純愛1
明治時代、お金持ちのお嬢様が、
もちろんおもしろ半分に、
一風変った貧乏な娘とお友達になりました。
家でもたまにしか食べられないアイスクリームを、
その子におやつとして分け与えました。
その時、友達の女の子は、ほんとうに泣いたんだ。
泣きながら、笑いながら、
オラ、こんなうめえもん、食ったことねぇだ。
まるで、天国に行ったみてぇだ。
もう、死んじまったかと、思ったど。
ほんとうに、そう言ったかどうか知らない。
その方言が強すぎて、
でも、その子のその時の表情をみて
そのお金持ちのお嬢様は、
「こんなに、面白いものはないわ。
そう、いいました。
「ないから、滝子や、あなた、
「これからず〜っと、わたくしのそばにいなさい。
「ね?
お嬢様は、
とても甘やかされて育ったので
とてもわがままだったらしく、
その子の人生を全て我が物にしたいと
望んだのです。
むろん、遠い昔のこと、
お金さえ支払えば、それも可能なことでした。
でも、お嬢様がほんとうに欲しかったのは、
その子の人生ではなく、
その子の心だったのです。
そしてそのお嬢様は、わがままで、
自分勝手で、苦労知らずで、
手のつけられないおてんば娘だったのですが、
『人の心を手に入れるには、
『ほんとうの愛情を注いでゆくしかない
という万世の真実を見逃さず
いとも容易くその真実を理解し、行動する
頭の良さと柔軟性は持っていたのです。
そこでお嬢様は、
その子のパトロンになり、
女学校へも行かせてやり、
自分の名字も、貸し与えてやったのです。
そして、
その子はお嬢様の望んだとおりに
帝国大学へ通い、
そのまま、大学へ残る優秀な成績を残し
当時、数名しかいない
女性教授になったのです。
すべては、大恩あるお嬢様の
期待を裏切らないため、
それこそ眠る間もないほどの
密度の濃い人生を
駆け抜けて来たのです。
そして、当然の帰結として、
そんなに魅力に満ち溢れる女性は
殿方に好まれることとなります。
言い寄る殿方は数知れず、
でも、
建物は違うとはいえ
お嬢様と同居をしている滝子は
堅い門に閉ざされた鉄壁の砦に
匿われているようなものでした。