其の七十一『原初を語る者』
前回のあらすじ:こいつ……直接脳内に……
琳は思考がまとまらなかった。
目の前にいる物言わぬ物体と成り果てたはずのイヴが自分へと語りかけてきた。
その時点で琳の頭はショート寸前だったが何とか深呼吸をして無理やりに落ち着かせて平常を装った。
「いや………おかしいだろ」
(何がですか?)
「だって、いや、何がおかしいのかもう自分でも……」
イヴは狼狽える琳に一度落ち着いてくださいと語りかけて琳は本当に落ち着くまで待ってほしいと言って二分ほど時間を貰ってようやく頭の中が整理でき、そして確認したいことをまとめた。
まず一つ目がなぜ喋れるのか、二つ目になぜ自分なのか、そして三つ目はなぜ自分を呼び出したのか。
他にも聞きたいことは山ほどあるが大まかにはこの三点を琳は個人的に聞きたかった。
「イヴ……さん?」
(イヴで構いませんよ、なんですか?)
「えと、じゃあイヴで。なんでイヴは今喋ることが出来るんですか? それになんで俺でどうしてここへ呼んだんですか?」
(ふふっ、焦らないでください。ちゃんとお答えします)
イヴは優しく笑った声で語りかけ、一つずつ琳の質問に答えてくれた。
まず一つ目のなぜ喋れるのかということだがこれは以前あった共鳴現象の延長線上のようなものらしいのだが直接声として聞こえるのかは琳にはどうしても理解できなかったためイヴの新種の細胞が今ある人の形を超越したからこそできる芸当だと無理やり自分を自分で納得させた。
そして二つ目のなぜ自分なのかというのはイヴの細胞を持つ者が琳しかいないため必然的にというか、そもそも受信先が琳しかいないからという至極単純な理由。
最後にここに呼び出した理由だがこれもまた単純な理由で、イヴ本人がここから動けないのと直接会った方が安心するということらしい。
どれもこれもよくよく考えれば少しは分かりそうな質問だったなと琳は自分でそう思った。
まだ住職は戻らず、この二人きりの時間はまだ続きそうだ。
「あの……近くに行ってもいいですか?」
(はいもちろん!)
琳はイヴの前に座ってまじまじと顔を見つめた。
相変わらず彫刻のように綺麗な顔をしているなと思っているとイヴは「(あまりジロジロ見ないでください……!)」とやや恥ずかしがっている様子だった。
イヴ本体の顔自体は動かず表情は読めないが声色だけで十分彼女が今どんな感情なのかを想像することが出来た、案外賑やかな人なのかもしれないなと琳は思った。
「イヴ、って……生きてるんですよね?」
(生きているというか……なんというか、私にもよく分からないんですよね)
「そうなんですか?」
(意識ははっきりしてますしあなたの顔も見えてますし、ただ動けないっていうことしか実感ないんですよ。もう自分は人間じゃないっていうのは分かってますし自分からこう……ふわーっとした何かが出ているのも理解しているのですが…)
「あ、なんか出てるんですか」
(なにかは分かりませんがふわーっと)
「ふわーっと?」
(ふわーっと)
よくは分からないがなにかしらがふわーっとイヴの体から出ているようだ、恐らくそれはイヴの体の中の細胞が周りを侵食している現象のことなのだろうが本人は詳しく考えもしていなければ気にもしていないらしい。
そして話題は琳の体にイヴの細胞が生まれたというか移植されたというか、その話題に移った。
(そう言えば、あれから大丈夫でしたか? 何か体に変化とか)
「あ、あぁ、目が千里眼になりました」
(私と同じですね! お揃いです!)
「いやそんな喜ばれても……」
(いいじゃないですか! ずっと一人だったんですよ、こんな珍しいお揃い現象無いじゃないですか)
興奮気味で脳内へと直接語りかけてくるイヴに琳はやや苦笑気味だった。
琳はそんな中、ついにあの事を聞いた。
「……聞きづらいんですけど、その……」
(なんでも聞いていいよ、なに?)
