其の八十二『カナデナル』
前回のあらすじ:化物は人に成れず、されど人は化物に成れる。
琳たちが学校で燻っている頃、市街地にて。
「非戦闘員の皆さんはこちらへ避難してください!! くれぐれも押さないでください!!」
「餓鬼っどけっ!」
「うわっ!」
「大丈夫か坊主。怪我は?」
「うん……大丈夫」
「膝擦りむいてんな。ほれ、絆創膏はっとけ」
「ありがとうー!」
大介が率いる特殊軍の連中が市民たちの避難誘導をせわしなく行い、魔物だけが脅威ならばまだよかったのだがこういう事態の時には必ずと言っていいほど自分のことしか考えない愚かな人間が現れるものだ。
大柄な脂肪の塊みたいな男性は汗をダラダラに流しながら小さい男の子を弾き飛ばして我先にと行ってしまった。
その男は軍の注視も聞かずにずんずんと人の群れをかき分けて我先に我先にと早く安全な場所へ行かせろと怒鳴り散らしながら当てもなく体力を消費しながらどんどん先へと進んでいった。
やがて特殊軍が一層警備を強くしている場所へとその男は突き当たってしまい、それでも男は進むことを止めなかった。
特殊軍の制止も全く聞かず、その先が自分が救われるゴールだと信じていたのだ。
だがまぁ、何のために特殊軍があからさまにそこを塞いでいたのかちょっと考えればわかるはずだ。
その奥に魔物がうじゃうじゃいるからそれが入ってこないように守っていたのだ。
そんな簡単なことにも気が付かずに男は因果応報とでも言うのだろうか、普通になんの見せ場もなく死んだ。
そしてその男を殺した魔物を特殊軍が殺した。
もちろん秘密裏にだ。
大々的に言ってしまえば市民が大騒ぎして避難誘導どころではなくなってしまうからだ。
色々とギリギリな状態で特殊軍は街の平和を首の皮一枚保っていた。
それが長くは続かないだろうと直感で感じながらも。
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
場所は変わり琳たちへ。
琳・セラス・立花の三人はこれまで以上に本気で溝呂木と対峙していた。
琳とセラスの二人は左右から別々に背後に回り込んで背骨を叩き折ろうと攻撃の隙を伺っていたが如何せん背中の楔が邪魔で容易に近づけない。
それに楔の攻撃力も侮れない、迂闊に食らえばそれなりの脅威になる。
二人はまずこの楔らを取り払わなければならないと判断して一本ずつ切り落とす作戦に移行した。
メインは琳の刀と不安定ながらも以前の溝呂木戦の時に発動した僅かな未来視頼り、だが後者は琳自身発動方法がいまいちわかっていないため考慮はあまりしていない。
セラスは琳に迫る楔を的確にガントレットで殴って弾き飛ばすという脳筋プレイ万歳な作戦。
だが案外こう言った場面ではこのような作戦の方がうまく機能する場合が少なくない。
セラスは日々のトレーニングの成果をいかんなく発揮し、溝呂木の行動が読めているのではないかと思わせるほど正確に楔を次々と打ち返していた。
琳はそんなセラスの努力を無駄にはすまいとこれまた一本ずつ確実に二撃以内で切り落としていった。
半分ほど切り落としたところで溝呂木も背後の二人を脅威とみなして二人にも積極的に攻撃を仕掛けた。
しかし―――――
「よぉ、どこ見てるつもりだ」
―――――立花の戦闘能力は二人の戦闘能力を合わせてもまだ足りない。
そんな立花に背後を取られるということはどういうことか。
立花は刹那の間に両手で大鎌を持ち、体勢を低く、目線は溝呂木の背面を鋭く捕らえた状態で背後をとった。
そして一閃、溝呂木の背を切り裂いたかと思うと頭上へと飛び今度は槍をぶった切った。
溝呂木は悲鳴に近い鳴き声を上げて体をぶんぶんと乱回転させた。
本当にただ暴れているだけなので行動の予測も出来ず三人は回避と防御に専念した。
溝呂木は体を丸め、さらに骨の槍を体中から出した。
返しのようなものがついていて刺さればそう簡単には抜けはしないだろう。
