其の三『逃走後』
前回のあらすじ:森に入ったら化物とエンカウントした
『キィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
「くっそ……何なんだあいつ!」
「先輩やばいっす! もう日が……!」
葵の言葉通り、もうすでに太陽が落ちかけていて辺りは暗闇に包まれていた。道路沿いと違って街灯もなく周りは木だけなので余計に暗さが増している。
琳は今、スマートフォンの懐中電灯機能を付けて胸ポケットに入れたまま、そのライトの明かりで見える木々の隙間を直前で判断しながら走り抜けているため他のルートを考えたりする余裕もない。
にもかかわらず後ろから追ってきている化物はまるで昼の明るさと日没のこの暗さも変わらないというくらいに何の支障もなく琳たちを追ってきている。
幸いなのはあの化物は図体がでかいため木々の隙間を上手く通ったりすることが出来ていない様子で、何度か木々にぶつかったりブレーキをかけて減速しながら走っているため何とか追いつかれていない。
とはいってもそんなもの多少で、実際スピードは物凄い。このままではただのジリ貧である。
そんな時だった。
先行していた総一郎がライトを付けながら目印になるようにして琳たちの方へと叫んだ。
「お前ら! こっちだ!!」
総一郎がいるところは琳たちですら走れるかどうか分からないくらい木々が密集しているところだが上手く通ることが出来れば公道に出られる。
事実、総一郎の後ろからは車が通る音が聞こえている。
琳は葵に「飛ばすぞ」と伝えて総一郎の方へと体を向いて加速する、琳にしがみつく葵の手にも自然と力が入り葵は琳の制服をギュッと握っている。
それから一心不乱にその木々の隙間を走り抜けると、その頃にはもう化物は追ってきていなかった。
無事に公道に出られた三人はタイミングよく来たタクシーを止めて発進させた。
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タクシーを葵の家の前で止まった。
琳が葵に「気を付けて帰れよ」と一言言ったところで葵は何やらもじもじした様子で「一緒に欲しい」と照れながら言った。
総一郎は琳に残ることを進めたが琳は女子の後輩の家に男子の先輩が泊まるのは流石にどうなのかと躊躇ったが葵の涙ぐんだ表情と仕草に観念して琳は泊まることにした。
どのみち琳の家は葵の家から近いので何かあっても大丈夫なはずだ。
総一郎は去り際に「間違いは起こすなよ」と意味深な発言を残してそのままタクシーと共に闇に消えた。
「えと……まぁどうぞ上がってくださいっす」
「あ、うん、お邪魔します」
琳はしどろもどろになりながらも葵と一緒に家の中へ入っていった。
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翌朝、琳はソファーの上で目を覚ました。
「………あー…………そうだった、ここあいつの家だ………」
琳は寝ぼけ眼を擦って大きな欠伸をしながら昨日のことを思い出していた。
あれから琳は葵の両親に迎えられそれはそれは丁重に扱われ、何故か赤飯を出されたのは今でも分からない。シャワーを借りて着替える時に、葵の寝巻が用意されていたのはしばらく忘れないだろう。どうあがいても着れるわけがない。
結局また制服を着てソファーを貸してもらって就寝することにしたので今の琳はパッと見なら残業終わりに家に帰ってきてそのままソファーで寝たサラリーマンみたいになっていることだろう。
葵の両親には「葵と一緒に寝てもいいよ」とにこやかに了承を貰ってはいたのだが流石にそれは倫理的にダメなのでこうなっている。
琳がまだ寝ぼけていると後ろからガラガラと戸が開く音が聞こえ、振り向くと寝起き姿の葵が欠伸をしながら立っていた。
「…………おあようございます……せんぱい……」
「おはよう」
「あら二人とも起きたの? ちょっと待っててねー今朝ご飯出すから」
「あ、いえ、俺はもう帰りますよ。長居してもお邪魔になるだけですし……」
「なんも気にしなくていいからぁ! ほら、そこ座って座って!」
葵のお母さんの勢いに押されて座ることを余儀なくされた琳、それから間もなくしテーブルに茶碗に盛られた白米と豆腐の味噌汁そして焼き鮭にきんぴらごぼうという安定感に長けた朝食が出てきた。
すると二階から葵のお父さんも降りてきて琳に「おぉ、おはよう」と声をかけてきたため琳も「おはようございます」と返した。
「琳君だっけ?」
「あ、はい」
「遠慮しないで食べなさい」
「あ、ありがとうございます」
こうなっては断ろうにも断り切れない空気になっているため琳は行為に甘えて一之瀬家で朝食をいただくことにした、一方葵はというと朝一でまだ寝ぼけている様子で味噌汁を啜りながらゆっくりと一口ずつご飯をもぐもぐと食べている。
それから小一時間ほどして朝食を食べ終え後片付けを手伝って琳は自宅に帰ることにした。
「それじゃあ、お邪魔しました。すみませんいきなり来てしまって」
「いいのよー、またいらっしゃい」
「では失礼します。ご飯美味しかったです、ご馳走様でした」
「あら良かった」
一之瀬一家に見送られて琳は自宅に帰った。
琳は母親と二人で暮らしており、昨日は母親が夜勤だったので今のところ葵の家に泊まったことは母親の知るところではない。帰ってきているとしても疲れているだろうから一々靴の有無なんて確認しないだろうからこのまま帰っても特に問題はないはずである。
琳は途中何度か欠伸をしながら朝の道を歩いていた。
「ん? 誰だ……?」
遠目だが家の玄関の前に誰か立っている。
見たところ同じ制服を着ているため高校のクラスメイトだとは思うが、一体こんな朝から誰が来るというのか。
「あれ、あの人………」
よくよく見ると、その人物に琳は覚えがあった。
真っ黒い綺麗な長髪にスラリとした四肢、凛とした佇まい。
「……………」
「あの……雨宮さん?」
「……………」
何も喋らずに振り返るその人物、少女は琳の予想通りだった。
「おはよう、香月君」
クラスメイトの女子「雨宮千鶴」が無表情のまま挨拶の言葉を発した。
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