幸福理論
また、暗めな作品になります。
小夜の着ている藍色のノースリーブから覗く、白く美しい腕を見て、僕の鼓動は高鳴った。手首、細い腕、手の甲、指先から、僕は想像を膨らませる。
僕の微温い首筋に、彼女の細い指が食い込む。突き出た喉仏を、柔らかな親指で小夜が押しつぶし、僕の呼吸が掠れてゆく。
甘い苦痛を想像する。
小夜は優しすぎるくらいに優しいから、きっと冗談でも、僕の首を締める事などできやしないだろう。しかし、僕は昔から、好きな人に殺されたいという願望があった。
子どもの頃は、ナニモノにも臆する事なくコミュニケーションを取ることができたけれど、年を重ねるにつれて、相手を思いやることを覚えると、相手を傷つける恐怖を覚えてしまった。
それはしだいに、自分のことを喋ると他人を傷つける最低な人間であるというコンプレックスとなっていった。
そのせいだろう。僕の人の愛し方は、崇拝に近いと思う。
愛した人のすべてが、愛おしく、美しく感じる。それに反比例して、僕の中の自分の評価は下がっていく。僕のような他人を傷つけることでしか生きていけない、寄生虫のような人間の僕は、彼女とは釣り合わない。その思いが大きくなっていく。小夜を愛せば愛する程、僕は僕を愛せなくなる。消えてしまいたくなる。
映画を見ながら眠ってしまった小夜の手を握る。冷たい温度が、僕の手に伝わる。生きているのかも分からないなと美しい寝顔をみて思う。
生と死の境界線に存在する彼女は、まるで天使か神のようだと思った。だから、彼女の手で死ねたら、今度は美しく生まれ変われるかもしれないと思うのだ。
それは、僕の妄想であると理解している。そして、それを彼女に伝えるべきではないということも。
なので、これは僕の頭の中で思っているだけ。
小夜は、僕の首を締める時どんな表情をするのだろう。僕の大好きな淡い笑みを浮かべて首を締めてくれたら。「嫌だ」と泣きながらも力を強くしてくれたら。「バカ」と罵り、眉間にシワを寄せて気管を押しつぶしてくれたら。
きっと、彼女がどんな顔をしていても、僕は抵抗は一切せずに、意識が遠のくその前の瞬間、彼女の背中にしがみつくだろう。
声が届くこともないだろうが、「好き」だと、最期に言いたい。
小夜の首にかかった、夜のように美しい髪を払う。小さく可愛いうめき声を上げる小夜。その姿を見て、幸せだと実感する。
こんな幸せな夜は、大切にしたい。宝箱に詰めるように、覆い隠すように、その為に死にたくなるのだ。
読んで頂きありがとうございます。




