小生、猫につき
猫いいですよね猫
よく晴れた昼過ぎである。
そんな使い古された言葉が良く似合う、心地よい日だった。
屋根の上で丸くなって日を浴びていた私は、人間達の叫び声と何かの爆発音で目が覚めた。
なんだ、猫様が気持ちよく昼寝をしている時に。
猫の昼寝を妨げるなんて重罪だぞ。
二度寝をしようにも、人間達が騒がしい。
なんにゃんだ。こんなに騒ぐなんて、何かあったのだろうか。
だが、特別強い魔力を感じるわけでもない。
人間達の声は個別に聞き取れないほど多く、仕方が無いので爆発音の方に行ってみることにした。
屋根の上をトコトコ歩いて、人だかりを上から覗く。
そこそこお気に入りだった店の軒先から煙が出ていた。
なんてこった。ここは女の子達からご飯を貰える場所だったのに。
ここをこんな風にした奴が、先程の爆発音の原因だろう。
許さないぞ。昼寝の妨害だけでなく、お気に入りスポットまで壊すとは!
唸りながら目を凝らせば、人だかりの中心に真っ青になった少年が座り込んでいた。
ああ、にゃーるほど。
この少年の着ている服には見覚えがある。
学校、とかいう建物にいっぱい居る人間が着ている服だ。
同じ服を着ているなんて、不思議だと思っていたが、それでその学校の生徒?を見分けているらしい。
いやはや、人間は面白い事を考える。
この少年、おそらくまだ制御の出来ない魔法を使おうとして、暴走させて爆発を起こしたのだろう。
これはお咎めコースだにゃ。
私は知っているのだ。
あの学校という建物にいる、大人の人間は普段優しいのに威嚇する時はとっても怖いのだ。
一度目にした時は、私に向けられたものじゃないのに尻尾の毛が逆立って戻らなかった。
本当にビックリしたのだ。
警戒しなくていいと思ってはいても警戒してしまい、しばらく学校には近づかなかった。
時間を置いて落ち着いてから行ってみたら、本当に嬉しそうな顔をされたから、悪い人間じゃないのは知っている。
でも、怖いのだ。
あの少年に同情しなくもないが、自業自得だにゃ。
爆発の原因も分かったし、どこか静かなところにいって昼寝をしよう。
そう決めて歩きだし、少しして後ろから子供の声が聞こえ始めた。
面倒なのに見つかってしまった。
この悪ガキどもは、私を見つけるとなぜか追いかけ回して手に持った枝で叩こうとしてくるのだ。
悪ガキどもは歓喜の声を上げ、私の方に走ってきた。
少し、痛い目を見せてやろう。
そう決めて悪ガキどもが着いてこれるギリギリの速度で走り出す。
私を追いかけるのに夢中で、どこに向かっているか気づいてないようだ。
しばらく走って、悪ガキどもの首根っこを掴む手が現れた。
彼らの母親達だ。
可愛らしい無抵抗の猫ちゃんを枝を振り回しつつ追いかけていた彼らに弁解の余地は無く、彼らは引きづられて行った。
ふふん。私を捕まえようなんて百年……だと私は生きてないから、十年くらい早いわ!
だいぶ機嫌が良くなった。
ここからだと、あそこが近いか。
目的地を決めて歩き出す。
今度は家と家の間だ。ここなら悪ガキどもも入ってこれない。
しばらく進んで、塀に囲まれた庭に出る。
ここはギルドとかいう施設の中庭だ。
日当たりもいいし、何より乱暴者が入ってこない。
入ってくるとしたら……
「あら、くつ下ちゃん」
そう。入ってくるとしたらギルドの受付嬢達である。
私をくつ下ちゃんと呼ぶのは、私の足先だけ毛色が違うかららしい。
彼女たちは好きだ。優しいし、撫でるのも抱っこも上手い。それに、ご飯もくれるしにゃ。
擦り寄って喉を鳴らし、撫でてくる手に頭を擦り付ける。
抱きかかえられても抵抗はしない。
この娘は特にお気に入りだからにゃ。
休憩時間なのか、私を膝に乗せてベンチに座る彼女は独り言を呟き始める。
受付嬢というのは中々大変らしく、私が相槌を打ちながら聞いてやるとおやつをくれたりするのだ。
「さっき、魔法で爆発が起きたでしょう?魔法学校の生徒が暴走を起こしたってだけならいいんだけど、何だかそれだけじゃないらしいのよねぇ……」
「にゃあん」
「誰かが悪意を持って暴走させた、みたいな跡が見つかったらしいのよ。怖いわね」
「にゃあ」
撫でる手は頭から喉に移動する。
あ、そこ。そこですお嬢さん。さすが慣れてらっしゃる。
ゴロゴロと喉を鳴らして答えると、受付嬢は満足そうに私を下ろした。
もう終わりかにゃ?戻るのかにゃ?
