第拾弐話 荒れる災いの正体
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とある屋敷
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「ナックラヴィー?」
「ああ、そうとも、あの気味の悪い怪物の名前さ。」
黒いスーツで身を固めた男が、アンティークな装飾が施された椅子に座り藁を咥えた青年に語り掛けていた。
「我々の住む世界とは別の世界に、エゲレスという国があるのはご存じかね?」
「別に世界?あの呪術とかいうやつを操る奴らが来る世界のことっすか?そのエゲなんとかについては何も知らないっすけど。」
青年は興味無さげに紳士服の男の質問に答えた。
「その国は産業革命により、私があの世界に居た頃には世界の覇権を握っていたのだが……。まあそんなことはどうでもいい。」
青年はあくびをして男に言い放つ。
「長いんすよあんたの話、すぐ終わらせてください。」
「おっとすまない。そんなエゲレスのオークニー諸島と呼ばれる場所で、猛威を振るった怪物があいつさ。」
「ああ、そう。」
「そう、やつらはこちらの世界でもあちらの世界でも同じく恐れられている。」
曰く、『遭遇してはいけない災厄』
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シクロ公国の住宅街
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「ローズよ、あいつらはあんなに聞き分けの無い奴らじゃったかの?」
「知りませんわ。でも、わたくしの国でジェノサイドを起こしやがった時点であいつは咎人間違いなしですわ!」
ローズは藤色に捕まりながらも憤慨しつつ杖を振るう。それにより生成された巨大な円錐は鋭い先端を大男に向け突撃する。
しかし大男が振るった腕によりそれらの攻撃は粉砕される。
「あぐあ!ぐああ!!」
突然、大男がうなり始めたかと思うと、大男は体をブルブルと震わせた。そして、その様子を見た藤色は焦りの色を顔に示す。
「あれは、ローズ!ちと乱暴じゃが退いてもらうぞ。」
そう言うと藤色はローズを風で巻き上げ近くの森に吹き飛ばした。
「なんでえ!?」
突然の出来事に驚嘆するローズをよそに、藤色はスカートの中から九本の尻尾を展開し大男に近づいた。
「おぬし、なぜ泣いておる?」
「あぐあ、あがあ。」
藤色は獲物を見つめるような赤い目の奥にある大男の深層を直感していた。そして、藤色は尻尾で大男を包み込み拘束する。
「すまんのう、おぬしに本気を出されたらわらわとて手に負えれるか分からぬ。」
【玉藻妖術・捌の尾】~狂い囃子の神通力~
途端、大男を拘束した九本の尾の先端から衝撃波が発生した。その衝撃波は大男の二メートルを超える体躯を揺らし、体中を駆け巡る。
「あ“あ”……。」
数秒間に渡る地鳴りを引き起こすほどの衝撃波により、大男はゆっくりと目をつむり気絶したのだった。そして、藤色もだらだらと汗を流し、地面に足を付けた途端の体重負荷に耐えきれず膝を着いて着地する。
「藤色さん、大丈夫ですか?」
紫は顔を真っ赤に染めた藤色の元へ駆け寄る。
「お、おう。すまんのう……。捌の尾は使いすぎるとあっという間に疲れてしまうのじゃ。どうしても、奴が真の姿を見せる前に倒しておきたくての。」
こうして、シクロ公国の大騒動となった大男の襲撃は、幸か不幸か住宅街にて止まったのだった。
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その夜
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シクロ公国、中央の城の一室にて。
「死刑ですわ!死刑!二十人も殺しておきながら判断能力とか何ほざいてるんですの!?」
「まてまてローズ、まずこれを見て欲しいのじゃ。」
我を忘れて憤慨するローズに藤色は一匹の虫を見せた。
「なんですの?藤咲様。」
その虫は二センチほどの大きめのハエのような見た目の虫であり、藤色はその虫をローズの机に置くと説明を始めた。
「この虫があの男の体に数十匹は付いておった。」
「きたねえですわ。」
「まだ確証は無いが、この虫を調べて欲しいのじゃ。仮に今回のあの男の破壊行為が理性の無い暴走じゃったと仮定すれば、わらわ、この虫について心辺りがあるのじゃ。」
藤色はローズに向かって懇願した。それによりローズは多少の落ち着きを取り戻す。
「……。藤色様に免じて、あの男の処刑はこの虫を調べてからといたしますわ。」
「かたじけない。」
そして、藤色はローズやその家臣との話し合いを終えたのち、紫とともに大男が拘束された地下牢へと足を運んだ。藤色は特別大きく頑丈な牢屋の前で足を止める。
「わらわはおぬしのことは知らぬ。しかし、おぬしの種族のことは知っておるのじゃ。おぬしら、そんなに弱い訳がなかろ?」
藤色のその言葉に、牢屋からは一切の返事が返ってこない。しかし、藤色は構わず続ける。
「ナックラヴィーの本当の姿は、おぬしが見せたあれですら及ばない。おぬし、支配に抗おうと必死に力を抑えておったじゃろ?怒りに任せたナックラヴィーは本当に手に負えない災害と化するのじゃ。」
藤色の声以外に響き渡るのは地下の湿った空気によりできた水滴の音のみ、しかし、牢屋の奥にいる大男は、藤色の最後の一言に顔を上げるのだった。
「ハエを使い、強制的に人を操る奴をわらわは知っておる。『漆黒帝』、そやつがこの国を狙っておるのじゃろ?」




