から姿を消した。それを期にこの国は、そして、この世界は、新たな情勢へと移り替わって行くのであった。この物語はその時代の変わり目の一部始終。


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