第拾陸話 静けさが呼ぶ恐怖
「ナックラヴィーの村じゃ!」
「グォオオオオ!!」
藤色がそう叫んだ瞬間、藤色たちが抜けた森の中から雄叫びが聞こえた。その雄叫びに引かれ一行は森の方を見る。すると、そこから現れたのは
「な、なんだあれ!?」
シルクはあまりのショックに驚嘆の声を漏らす。そこに居たのは、体長が十メートル程もある巨大な怪物だったのだ。しかし、その恐ろしさは怪物の大きさでは無く容姿にあった。
おおよそケンタウロスのように馬に人の上半身がくっついたような形をしているが、ケンタウロスと違う点が複数存在する。その一つは馬の頭も付いており、馬の背中に人がくっついた見た目をしているということ。
その他にも怪物の目が片目だったり手の長さが異常に長かったりと不気味な点があるのだが、その中でも最も悍ましい特徴は、皮膚が付いておらず筋肉が剥き出しになっていることだった。
その怪物は剥き出しの筋肉から煙を上げ雄叫びを上げる。
「ひっ、ひい!」
そのあまりの見た目に怯える紫の肩を源信が叩いた。
「あんまり怖がらなくていい。ほら、紫の皇帝の実力が光るときじゃねえのか?」
そんな源信の声に、閉じかけていた紫の目が再び開く。そこに映っていたのは、尻尾を振り回し怪物と互角以上にやりあう藤色の姿だった。
「あのときは焦っておったし妖術を使いすぎておったからのう。うちのナックラヴィーのときのようにはいかぬぞ!」
そう言うと藤色は九本の尻尾の先端をとがらせ怪物の体に突き刺す。そして
「シルク!頼んだぞ!?」
シルクは藤色の声を聞くと、腰に携えた杖を掴む。
「はあ、本当は僕より優秀な魔法師にお願いしたかったんですが、来たのは優秀な魔導具だけだったようです。」
シルクはそう呟きながら杖を振り上げる。すると、キラキラと光る雪のようなものがシルクの周囲を覆い始めた。その粒はシルクの杖に連動し徐々に量を増やしていく。
「細かい結界の粒子、これで上手くいけばいいですが……。」
その粒子は杖の動きに合わせて尻尾で拘束された怪物を覆いつくす。
「あがあ!ぐうあ!」
それを煩わしいと感じているのか怪物も暴れ始める。そしてその無暗な暴走により、突き刺さった尻尾の傷が抉れ、余計に怪物を傷つける。
「……。もしかして。」
シルクは一向に収まる気配の無い怪物の暴走を見て眉間にしわを寄せる。すると、ナックラヴィーが突然、怪物の頭目掛けて跳躍した。
「……すまない。」
グチャッ
ナックラヴィーの巨大化した拳が怪物の首を引きちぎる。それにより、怪物の暴走は終わった。それを見て、藤色はナックラヴィーの方を見つめた。
「おぬし、本当に良かったのか?」
「……ちがう。もう……死んでいる。」
ナックラヴィーのその声を聞き藤色の顔色が変わる。そんな中シルクはゆっくりと、横たわる10メートル級の怪物の元へ歩み寄った。シルクはしゃがみ込み怪物の体を確認する。
「皮膚、と言えるかは分かりませんが、蝿がいないです。もしかすれば、体内に寄生している可能性があります。」
「漆黒帝、そんなことできたのかの?」
藤色は背中に寒気を感じながらシルクに問いかけた。シルクはたんたんとした口調で答える。
「もし、できるのであればそこの罪人にも同じことをするはずです。おそらく、浸食に長い時間を有するなどの条件が必要なのでしょう。最も有力なのは死体のみにそれができるってことですが。」
シルクは立ち上がると、藤色の方を向き自身の持つペンダントをかざした。そのペンダントには銀色の十字架がついており、そのペンダントは全員が首からかけているものであった。
「悪魔の魔力から身を守るため、源信さんを筆頭とした呪術師たちに作らせた特性のペンダント。コバエを払う程度なら十分な効力を発揮してくれますので安心して下さい。」
シルクはそう言いながら今度は怪物の全体像をその目に移した。紫もその不気味な体に慣れるためしっかりと目に焼き付けたのだった。
「これが、ナックラヴィーの真の姿……。」
紫はそう呟く。一向は村の門をくぐった。
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源信「既に廃村なんですね。」
シルク「この荒れ具合、経年劣化を見てもとても数日でできるような代物じゃない。」
一行はナックラヴィーの案内のもと村を探索する。しかし、今のところは誰も見つかっておらず、不気味な静けさを醸し出していた。そんな中、藤色がシルクにとあることを尋ねる。
「シクロ公国の近くでナックラヴィーを見なくなったのはいつくらいからじゃ?」
「そうですね。もともと交流は無かったものの、三年ほど前から目撃証言は無かったように思います。」
「……だとしたらおかしくないかの?この村の荒れようを考えたとき、何者かに襲撃されたのは間違いないはずじゃ。それが仮に三年前であれば、白骨死体の一つや二つ転がっていてもおかしくないはずじゃが……。」
「……もしや。」
シルクは思いたくもない方向に想像を膨らませ顔を青くする。
「下手すれば、この村にいた全てのナックラヴィーが漆黒帝の手に落ちているかもしれん。」
「あ、あんな一匹でもやばかった人たちが、一つの村分いるってことですか……。」
紫も藤色の発言に寒気を覚える。するとその時、
「君たち、これが不法入国であると分かっているのか?」
突如として聞こえた声に藤色たちは身構える。声がする建物の方から現れたのは、背の高いスーツ姿の男であった。よく見ると暗く青い髪の間から二本の小さな角が見える。
「不法占拠しているおぬしらが何を言っておるのじゃ?」
対抗する藤色にスーツ姿の男は静かに答えた。
「不法とは聞き捨てならない。皇帝陛下の法以外は法ですらない
補足豆知識:実はシクロ公国のある森は海に面している。それにより、実はシクロ公国では魚がよく食べられている。




