2-8
■2-8
皆と別れてから、僕とチロは最寄り駅まで戻り、商店街にあるラーメン屋で夕飯を食べた。家に帰ってから父さんに見つからないように部屋まで食事を運ぶのは、面倒だからね。
「むむむ。つるつるして、優しくない食べ物だな」
チロの箸使いは破滅的に下手だった。まあ分かってはいたけど。
それなのに、なぜか、箸を一本ずつ両手で、まるでドラムスティックのように持つと、スムーズに食べる事が出来るのだ。クルクルと麺を巻き取りながら。水飴を混ぜるみたいな感じか? そっちの方が難しそうなのに、不思議だ。これが僕ら地球人と宇宙人との差なのか……。
「この食べ物、美味しい。西銀河ヒツジのミミズ羊毛ホドロフスキー煮込みに味がちょっと似ている。でもこっちの方が好みかも」
まさか、味噌バターラーメンが西銀河ヒツジよりも美味しいとはね。誇らしく思っても、いいんだよね?
スープまで全部飲み干したら、ラーメン屋の親父さんが次回使える割引券を多めにくれた。
ラーメン屋からの帰り道。
コロボウのマパッチは、ずっとチロの肩に乗っている。自分でバランスを取って、落っこちたりもしない。そういう機能は製品として素晴らしいものなんだけど、主人登録機能はなあ、余計だったよなあ。お陰でみちるちゃんにあげられなくなっちゃって、何の為に晴子先生から買ったんだか分からないよ……。
商店街の端っこまで来た時、怒鳴り声が聞こえた。
小さな自動車修理工場「書割モータース」の前に、二人の、いかにもヤンキーって感じの若者がいた。どちらも黒と金色のジャージ(?)を着ている。
だけども怒鳴っているのはその暴走族ではない。女の声だ。
「あんたら仕事の邪魔だって言ってんでしょ!」
スパナを投げつけられて、ヤンキーが飛び上がる。
「もう二度と来んな!」
黒金のヤンキー二人は、その怒鳴り声に追い立てられて、慌てて一台の改造バイクに二人乗りした。
「立雄さん! 俺らまだ立雄さんの復活を待ってますんで!」
ヤンキーは振り返り様にそう叫ぶと、爆音を轟かせて逃げていった。
「いつまでも立雄に頼ってんな! クソガキ!」
ツナギ姿の女の人が出てきて、スパナを拾った。
「月子姉ちゃん」
僕が言うと、
「ん? お! 陽ちゃん!」
憤怒の表情をしていた顔が、にまっと笑った。
書割月子、月子姉ちゃん。昔から知っている、僕より四つ年上の十九歳。
僕より頭一つ背が高くて、スタイルも抜群。きりっとした顔付きの美人なお姉さん。黒い髪は後ろでまとめていて、いかにも出来る女性って感じだ。そんな容姿と薄汚れたツナギ姿とのギャップが、「有能なエンジニア」っぽく見えて、格好良い。
さらにヤンキー相手でも一歩も引かない気の強さ。だけども僕と話す時はいつも優しい。
「陽ちゃんゴールデンウイークでしょ? どっか行ってた……の……」
はきはきした喋り方が、急激に萎んでいく。月子姉ちゃんは、僕の隣に突っ立っているチロを見つめている。
「その子……誰?」
一秒前までニコッとしていた目が、さっきの、ヤンキーを追い出していた時の目付きに戻っていた。
それをチロも感じたのか、僕の後ろに隠れる。僕の腕を掴んで。
そんな仕草を見て、月子姉ちゃんの目に剣呑な色が増す……!
「あ、こいつは、僕の従姉妹……じゃなくて」
そんな嘘は月子姉ちゃんには通用しないだろう。なんせ月子姉ちゃんのお父さん、つまりは書割モータースの社長さんと、うちの父さんは、小学校の頃からの幼馴染なんだから。うちの家庭の事情なんて全部分かっている。僕は書割の社長さんと月子姉ちゃんには小さい頃から何かと世話を焼いてもらっているんだ。
「友達の……チロっていうんだ……」
ドキドキしながら、急いで訂正する。
「ふーん。友達ね」
月子姉ちゃんはチロの前に立ち、ジロジロと見る。腰に手を当てた姿勢で、上から、ちょっときつい目付きで。
まずい。あまり観察されると、チロが宇宙人だという事がバレてしまうかもしれない。
チロの方も明らかに動揺している。顔なんて汗だくだもの。さっきのラーメン屋でもここまで汗かいてなかったのに。僕の腕を掴む手も、ぶるぶる震えている。
「なに、自分で立てないの? なんで掴まってんの?」
そんなチロに、月子姉ちゃんが鋭く言う。
「たた立てるです、はい」
即座に手を離すチロ。
代わりに、マパッチを手にして、猛烈な勢いで撫で回す。毛が、抜けちゃうよ!?