「その……どうやってそういう体になったんですか?」
それからイヴの返答が来るまでに少しばかし時間が開いた。
数秒の時間の後に「(あー……)」という声が聞こえてようやくイヴが答えてくれた。
彼女曰く、あまりその時のことは思い出したいことではないらしい。
彼女はそう言いながらも、同じ細胞を持つ者同士の好として特別に話してくれた。
まず前提として、彼女も立花や翔馬そして三日月と同じ研究チームの一員というわけではなかったそうだ。
立花たちが開発した開化細胞に適合する確率が最も高かった、ただそれだけで選ばれイヴ本人は科学者系の職にはついておらずごくごく普通の大学生としての道を歩んでいたそうだ。
初めの内は一体何をされるのか恐怖だったが彼女の好奇心は人のそれを超えており、一種のスリルを味わうことを嬉々として捉えることが前々からあったようで段々と協力的になって行ったそうだ。
開化細胞の投与は一度投与してから数日間経過状況を見てそれからまた投与され、再び数日間経過を見てということをループして行っていたらしく、彼女の体が開化細胞と上手く適合した時はまだ今の琳と同じ感じだったという。
その状態のままさらに開化細胞の投与が行われたところ彼女の目にも琳と同様の千里眼が発現し、琳の場合は現在の彼女の細胞が引き起こしたものだったが当時の彼女の場合は体の中の大量の開化細胞が引き起こしたものでなんと数分先の未来予知くらいなら出来たらしいのだ。
しかしそれから開化細胞の投与が行われることはなかった。
何故か、あの事件が起きたからだ。
当時の彼女は戦闘技術を身につけていなければ魔物に関する知識や恐怖心を克服する術も持ち合わせていない、身体能力が異常に高い人間の範疇に収まっていた。
研究チームの人間が魔物に襲われるのを間近で見た彼女は酷く絶望してまともな思考回路が出来なかったという。
そしてそんな時、彼女の目に入ったのは開化細胞の入った一本の注射器だった。
彼女はそれを手に取って自分の腕に当てたがそれを三日月に止められてしまった、その注射器の中に入っている細胞は狂化細胞と開化細胞が複数融合した二つの細胞をも上回る危険性と成長性を持つ禁断の謎の細胞だったのだ。
もしそれを投与すれば彼女の身に何が起こるか立花たちも皆目見当すらつかない危険な代物、だがこの状況を打破できる唯一の可能性の塊でもあった。
彼女は一度は止められたそれを躊躇うことなく自分の腕に突き刺して投与し、体全身をまるで炎が血液に置き換わって流れているような熱さと興奮状態に襲われたらしい。
しかし辛うじて理性を保っていた彼女は暴走していた魔物をなんと素手で嬲り殺したのだ。
圧倒的な戦闘力、圧倒的な身体能力、そして未来予知。
これら三つを兼ね備えている彼女は間違いなく人間を超越した存在とこの時点ですでになっていた。
だが細胞の暴走により彼女の体は急速に弱まり、そこから先の記憶はもう覚えていないと言う。
では自分の今の状況をいつ知ったのかというとそれは三日月がもう現在の姿になった時にこの如月神社で哭きながら語りかけてくれたことで知ったのだと彼女は言った。
それを知ったイヴは勿論驚いたがそれ以上に目の前にいる三日月や彼女の話で立花と翔馬が生きていることを知った時は心の底から安堵したようで、自分のあの捨て身は無駄じゃなかったんだとそして三人が生きてくれていたことに喜んだみたいだ。
以上のことを聞かされて琳は何も言えなかった。
とても想像がつかない状況のとても現実とは思えない話、そして自分が彼女と同じ目に会うかも知れないという恐怖感とでもう琳は思考を止めていた。
(なんでそっちが落ち込むかなぁ……なんかごめんね)
「い、いえ……ただちょっと………聞くだけでも凄い話だったので……」
(そう、だよねー。実際私も怖かったんだ、魔物を倒した後全身が石みたいに固まっていく感覚があってね。そこで記憶無くなってくれたから良かったんだけど)
イヴは話題を逸らすために琳に今立花たちがどうしているのか聞いた。
琳は頭の切り替えに少し時間がかかり、十数秒後に今起こっていることを話した。
それを聞いたイヴは驚き、どうして三日月がそんなことをするのか聞いても彼女にも分からないらしい。
やがて住職と共に涼が地下へとやってきて涼は琳を怒鳴りつけた。
至極もっともなことで琳は説教を甘んじて受け入れ、一通り説教が終わると涼は琳が無事だったことに涙してハグをした。
その間にも琳の頭にはイヴが茶化して来て琳はパニックだった。
その後はちゃんと琳は立花の家へ涼と共に帰り着き、帰った時も立花に怒鳴られ短時間で二回も説教を食らった。
その時にはもう琳の頭の中にイヴの声は聞こえていなかった。
間空いてしまってすみません




