其の六『語られること』
前回のあらすじ:電柱と不審者はセット売り
※諸事情により琳の年齢を十八歳から十七歳に下げました。
「どうぞ」
「さんきゅー、助かったよ」
不審者、もとい黒ずくめの女性は琳の手からキンキンに冷えた炭酸飲料をごくごくと飲んで「ぷっはーっ!」と美味しそうにしていた。
「いやー色々悪いな、まさか財布忘れるなんて思わなかったわ。今度返すよ」
「……別にいいですよ、それくらい」
そう、公園に着いて黒ずくめの女性の方が自販機のところへ行って飲み物を買おうとポケットをまさぐって何やら焦った様子をしたと思ったら琳の方を見て「わり、金貸して……」と申し訳なさそうにしていたので琳は炭酸飲料分のお金を出したという状況だ。
琳もたかだか飲み物代くらいでどうこう言うほどがめつくはない。琳は自分も喉が渇いてリュックから先ほどの飲みかけのお茶をごくごくと飲んだ。
「それで? なんであんな怪しい真似してたんですか」
「まぁ……色々あってな……あ! でも勘違いすんじゃねえぞ、てめえに惚れてストーカーしてた訳じゃねえから」
「言われなくても分かってます、てか色々って何ですか色々って」
「しゃーねーだろあんま人に言えねえ理由なんだよ」
確かに人を尾行する理由をその尾行対象にそう易々と言ってしまってはダメだろう、それが許可されているのならそもそもあんな怪しい格好して後ろから後を付けるなんてことをする必要はないはずだ。
どう聞き出そうか悩んでいる時、琳のスマホが鳴った。画面を見ると非通知の番号で表示されていた。
「出ねえのか……って非通知か」
飲み物片手に勝手に人の携帯の画面を覗き込む黒ずくめの女性、数秒悩んでいたが琳は思い切って出てみることにした。
「……もしもし、どちら様でしょうか?」
『こんにちは、香月君』
「………雨宮さん?」
電話越しに聞こえた抑揚のあまりない綺麗だが無機質な声の主に琳は覚えがあった、先日琳の家で意味深な発言を残して帰った謎多きクラスメイト、雨宮千鶴の声だ。
『ええ、久しぶり』
「あぁ久しぶり、どうしたの?」
『今、女の人と一緒にいる?』
「えっ、何で分かるの!?」
『しかも黒髪で全身黒ずくめ、名前は言ってた?』
「いや、そこまでは聞いてない」
『そう……なの? 良かったら代わってもらってもいい?』
琳は言われるがまま女性の方に「代わってほしいと」と伝えてスマホを渡した、女性はそれを受け取り「もしもし?」と話し始める。
すると何やらごめんごめんと謝っている、琳はそれを見ながら一体千鶴との関係は何のなのかと不思議に思いながらお茶を飲んでいた。
女性は立ち上がって琳から数mほど離れて話し始め会話が琳に聞こえないようにしている、やがて通話が終わったのか女性は戻ってきてスマホを琳に返した。
「何だったんですか?」
「あぁあいつから聞いてないんだもんな……どうすっか」
女性は頭を掻きながら考え事をしている、うーんと唸りながら一つため息を吐き凛の方を向いた。
「ま、とりあえず自己紹介からか。あたしの名前は朝比奈涼、二十二だ。よろしく」
「香月琳、十七です」
「知ってる知ってる」
涼は立ち上がって場所を変えようと言って琳とどこかへと向かった、目的に着くまでの間涼は世間話をしながら会話を繋いでいたが琳にはそれがさっきの千鶴との会話に興味を持たせることを避けさせるためなようにも思えた。
夏の空の下を歩くこと十数分、涼が「着いたぞ」と言った先にあったのは築数十年は経っていそうな二階建ての古いアパートだった。
涼はそのまま一階の部屋に入って琳には「ちょっと待っててくれ」と言って少し外で待ってもらった、ほんの少し待っていると中から涼が顔だけを除かせて「入れよ」と伝えた。
琳はよく分からないまま言われた通りその部屋に入ることにしてドアノブに手をかけてゆっくりと引いた。
「お邪魔しま――――」
次の瞬間琳はドアを押してガチャリと閉めた、そして中から涼が開けた。
「なんで閉めてんだよ」
「誰がそんな格好で出てくると想定するんですか!」
今の涼の服装は上がスポーツブラで下がホットパンツという何とも不用心な格好をしていた、涼の体は凹凸の起伏が激しいわけではないがかなり引き締まった体をしており高校生男子には中々に刺激的だった。
「別にいいじゃねえか、家くらい好きな格好でいても」
「今からそこに俺を入れようとしてたんですよね……?」
「なんだなんだ? もしかして照れてんのか!? っ……はははははははは! こりゃおもしれぇ、今日の酒の肴になるわ!」
涼は玄関先でゲラゲラと笑いながら琳を家の中へと入れる、琳は若干緊張しながら「お邪魔します」と言って涼の家へ上がる。
琳は涼の部屋に、普通の一人暮らしの部屋という感じはあるが女性の部屋らしい感じはない、そんな印象を覚えた。
涼は冷蔵庫から炭酸飲料の缶を二つ取り出して一つを琳のところに置いた。
「飲めよ、ちょっとばかしお話タイムだ」
「……いただきます」
二人は缶をプシュッと音を立てて開けて炭酸の刺激を口内から喉へと行き渡らせた。
「さて、と。ちょっとばかし真面目な話するぞ」
涼は不用心な格好からとは不釣り合いな雰囲気を醸し出した。
「まずはお前たちが遭遇した、『化物』についてから話そうか」
段々と、登場人物が増えて参りました。
果たして作者は管理しきれるのだろうか!?