其の八十四『覆う影』
前回のあらすじ:裏切り
「何とか撒いた……のか?」
「どうやらそうみたいだな。お前の千里眼に映らないんだったら大丈夫だろう」
琳たちは翔馬から逃れ、ひたすらに走っている内に琳の自宅付近に着いた。
この辺りはまだ被害が及んでいないらしく、近隣住民には家から出ないようにとの注意報が発令され、他の地域の様子はニュースなどによって生中継されていた。
「これからどうするっすか?」
「まずは安全なところを探そう、ひとまず呼吸を整えた方が良い。次に来栖さんと朝比奈さんに連絡、で大丈夫どうだ?」
「私は賛成」
「私もその方針でいいと思います」
「なら安全なところからか……案外難易度高めではあるが、あてはある」
「おっ! まじっすか宗像先輩! 流石っす! で、どこなんすかその安全なところって?」
「それはだな………」
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
「いや……まぁ、なんだ? 場所的に近いから分かってはいたけどよ…………俺ん家って!?」
「適当な場所だと思うが?」
「まぁ……うーん………自分の家が防空壕代わりにされてんのって結構考えものだぞ?」
「防空壕とはまた違うと思うがな。強いて言うなら隠れ家の方が近いか」
「だとしてもよ」
「先輩。この漫画の二巻ってどこにあります?」
「あ、ごめん。私読んでた」
「じゃあ雨宮先輩読み終わったら貸してくださいっす」
「いやくつろいでんじゃねぇよ!?」
総一郎が適任だと思った安全なところ、それ即ち幼馴染である琳の自宅だった。
琳自身もなんとなく近い場所にいたためにわかってはいたのだがいざこうなると何というか……本人自身いろいろと複雑なのだ。
しかしながらそんなことは杞憂だったようで比較的穏やかな空気がそこには流れていた。
殺伐とした環境と空気から一変、死者もけが人もいないただただ警戒態勢が引かれているだけのこの一帯は何とも言えない生ぬるさだった。
「立花さんの容体は?」
「まだ……でも息はしているので後は意識が戻るのを待つだけかと」
「そっか」
「連絡の方は?」
「さっき涼さんと連絡が取れて、今こっちに向かってるってさ」
「そうですか。分かりました」
下には琳の母親が居る、来客があればすぐに知らせてくれるだろうしインターホンの音が聞こえるだろう。
今はしばしの小休憩ということでいいだろう、どうせ外に出ても琳たちの事は今頃ネットなりなんだりであっという間に広まっているはずだ、学校の生徒たちの前で戦ったのだから誰かが拡散していても何ら不思議ではないしむしろそうならない方が珍しい。
しかしまだ琳の自宅に誰も追仕掛けてこないところを見るにさほど広まってはいないらしい。
それはそれでむしろ光栄なことだ。
しばらくしてインターホンの音が聞こえ、琳が玄関へと降りていってドアののぞき穴から見るとドアの前には涼が立っていた。
――――――ガチャ。
「おう、無事か?」
「なんとか。とりあえず、上がってください」
「あぁ。お邪魔します」
涼は琳の家に上がり、二階で合流した。
ジーンズにレザージャケットで無地のシャツという格好の涼は部屋に入ると「あっち~」と言ってジャケットを脱いでパタパタとシャツで扇いだ。
「やっぱあっちぃな、レザーやめっかな……でも警察に色々言われんだよな……」
「………涼さんってスタイル良いっすよねー羨ましいっす」
「おっ? そうか? へへ、サンキュ」
「涼さん」
「ん、ああわーってるよ。電話で事情は聞いた、災難だったな。良く生きててくれた。栞は今支部で籠ってるし神社も健在だ。ただ……特殊軍の奴らが言うにはちょっとおかしなことになってるらしいんだわ」
「おかしな……こと?」
「なんでもピタリと魔物たちがどっか行っちまったみてぇでな、潮が引いたみたいにいなくなったらしくて……念のため警備は続行中だが」
「不気味、ですね」
「嵐の前の静けさってやつだろうな恐らく。きっとすぐ動き出すぞ」
―――――涼の予想は、結果から言えば見事に的中していた。
強いて外れたところを指摘するのであればその日に動きがなかったことくらいだろうか。
いや、もしかしたら或いは。
未だ意識の戻らない立花を含めた七人は琳の家で一夜を明かすこととなった。
立花の傷はすっかり回復している様子でひとまず一同は一安心した、流石百年以上生きているだけのことはない、立花もある程度再生者の体質なのかもしれない。
嫌な予感のする、三日月の夜だった。
午前六時ちょうどに全員、タイミングを見計らったように目が覚めた。
別段変な夢を見たとかそういうわけではない。
本当に、ただ偶然にタイミングが同じだったと言うだけ。
立花を除く全員はその不思議な感覚で目が冴え、思考が活性化してきたような気がしていた。
やけに静かな朝だった。
単純に人がまだあまり起きたり外に出歩いたりしていないだけなのかもしれない、それにしてもやけに静かな朝だった。
「おはよ」
「おはようございます……みんな一緒ですね」