「ふーん……。はん! まだ子供じゃん!」
月子姉ちゃんはそう言うと、おもむろに、自分のツナギのジッパーを開けた。ピッチリとしたTシャツに包まれた、これぞ女! って感じの体が現れる。はだけたツナギから覘く見事な女体。ここでも、無骨なツナギとのギャップが、月子姉ちゃんのボディの女らしさをより引き立てるのだった。
「子供じゃん!」
月子姉ちゃんはもう一度言い、まるでチロを威嚇するように体を振った。
「あわわわ」
チロはその迫力あるボディに完璧にやられている。
ちなみに僕も、ちょっぴり。だって凄いんだもん。
「月子さん何してんッスか! そんないやらしい事しちゃダメッスよ!」
そこへ、もう一人のツナギ姿の従業員が飛んできた。書割モータースのアルバイト、紅屋立雄さんだ。
「邪魔しないで立雄! こういうのはすぐに決着をつけとかないと! 出会い頭の一撃が一番なのよ! 喧嘩慣れしてるあんたなら分かるでしょ」
「何の決着ッスか」
立雄さんは確か二十歳。ひょろっと背は高い、だけど猫背。茶髪。
お人好しで、特に月子姉ちゃんと一緒の時はいつも困り眉毛になっている。良い人過ぎて、月子姉ちゃんの尻に敷かれているみたいだ。
「いい? 陽ちゃん!」
月子姉ちゃんが僕に向き直る。
「君は今いくつ? まだ高校生になったばかりでしょ? 高校生はね、こう、何て言うの? 男の子と女の子が一対一で歩いたりすることはね、まだ早いと思うのよ、お姉ちゃんは」
えー、そうかなあ。
「男の子はね、男の子とだけつるんで、アイドルの誰と付き合いたいとか、アイドルはどれだけ清純かとか、そういう不毛な話をしていればいいのよ! それ以上は許さない!」
そんなあ。チロはともかく、僕はみちるちゃんとデートしたい。
みちるちゃんとの事は月子姉ちゃんには相談出来ないな……。何言われるか分からない。
「陽太君も年頃なんですし、いいじゃないッスか。彼女ぐらい出来たって」
「かかか彼女!? ガソリンで頭やられたの!? 立雄は黙ってなさい!」
月子姉ちゃんは立雄さんには厳しいんだ。
「ひ~ん」
月子姉ちゃんにヘッドロックされ、なぜかポワ~っとした笑顔になっている立雄さん。
そんな二人のやり取りに、チロは震え上がっている。
だけど僕はそうでもない。よく見る光景だからね。ちょっと微笑ましいぐらいだよ。
でも。
「あれは……」
二人の向こう、奥のガレージには、分解された小さく丸っこい自動車があった。スバル360ってやつだ。書割モータースの社長さんの愛車だったのに、故障したのかな。
だけども、僕が気になったのはそれではない。
スバルの隣に置いてある、白い軽トラック。ちょっとした部品の搬入なんかに使っている、書割モータースの足だ。僕も何度も乗せてもらった事がある。
そんな軽トラの、いつもは「書割モータース」と書いてあるドアに、今日はそれを隠すように別のステッカーが貼ってあった。そのステッカーの文字は、「UFOWA」……。
あの時のトラックだ。寺ヶ白公園で、チロのUFOを回収して去って行った軽トラ。
書割モータースに、なんであるんだ? まさか、いや、しかし。
だが、軽トラの荷台にはUFOの欠片は乗っていなかった。どういう事だろう。UFO自体は別の組織に引き渡したのだろうか。
その真相を確かめたいのに、チロが僕の腕を引っ張った。
「よ、陽太、今のうちに、逃げよう!」
こいつ、ヘタレだよな。宇宙人のくせに。
なんて思ったんだけど、倒れ込んだ立雄さんと、赤いポリタンクを頭上に持ち上げる月子姉ちゃんを見て、僕も身が竦んだ。チャプチャプいっている。なにあれ……何が入っているの。怖い!
僕とチロは慌ててその場を後にした。




