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「こっち見てるよー、二重君」
「う、うん」
真っ黒い目が僕らをじっと見つめている。もしかして僕らを睨んでいるのかもしれない。でも分からない。だって無表情なんだもの。
もしかしてテレパシーを持っているのかもしれない。あ、ほら、頭から触覚が出てるもの。触覚の先にはピンポン玉のような物が付いている。テレビや映画なんかに登場する宇宙人グレイにはあんな触覚なかったけど、本物には生えていたのか。あの触覚で、僕らの心など全てお見通しなのかもしれない。それほど、不気味な落ち着きようだった。
と、思いきや。
「エエ!? イキナリ見ツカッター!?」
宇宙人が予想外に派手に叫んだのだ。ビックリした!
あ、その声質自体はこちらの期待を裏切らない、高く震えたいかにも宇宙人が出しそうな声だった。言うなれば、咽喉元を自分の手でとんとん叩きながら喋ると出る声、そんな感じだ。
でも、こんなにビックリ仰天みたいなリアクションをするとは。両手を上に挙げているし。
「本当に宇宙人なのか!?」
「ソウ言ウオマエハ、コノ星ノ……ア、チョット待ッテ、暗クテヨク見エナイ。航宙帽ヲ脱グカラ」
宇宙人は後頭部をごそごそと探って、銀色の頭を「脱いだ」!
すると、思いもよらず、髪の毛が溢れた。そう、現れたのは、普通の、女の子だった。ピンポン玉付きの触覚はそのままだったけど。
「あれ? なんだ、ただ宇宙人のマスクをかぶっていただけか」
「なーんだ。驚いて損しちゃったねえ」
真空さんがやれやれのポーズを取る。
女の子はマスクをかぶっていたせいか、髪の毛には変な癖が付いちゃっている。
「宇宙人だよ! 本物の!」
女の子が叫ぶ。髪を手櫛で直しながら。声も普通の、変に加工されていない肉声になっている。
「宇宙人のわけないじゃん。日本語喋ってるし」
「はあ? 翻訳装置のお陰に決まっているでしょ? 宇宙のテクノロジーを舐めてるの?」
女の子がなんかぷんすか怒っている。
「ちゃんとUFOで来たでしょ。ほら、飛べるよ、ほら、ね」
丼のオレンジ色の光が再び強さを増した。そして音もなく、ふわりと浮かび上がった。
「本当に、飛んでる……」
ワイヤーでぶら下がっているわけでもなさそうだ。吊るす為のクレーンなんかも見当たらないし。
「どうだ? ええ?」
得意気な女の子の、いや、やはり宇宙人? の声。
丼は地上五メートルの辺りを浮いている。それは、ロケット噴射や、プロペラで浮上しているわけではなかった。音はしないし、風が吹き荒れる事もない。ただ光りながらぷかぷかと浮いているのだ。
そしてまたドスンと地面に落ちた。これが着陸なら、ちょっと下手な操縦だと思った。
「分かったか! 原住民! ふう、疲れた」
女の子が丼の蓋に寄りかかって言う。
「本当に飛んでたよ~、二重君?」
真空さんが僕の袖を引っ張った。
「う、うん……」
僕は機上(丼上?)の女の子に向き直る。
「そ、それがUFOで、お前が宇宙人だとしたら、一体どうして地球に来たんだ! いや、いらっしゃったんですか?」
もし本当に宇宙人だったとしたら大変だ。友好的な関係を築かないといけないよね!?