「そうっすね。立花さんはまだ寝てるみたいっすけど」
カーテンを開け、外の光を部屋の中に入れた。
それから朝食を食べ、身支度をして、全員は外に出た。
先ほどから嫌に静かで不気味だったのだが外に出てさらにそれが増した。
人一人、街を歩いていないのだ。
時刻は七時四十分過ぎ、今日は平日、出勤や通学のために誰かが歩いていてもおかしくないしそうでなくても人の気配くらいはするものだろう。
なのにそれが全然感じられない、まるでアブダクションにあったように、「人」という存在そのものが消去されたように。
ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ……………
琳の携帯に一つの着信があった。
大介ら特殊軍からの連絡で、警戒態勢を解くというものだった。
琳は大介に現在の自分たちの状況を伝えると驚くべき返答が返ってきた。
『何言ってるの? その辺りは元々居住区じゃないわよ? あなたたち今一体どこにいるの?』
「起きろ」
「っっっっ!!?」
琳はそこで目を覚ました。
心臓は飛び跳ね、寝汗でびっしょりな体の中で暴れまわっていた。
呼吸は荒くなり、今の自分の状況を整理するまでに時間がかかった。
「……夏南? 夜……? どういう……」
「ほら、水だ。一度落ち着け、落ち着いたらすぐにここから逃げるぞ」
琳の目の前には何故か夏南が居て、何故か夜だった。
夏南は琳に水の入ったペットボトルを差し出して琳はよく分からないままにそれを一口飲んで無理やりに落ち着かせた。
すでに琳以外の全員の準備は整っており琳が最後に起きたらしい、ちなみに立花はまだ起きていないようで夏南が背負っている。
「随分うなされていたみたいだが大丈夫か?」
「夢……だったのか? 今の……」
「夢?」
「あぁ……朝になっていて、外に出ても人が誰もいなくて、大介さんから電話があって、今いる場所は元から居住区じゃないって……」
「…………同じ夢、か」
「同じ……?」
「私と立花は違うが、ここにいる全員同じ夢を共有していたらしい」
夏南からそう言われて驚き、セラスたちの方を見ると皆、頷いていた。
どうやら本当らしい。
原因は恐らく――――――
「千里眼の、未来予知が?」
「さぁ? 多分そうなんじゃないか? 全員に共有されたも何故夢なのかも果たしてそれが本当に未来予知による予知夢なのかも分からんがな。もしかしたら分岐した未来を見た、なんてことなのかもしれないが。イヴの声は?」
「いや、全然」
「そうか。まぁ良い、とりあえず着替えて出る準備だ」
「それは良いんだけど、何がどうなってるんだ」
「…………出ればわかる」
意味深な発言をしてから夏南は喋らなかった、琳は首を傾げながらも着替えた。
黒いウィンドブレーカー上下を着てスマートフォンと黒の武器を持って身支度が完了した。
玄関の鍵を開けて、外に出るとひんやりとした夜の空気が寝起きの体をそっと撫でた。
こんな真夜中に当然起きている人間などいる由もない、至極当然のことだ、琳はそう思っていた。
スマートフォンの煌々と光る画面が、午前七時四十分を周っていることを示していなければ。
「……………え」
「気が付いたか。今はもう夜じゃない、立派な朝だ。おはよう」
「は……? なんで……月だってあんなに丸く……」
「覚えていないのか? 昨日は三日月だ、ほんの数時間で三日月から満月になんてなるわけない」
「じゃああれは……」
琳は千里眼で月を見た。
正確には月らしきものを。
そして分かった、あれは本当に月ではない。
あれは目だ。
生物の目だ。
間違いない。
「……私の勝手な推測だが、恐らくお前たちを学校で戦わせたのはこいつをばれないようにするため。須崎翔馬を向かわせたのも一番可能性に気付くであろう立花を機能させないようにするため、須崎翔馬が追ってこなかったのは最低限のことをすでに済ませたから」
「これ……どこまで広がっているんだ?」
「さぁな。少なくともここと極東支部と如月神社は飲み込まれている。確認してきたから間違いない」
「んな馬鹿な………」
スマートフォンの画面にもう一度目をやると圏外になっていた。
そんなはずはない、この辺りはきちんと電波が繋がっていたはず。
となれば原因はあの空を覆う魔物によるジャミングだろうかと思われるが果たして本当にそうなのかは分からない。
状況を整理すると、現在琳たちの住んでいる町全体を謎の真っ黒な月のような目を持つ魔物と思われる生物がドーム状に覆い尽くして日の光が当たっておらずさらには電波も遮断されているため電話やメールなどは使えそうにない。
唐突に起こったこれらの異常事態に気付いているのは今のところ琳たちのみ、遅かれ早かれ他の住民たちも気づき始めるだろう。
夜風とは言えないひんやりとした空気が琳たちの肌を嘲笑うかのように通り過ぎ、嫌な汗が流れていた。
この黒に染まった世界で一体何が起こるのだろうか。
三日月は何をするつもりなのか。
琳たちは、ただ黙って佇むだけだった。
お待たせして申し訳ありませんでした!