溝呂木は振り返って琳たちを睨み付けた、と思ったら学校のほうへと走り始めた。
まだ避難が完了しきっておらず千鶴や総一郎に葵がまだ中にいる、そうでなくとも多数の一般人がいるのだ。
「くそっ!」
行かせるわけにはいかない、どうやら千鶴も応戦しているようだが硬質化した皮膚にはあまりダメージがない様子。
だったのだが、急に溝呂木がぐらつき始めた、そして悲痛な叫びをあげたのだ。
まるで弱っているところを攻撃されたように。
『琳君、聞こえる?』
「聞こえるよ。どうしたの?」
『顔』
「……顔?」
『多分、残っている溝呂木のあの大きな顔が弱点。あそこだけ弾が通る』
欲しかった情報、やはり千鶴は優秀だ。
琳はニヤリと笑いながら立花とセラスの二人に千鶴からの情報を伝えた、二人は同時に頷いて駆けた。
立花は黒の武器を鎖状に替えて溝呂木に引っ掛けて動きを止めた。
しかし溝呂木の力は凄まじく完全には止められていない、立花は歯を食いしばりながら苦悶の表情を浮かべていた。
「二人ともっ! 早くしろ!」
セラスは加速して溝呂木の前に回った。
溝呂木は鎖に抵抗しながらセラスを睨み口を大きく開けて赤色の槍をセラスに向けて二発飛ばした。
初手はハズレ、しかし二発目はセラスの腹を貫ける速度とルートを持ち合わせていた。
だがそこへ琳がセラスの背後から飛び出してガントレットを装備して槍をセラスから数mのところで横から受け止め、そのまま遠心力を使って槍なのにハンマー投げのようにぶん投げた。
それは運よく溝呂木の左目に突き刺さり溝呂木は一番の悲鳴を上げて苦しんだ。
「行け!! セラス!!!!」
「………はい!!!!」
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
全く……本当にあなたには世話になりっぱなしですね。
こんな千載一遇のチャンスまで用意してもらって、いつかお礼をしないとダメですね。
あ、この前買った指輪付けててくれてるんですね。ありがとうございます。
「行け!! セラス!!!!」
「……はい!!!!」
今、名前で………ふふっ。
ええ、行ってきます。琳君。
私はただ真っすぐに走った。
ひたすらに、彼の顔に向かって、撃鉄のように拳を振り下ろすために走った。
彼はまた自分の骨を武器に替えて私を殺そうとしている、もう立花さんも限界のはず、あの人強いけどやっぱり力の差では最強ではないから。
やがて鎖がほどけて溝呂木が自由になった、私のバックアップのために琳君が彼の攻撃を必死に食い止めてくれている。
傷が再生するからって理由で必死に攻撃を受け止めてくれている、体中に切り傷や打撲痕が出来てついには吹っ飛ばされてしまった。
でもここまで来れば後は私だけで十分。
彼は自由になった身であえて拳を私にぶつけようとした、だから私もそうした。
「―――――――ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
『―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!』
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
人と化物、二つの咆哮が響き渡った。
しかしその二つ叫びは同じ意味を持つ叫びだった。
セラスの左腕と溝呂木の左腕、拳同士がぶつかり合い溝呂木の左手が吹き飛んだ。
代償としてセラスの左肩が外れた、しかしそんなことはどうでもいい。
セラスは再び叫び右腕を溝呂木の顔めがけて鋭く伸ばした。
セラスの拳は溝呂木の顔面の中心を捉え、音速を超えた音と共に溝呂木を吹き飛ばした。
「………はぁぁぁぁぁぁぁ」
セラスは深く息を吐いて溝呂木に背を向けた。
もう溝呂木が立ち上がれないと確信して。
――――――決着。
戦場に吹くそよ風が、そう優しく告げた。
作者「(セラスの方が主人公向きなんじゃねぇかな………?)」