「ウヒヒ! そりゃあ貴様らのような原住民どもからこの星を……あ、いやいや! おほん! ええと、あれだよ、ええと……君達の科学力は発達し過ぎている……核兵器は愚かな武器だ……アタシは君達地球の民に警告に来たのだ。核兵器は使ってはならない。核ミサイルは悪魔の道具だ」
宇宙人(?)は急に説教調で話し出した。
「あ、はあ」
でも、その内容は、なんだかとっても当たり前な事だった。
「核兵器は良くないって、うん、それは分かっているけど。……わざわざそんな普通な事を言いに来たの?」
別の星から、子供でも分かる道徳を説きになんて来るかな? わざわざ遠くから来るなら、それ相応の貴重な知識を持って来るんじゃないの? じゃないと、はっきり言って無駄だよ。
「こ、こいつ!? ええと、ちょっと待ちなさいよ。き、君達は愚かにも……米ソで睨み合い、互いにこの星を何度も破壊出来るほどの核ミサイルの……スイッチに……手をかけている……」
「米ソ? アメリカと……ソ連? ソ連て昔のロシアのこと?」
僕と真空さんが顔を見合す。
「あ、あれ? もしかして、ソ連ってもうないとか? まいったー」
宇宙人は焦っているのか、こめかみを揉んでいる。
「こうやって誤魔化せって習ったんだけどな……。田舎者にはこう言えって。あ、じゃあ、ええと、放射能を宇宙にばらまくな! 宇宙は迷惑している!」
「放射能? 放射線? でも放射線て宇宙の方が地球上よりも桁違いに多く飛んでいるって理科で習ったけどなあ」
「う……! ああー、もう! 牛を盗むよ!? 牛の血を抜いちゃうよ!? 土も盗むよ!? いいの? えっとね、地球の土はね、銀河では黄金と同じくらい値打ちがあるんです」
「土って、なんかざっくりとしたくくりだなあ」
「腐葉土でもいいんですかー?」
真空さんが右手を上げて質問する。
「うるさい! バカ! 愚かな地球人め! そんな貴様らには、もうこうなったら、最後通告をするしかない……。一九九九年に地球は滅びるよ!? いいの!?」
「一九九九年? 随分前だけど……。別に地球は滅びてないよ」
「ねー」
「え、過ぎちゃった!? あー、っと、今のは嘘嘘! えっと、あれよ、二〇一二! 二〇一二年だった! アタシったらうっかりしちゃって。ごめんね。そう、そんでね、あんた達は滅びるからね! 覚悟しなさい! え、それも過ぎてる!? やっぱり?」
「それもなんか前ーに流行ったっていうマヤの予言のやつだよなあ」
「うん、そういう映画もあったねー。古いね、あの宇宙人」
「ああ言えばこう! こう言えばああ! そういう面倒くさい奴って大嫌い! 素直になりなさいよ! いい? この美しい星を守りなさい! オゾン層を守りなさい! 自然を守りなさい! 大地を汚すな! これは本気よ! だってアタシ達がせっかく侵略しようと思っているのにあんた達が勝手に……ハッ、しまった!」
「侵略!?」
「チイー! バレちまったら仕方ない!」
宇宙人は丼の縁に仁王立ちになった。左手は腰に当て、右手は胸に置いて、なんだかそれっぽいポーズを取った。
「聞けい、愚かな地球人ども! アタシは大レチクル共栄圏イプシロン連邦、急進右派でタカ派で帝国主義を地で行く我らがカギヅメ党の青年部筆頭、チロ・ペキンパーである! この星には特務で参った! 特務って斥候の事だけどね! えー、でも、以後お見知りおきをする必要はない! だって、貴様らにはここで死んでもらうのだから!」
宇宙人は腰からチョココロネっぽい形の何かを抜いた。あの構え方、そして捻れた円錐の先っぽをこちらに向けている事からいって……銃か!?
「死ね! 原始人! そして土に返ってこの星の土壌を潤し我々の植物資源の足しとなれ!」
ぷよよよよ。
銃(?)の先端から、ドーナツ状の光線(?)が飛び出した。
「わ! なんか危ない!?」
すんでのところで避ける。
撃ってきた! 死ねって言ってきた! あいつ……本物の侵略者だ!
「宇宙人め! ええと……宇宙人め!」
なんかさっき名乗っていた気がするけど、どこが名前だかよく分からなかった。
「ウッヒヒヒ! そうらそうら! ダンスを、ダンスを踊れ!」
ぷよよよ、ぷよよよ。
宇宙人は輪っか状の光線を撃ちまくる。
「きゃー、二重君もちゃんと避けてね!」
真空さんは余裕のあるステップで華麗に避けている。手足の動きは軽やかで、しかしむっちりとした部分は大らかに揺れている。その魅力的な様よ! こんな緊急事態にありながらも、僕は思わず「好きだぜ」なんて呟いてしまった。
そんな僕の鼻先を、光るドーナツレーザーが通り過ぎて、思わず尻餅をつく。危なかった……。
這うようにして、木の陰に隠れる。
真空さんも見事な側転でそばに来てくれた。スカートの中は見えそうで見えなかった。