其の七『事件発生』
前回のあらすじ:お話のはじまり
「あれの……正体……?」
「あぁそうだ、一週間前お前らが……今はお前しかいねぇか」
「……他の奴と一緒にいたって事は雨宮さんから聞いたんですか?」
「いや? あれはあいつが単独で動いただけだよ、他の二人の事含めて君たちのことは普通に調べた」
三人まとめて「普通に調べた」と当然のように語りだした涼に琳は驚きを通り越していてすぐに飲み込めなかった、そして千鶴のことを「あいつ」と呼ぶくらいには親交があるとも分かった。
だがそれは今言及すべきではない、もっと大事なのはあの森で出会った奇怪な生物の方だ。琳はそう考えてぐっとこらえた。
「話続けるぞ。ま、単刀直入に言っても混乱するからちょっと遠回りするけど」
涼は炭酸飲料を一口含んで乾きかけた喉を潤して話し直した。
「お前………お前っていうのも堅いな、琳って呼んでもいいか?」
「あ、はい。構いませんけど」
「んじゃ琳、お前、本は読むか?」
「読みますよ、さっきもよく行く古書店で買ってきましたし」
「ファンタジー物とかSF物は読むか?」
「そう……ですね。人並みには」
恐らく会話に入る導入として聞いているんだろうが全く意図が読めない、まさかファンタジー世界の生物だとでもいうのだろうか。
琳はそんな考えをあり得ないなと一蹴して涼の話に集中することにした。
だが次に涼の口から語られたのはその一蹴された考えをまた呼び起こすものだった。
「琳、魔物とかって信じるか?」
魔物、ファンタジー世界や今流行っている現実とは異なる世界に生まれ変わったりそこで生き直したりする異世界転生や異世界転移物の小説で敵として描かれる生物のことだ。
その容姿は様々で化物のような姿をするものから神様のような姿をするものまでおり、その存在はその作品を書いている作者によって決まる。
しかしそれはあくまでフィクションの世界だけのはず、なのになぜ涼は今それを信じるかなどと聞いてくるのだろうか。
「……信じる信じないの話じゃないと、思いますけど」
無論琳だってそんな突拍子もないものを信じているわけではない、これがもし別のことだったら答え方は変わっていただろう。
「そりゃそうだろうな」
涼はケラケラと笑いながら冷蔵庫からコンビニで売られているつまみを取り出して炭酸飲料のジュースと一緒に食べ始め酒盛りみたいにしていた。
さきいかやにあたりめ、ホタテの貝柱など完全に呑兵衛のつまみの数々を食べながら琳にも勧めた。
「そりゃ信じるわけないよな、あたしだって最初は信じられなかった」
「最初?」
「あたしはもう何回も見てるし、『戦っている』んだよ」
「……はぁ? 戦ってるって……どう、いうことだ」
何の前触れもなく発せられた涼の言葉に琳は唖然とする、見ただけではなく今涼は確かに「戦っている」と言った。戦ったという過去形ではなく戦っているという現在進行形で話したのだ。
部屋の中に、扇風機が風を送る音が嫌に五月蠅く響いている。
「厳密にはあたしらがそう呼んでるだけで別に異世界から来た生物とかじゃないんだ、どこぞのイカレた科学者たちがかつてない生物を作り出すための実験だか何だかでプロトタイプを作って、それがどんどんどんどん悪化してったらお前らが見たようなあの化物が――――」
つらつらと喋る涼とは逆に琳はただただ座っているだけの置物と化していた、実際途中から涼の話は頭に入ってこなくて琳は自分の混乱している頭の中をどうにかして整理しようと、それだけで一杯いっぱいだった。
「――――おい、聞いてんのか?」
その声に琳はハッとした。
目の前には夏の暑さで若干汗ばんでいる涼の素肌があり、涼の格好と相まってなんだかいけないものを見てしまっている気になり琳は顔を背けてほんの少しだけ顔を赤らめた。
「お? また照れてんのか、なんだやっぱり思春期だなぁ琳」
「うっさい!」
「別にあたしの体なんてそう興奮するようなものでもねえだろうに」
「……そうは思いませんよ、朝比奈さんの体って結構引き締まっててスタイル良いですし魅力的だと思いますけど」
琳は半ば自分の言っていることがセクハラじみていると分かってはいるがせめてもの抵抗だと思って涼のその引き締まったスタイルのいい体の感想を率直に言った。しかも若干赤らんでいる真面目な顔で。
「ぉ、おう………そう、か……?」
「(あれ……?)」
涼は琳の言葉に肩くらいある髪の毛をいじりながら、そしてさっきよりも声量を下げてどこか照れながら反応していた。
琳はそんな涼の乙女のような反応が想像と違いこっちはこっちで驚いていた。
涼は扇風機があるのに手で仰ぎながら「なんか暑くねぇか?」と言って炭酸を一気飲みしてむせていた。
げほげほとむせる涼に琳は飲みかけのお茶のペットボトルを差し出すと涼はそれをまたしても一気飲みして飲み干した。
「もしかして照れてるんですか?」
「ばっ………! んなわけねぇだろうが! じょ、冗談言うんじゃねえよ!」
「隠さなくてもいいですって朝比奈さん。顔赤いですよ」
「……っ!」
涼は本当に顔が赤らんでいるのかを調べるためなのか鏡を見て自分の顔を確認し始めた、すると思っていたよりも赤かったのか「あたし顔洗ってくるから! ちょっと待ってろ!」と早口で言い残して洗面台の方へと向かった。
すると涼の携帯電話が着信音が鳴り始め、涼は洗面台の方から琳に「代わりに出てくれー」と頼んだ。
琳は電話の通話ボタンを押して耳にあてた。
「もしも――――」
『朝比奈さん! 大変です! 魔物が市街地に出現しました! 場所は氷室古書店付近の空き地にて一般人が目撃したとの報告がありました、大至急そちらに向かい殲滅してください!』
「あの……」
『えっ、朝比奈さんの声じゃない……?』
よく分からない内容に琳は困惑し、さらに電話越しの相手も涼じゃないと分かって困惑している。その時タイミングよく涼が戻ってきて琳は電話を涼に渡した。
涼は電話相手と話をしているがその途中で琳の名前が出てきた、琳はそれを不思議に思ったが特に気には留めなかった。
やがて涼は電話を終えると上着を着て、机の引き出しから真っ黒い立方体の物体を取り出した。
「悪い琳、話はまた後でだ。急な仕事が入った、ここで待ってろ」
着々と出かける準備をする涼、だが琳は先ほどの電話に出てきた「氷室古書店」がどうしても気になった。
「あの、ついて行ってもいいですか」
「……電話聞いたんだったら多少はこれから何しに行くか想像できんだろ。ダメに決まってる」
「あの古書店、昔からお世話になっているところなんです。避難させるだけ、それだけでいいですから。どうかお願いします」
「………まぁ、タイミングが少し早くなっただけか……」
涼は琳に聞こえない程度にそう呟くと「ついて来い」と言って琳の同行を許可した。
二人は外に出た。
涼は部屋の隣にある車庫のシャッターを開けると中には大型のバイクがあった、涼はヘルメットを一つ琳に被せて自分の後ろに乗るように言うと「しっかり掴まってろ」と指示して琳の両手を自分の腰の辺りに回した。
「よし! じゃあ行くぞ!」
「は、はい!」
バイクはけたたましいエンジン音を鳴らして古書店に向けて走り出した。
ヤンキー系の姉御は書いてて楽しい