1.魔王の申し出。
――数日後。
俺は魔族の住まう領土にいた。
目的は魔王に会うこと。そして、事の次第を訊くためだった。
「真の秩序、ってのはなんなんだ?」
フードを被った魔族――アーズの言葉を思い出す。
彼曰く、今の世界はあまりにも歪である、とのことだった。その原因については魔王が直々に話すだろうと、そう聞かされている。
そんなわけだから、俺とアーズは共に魔族の世界にやってきた。
その最中、荷馬車に揺られていると気付くことがある。
「どうして、人と魔族が共に働いているんだ……?」
王都ではあり得ない光景だった。
魔族の領土に入ってから、俺はいくらかの人間を見た。しかしそこには、王都で伝え聞いていたような魔族による奴隷制など見受けられない。
むしろ共に汗を流して、楽し気に談笑している姿さえあった。
「これが、王国軍の隠そうとした真実ですよ」
「隠そうとした、真実……?」
隣のアーズが静かにそう言う。
しかし、それだけで黙り込んでしまうのだった。
どうやら話は魔王から聞け、という意思表示らしい。
「だったら、会うしかないか」
俺はそう、あえて口にした。
すると隣のアーズは、くすりと笑う。
まもなく漆黒の王城が見えてきた。
俺たちは荷馬車を降りて、ゆっくりとその中へと足を踏み入れるのだ。
◆
王城の中はあまりにも殺風景だった。
装飾の類などは一切なく、閑散としている。これもまた、王都――人間側の王城とは正反対の部分だった。あちらは、これでもか、というほどに宝石などによって彩られている。だが魔王城にあるものといえば、最低限の生活用品程度だ。
「どうですか? 噂と比べて」
「…………」
アーズの問いに、俺は沈黙を選ぶ。
たしかに噂に聞いていたそれとは真逆だった。
しかしながら、相手は得体の知れない魔族であることには変わりない。
「そろそろ、警戒心を解いていただきたいのですが――」
そう言ってから、ふっとアーズは視線を前に投げた。
そして、息をついて俺に告げる。
「着きましたよ、レギオ殿」――と。
目の前には、ひときわ大きな扉があった。
おそらくはここが、魔王のいる謁見の間に違いない。
「アーズはこないのか?」
「私はここで、お待ちしております」
短くそう会話をして、俺は一歩前に踏み出した。
すると――。
「…………!」
勝手に、扉が開く。
そしてその奥に見えたのは、今度こそ噂に違わぬ存在だった。
「よくきたな、世界唯一の『毒』使いよ」
巨大なスケルトンが、赤きマントを羽織っている。
玉座に腰を下ろした彼の存在――魔王グラディアは、圧倒的な存在感で俺のことを見据えていた。肌を刺すような緊張感。
俺はそれに思わず唾を飲みながら、前に進んだ。
「どうして、俺を呼んだ?」
声が震えるのを堪えながら、俺は訊ねる。
するとグラディアは――。
「そう堅くなるな。我のことは気軽にグラちゃんと呼ぶがいい」
そう、言った。
「は……?」
「半分冗談だ。好きに呼ぶといい」
「お、おう……」
俺は思わず呆気にとられるが、どうにか気持ちを入れ直す。
「それで、どうして俺をここに?」
「そうだな。まずは、なにから話そうか……」
グラディアは顎の部分に手を当てると、こう言った。
「ここにくるまで、レーちゃんはどう思った?」
「レーちゃん……」
「すまない。真面目な雰囲気に慣れていないのだ」
「…………」
大丈夫か、この魔王……。
「ここにくるまで、か……」
考えないようにしよう。
俺はそう思って、道中に見たことを思い返した。
演技ではない。心からの人々の笑顔が、そこにはあったことを。
「おそらく、人間たちが話していた世界とは大きく異なっていたはずだ。それもそのはず、かような話は王国軍が国民をかどわかすために流した嘘だからな」
「嘘、だって……?」
俺が繰り返すと、彼は頷いた。
「そうだ、人間は嘘にまみれている。一部の者たちに利権が集中し、多くの者が隷属を強いられているのだ。それはレギオも、見てきたことだろう?」
グラディアの言葉に、思わず首を縦に振る。
その通りだった。王都では一部の人間に富が集中し、下級層の者は奴隷のような扱いを受けている。
是正を進言しても、すべて宰相のカレオスに握りつぶされた。
それを何故、いまここで聞かされているのか。
「レギオよ、単刀直入に頼もう」
そう考えていると、グラディアはその巨躯を持ち上げて言った。
杖でその身を支えながら、こちらへと歩み寄る。
そして、深々と頭を垂れて口にした。
「その力を持って我ら魔王軍の地位を回復し、世界に蔓延る種族による差別を消し去ってほしい」――と。
俺はそれを聞いて、胸の奥に燻った何かに火が付いたのを感じた。