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「おはよう。二重君」
クラスの連中がわいわい集まっている中に、晴子先生がいた。
「おはようございます」
弁田晴子先生は僕らの担任ではない。副担任だ。
若くて綺麗でいつもにこにこ。そしてお腹だけ大きい。妊婦さんだ。もうすぐ産休に入るんじゃないかって話だ。なので、その前に遠足の引率を引き受けてくれたらしい。身重なのに引率なんて悪いって僕らは遠慮したんだけど、晴子先生は行く気満々で。本当に優しい人なんだ。
こんなに面倒見が良いんだもの。担任には悪いけど、晴子先生の方が人気があるのは仕方ない。産休に入ったら寂しくなるよ。
晴子先生はにやにやしながら、小声で、
「どう? 上手くいった? 真空さんの事」
と聞いてきた。
僕は昨日、みちるちゃんを呼び出して愛の告白をしようとした。そうしようとしたきっかけは、晴子先生のアドバイスがあったからなんだよね。
お腹に赤ちゃんがいる晴子先生は、旦那さんがオモチャ会社「タイガーバター」の社長で、玉の輿だって有名だ。そんな晴子先生が言うには、「男の子と女の子が一対一で会ったら、それはもう恋に落ちるしかないよ」だった。そこにどんな邪魔も入らなかったら、その二人は既に恋人一歩手前になっているようなものなんだって。
今日の遠足は、クラスメートの親睦を深める為のものだ。僕と同じように、みちるちゃんをモノにしたいと考えている男どもは多いはずだ。きっと、このイベント中に勝負をかけようと狙っている奴もいるはず。
だから、僕はその前に、一歩抜きん出てやらねばならなかった! 抜け駆けってやつだね! と思って、前日である昨日にアクションを起こそうとしたんだけど……、チロがやってきたせいで……。
「実は、まだなんです……」
「え? ちょっとちょっと、何やってるのー。ライバル多そうだよ?」
「で、でも、今日は決めます!」
「うん、そうだよ。その意気だ! 男になりたまえ! 折角うちの旦那様の素敵ロボットがあるんだからね」
先生が片目を瞑った。
そうなんだ。晴子先生の旦那さんのペットロボット……。僕はショルダーバッグの中に手を入れる。ふさふさした、肌触りの良い毛並みを撫でる。鞄の中で、その毛むくじゃらがもぞもぞと動いた。
これこそが晴子先生の旦那さんの会社の大ヒット玩具、ペットロボット「コロボウ」だ。
みちるちゃんもこれを欲しがっている事を、他の子と話しているのを横で聞いてしまって。それならば、このコロボウをプレゼントしたら、きっと上手く行くと思ったのだ。こいつをダシにするって言うわけ。
晴子先生に恋愛相談するはめになったのも、今はどこのお店でも売り切れていてネットではプレミア価格で取り引きされているこのオモチャを、どうにか副担任と生徒のよしみで直接手に入れられないか頼みに行ったからなんだ。そこで、なんでこれが欲しいのかって事を根掘り葉掘り聞かれてしまったってわけ。
それでも、無事に手に入れる事が出来た。晴子先生と旦那さんには感謝だよ。あ、もちろん代金はちゃんと払ったよ。定価でね。本当は値引きしてくれるものと思い込んでいたんだけど……卸値でとか……。先生は、お金の事はしっかりしていた。まあ、いいんだ。
「大丈夫です。コイツさえあれば」
バッグから手を抜く。
そう、このコロボウをダシに今日こそみちるちゃんに……。
って、あれ? みちるちゃんはどこだ?
あ、いた。みちるちゃんは逆さロケットのベビーカー貸し出し所へと走っていく。あ、そっちには、チロが……!
「おおーい! 昨日の宇宙人! 昨夜はよく眠れた? ちゃんと朝ご飯食べた?」
案の定、みちるちゃんは大声でチロに話しかけている。
チロはびっくりして立ち竦んでいる。
「ヒ、ヒイ! 破壊的なメス原住民!?」
「あれ? なんでジャージ着ているの? 宇宙でも体育の時はジャージ着るの? どこ中?」
「み、みちるちゃん、しー!」
僕も慌てて追いかけたけど、もう遅かった。
「誰?」
クラスメートにも見つかってしまった。皆がぞろぞろとやってくる。ああ……もう。
「二重の知り合い?」
「あー、いや、ええと、僕の従姉妹なんだよね……」
咄嗟に、ありがちな嘘をつく僕。
「田舎から遊びに来たんだけど、どうしてもついてきちゃって……」
「なんでアンタみたいな宇宙のド田舎もんからそんな事言われなきゃいけないのよ!?」
即座に反論するチロ。いいから黙ってろ!
「元気良いねー。中学生?」
「え!? あわわわ」
チロは早くも汗だくになっている。動揺し過ぎだ! こいつ、他人から攻められるとかなり弱いな。僕には強気なくせに。
「どこに住んでいるの?」
「あの……ちょ、ちょっくらレチクル座の方から……」
「でもジャージには北二中って書いてあるね」
質問攻めにあって目を白黒させているチロ。主に恐れているのはみちるちゃんの事のようだった。
「よ、陽太……」
チロが僕のシャツの裾を掴む。怯えた目をみちるちゃんに向けながら。
みちるちゃんはいつものように朗らかな笑顔だ。
「ええと、こいつ人見知りが激しくて、あんまり突っ込まないであげてね!」
「そうなんだー」
「ちゃんと面倒みてやれよー、二重」
「う、うん……」
どうにかこれ以上疑われずには済んだみたい、かな。
と思いきや。
「二重君……その子、本当に従姉妹でしょうね?」
晴子先生がジトっとした目で僕を見る。
「そ、そうです、そうなんです!」
「ならいいんだけどね。あまりややこしい事しちゃダメだよ。男と女ってね、ただでさえややこしいものなんだから」
「は、はい……」
冷や汗が吹き出る。
「陽太……ねえ陽太……!」
その間も、チロは怯え切った顔で僕の服を引っ張っている。
はーあ。もうこうなったら仕方ない。チロと一緒に行動する事にする。まあ、この方が良かった。やっぱり目を離したらどうなるか分からないからね。
みちるちゃんは女の子軍団に取り巻かれている。他の男子達もおいそれとみちるちゃんにアタックは出来ないだろう。