もう一度、と擦り寄ってみても時間が許してくれないらしい。
またね、と扉の先に入っていった彼女を見送り、ぐっと伸びをする。
昼寝もいいが、さっき言っていた内容が気になる。
誰かが悪意をもって私のお気に入りスポットを台無しにしてくれよったと?
それは、少し、いや大分不快だ。
まだ出来てからそう時間の経っていないこの国の中で私はそこそこ偉い方の猫であり、ここを荒らされるのは気に食わない。
行ってみるかにゃ。学校。
あの生徒もそろそろ戻っている頃だろう。
センセイの怒っているところに入りたくはないが、仕方ない。
屋根の上を走って進み、猫の足なら直ぐに学校の中に着いた。
人は入るのに条件があるみたいだが、私は猫だ。
勝手に入って勝手に出ていっても何も言われない。
広い学校の中で目的の場所を見つけるのは大変かと思ったが、怒っている気配があったので簡単にたどり着けた。
中には真っ青になった先程の少年と、普段は優しく私を撫でて小魚をくれるセンセイの姿。
……鬼って、こういう生物の事じゃなかったかにゃ?
そう思ってしまうほどにセンセイは怒っていた。
魔力で頭の横に角が出来ている。……わざとやっているようだ。
無言の時間が続き、入りたくない雰囲気は続く。
そんな中、少年の右肩に何かいた。
人では気づけないであろう巧妙な姿を消す魔法も、私には通じない。
ニヤニヤと笑いながら右肩辺りをフヨフヨしているそれに、思い切り飛びついた。
少年が驚いてイスから落ちたが仕方ない。
「モノくん!?」
センセイも驚いたように声を上げた。
そのセンセイに向かってハグっと咥えたそれを見せる。
まだ見えていないようだが、私の行動で気づいたのか魔法を使ってそれを瓶に入れた。
入れると同時にそれはセンセイ達にも見えるようになったようで、少年はイスに座り直しながら不思議そうにそれを見ていた。
センセイから怒りのオーラが消える。
「お手柄ですね、モノくん」
「にゃあん」
私をモノくんと呼ぶのは、モノクロだかららしい。
モノクロがどういう意味かは分からないが、まあ好きに呼ぶといい。
「あの、先生、これは……?」
「下位の悪魔種です。君もモノくんにお礼を言っておきなさい。モノくんがこれを捕まえてくれなかったら、君は冤罪をかけられていましたよ」
この少年が魔法の暴走を起こしたのは、この悪魔種がイタズラをしたせいらしい。
つまり、私のお気に入りスポットをあんなふうにしたのはこの瓶ずめ小悪魔。
この、この。
「ああ、モノくん、ダメですよ。後でおやつをあげますから」
「にゃん」
瓶を叩いていたら、手を掴まれた。
センセイがそういうなら、これくらいにしといてやる。ふんっ!
センセイの膝を陣取っているうちに眠くなってきた。
センセイが少年に何かの説明をしている声を子守唄に眠りにつく。
昼寝場所としては、まあ、最高ランクだにゃ。
後日学校に行くと、悪魔種のイタズラという事で特別お咎めはなかったらしい少年に出会った。
私を見るやいなや「モノくん!」と声を上げて近づいてくる。
「ありがとう、モノくんのお陰で退学にならなかったよ」
「にゃ」
「えっと、お腹すいてないかな?」
「にゃあん」
何かあるならよこせ、と近付けば、猫のために作られたらしい稀有な焼き菓子を差し出される。
学生のお財布には優しくないお値段のはずだが、相当私に感謝しているようだ。
私が夢中で食べている間に、少年は私の背を撫でる。
そのくらいは許してやる。
ただ、食べ終わるまでだ。何も寄越さず撫でられるのはもっと仲良くなってから、にゃ。
「モノくんは不思議だね。先生も、そう言っていたよ」
知らないにゃ。
「何だか、人の言葉も分かるみたいだし」
そのくらい、誰でも分かるにゃ。
「ただの猫じゃないのかな?」
私は猫にゃ。
さあ、もう食べ終わったから行くにゃ。
「あ、また買ったら渡しに行くね!」
「にゃあん」
どうやって私を探すつもりなのかは知らないが、その気持ちは受け取っておいてやろう。
まあ、たまには撫でさせてやってもいいかもにゃ。
さて、昼寝をしよう。
今日も今日とていい天気だ。
私は猫だからにゃ。天気がいいなら、毛繕いをしつつ昼寝に限るのにゃ。
私は猫も犬も好きなのですが、両親が猫派犬派で別れていて家には金魚しかいません。
金魚も可愛いものです。