其の十六『初陣』
前回のあらすじ:千鶴は意外と凝り性
「行くぞ、しっかり掴まってろ!」
涼はバイクのエンジンを噴かせて一気に加速した。
「琳! 道案内頼む!」
「はいっ! まず、そこの信号を右に!」
「右だな」
琳が道案内をしながら走ること数分、三人は葵の自宅に到着した。どうやらまだ被害は及んでいないらしく、いつもと変わらない様子だった。
「葵の両親に避難するように伝えてきます」
「頼んだ、あたしらはこの辺見回ってる」
琳は急いで葵の家のインターホンを押した、数回押したところで中から「はいはーい!」と声が聞こえてきた。
「どちらさまで……あら琳君! 久しぶり~、葵なら今先輩の家に行くって言って出ていったばっかりだけど……」
「そうじゃ、ないんです」
「あら、そうなの?」
「今すぐ! ここから避難してください!」
「なに? 何があったの?」
「お母さん!!」
琳が葵の母親と話していると遠くから葵の声が聞こえた、琳がそちらを振り向くと葵は「先輩!」と叫んでさらにスピードを上げて二人のもとへと到着した。
「先輩! 何があったんですか!」
「落ち着け。というかお前、そもそも何が起こっているのか分からない状態だろ、今」
「この近くで、何かが暴れてるんですよね!?」
「……! 何で知って――――」
「……すみません、実は涼さんが電話で話していた内容、聞こえていたんです」
「嘘だろ……?」
「いいえ本当です。緊急事態ですとか魔物がどうたらとかって聞こえて………それで、涼さんの顔つきからしてただ事じゃないなって思って、それで……」
ここに来て葵の意外な能力が発見された、ここまで聴力がいいなんてのは琳でさえ知らなかった。葵は母親に琳の言っていることはおかしなことじゃないとフォローしつつ、避難してほしいという旨も伝えた。
母親も娘が懇願しているとあれば何かあったのだと思ったのか必要最低限のものを取りに一度家の中へと戻っていった。
そしてその直後、獣の方向が聞こえた。
「葵、お前はここにいろ」
「わ、分かったっす」
琳は家の周りをぐるりと見渡した、するとちょうど涼と千鶴が戻ってきた。
「今のって……」
「あぁ、そうだ」
涼は琳の続く言葉を予想して肯定し、琳に黒の武器を渡した。
「訓練も何もしてないけどいけるか?」
「雑ですね、随分……」
「しゃーねーだろ、こんなことになっちまったんだから。あたしだってもっとちゃんと教えるつもりだったよ……」
「大丈夫、何かあったらどうにでもなるから」
「無表情でそういうこと言われるとすっごい怖いんだけど雨宮さん」
「大丈夫、私が守るから」
「あ、ありがと」
「なんだ千鶴、やる気だな」
「そう?」
相も変わらず表情一つ変えずに小首を傾げる千鶴。
ただどこかいつもより感情的なのは琳にも分かる、張り切っているというか何というか。
そこへ、古書店の日と同じく軍用車両がけたたましい音を鳴らしてやって来た。中には迷彩服を着た数人の男たちと翔馬が乗り合わせており、車が琳たちのところで停車すると翔馬がスーツをバッチリとキメて営業モードというべきイケメンの状態で降りてきた。
「状況は?」
「もうじき来るだろうな、琳も戦えるぞ」
「うん、じゃあ順調だね。えっと君は……一之瀬葵ちゃんで間違いないかな?」
「そう、ですけど………あの……どちらさまっすか?」
「琳君の同僚かな? まぁ詳しい話は後で後で! とりあえず乗って」
「え……? 誘拐っすか?」
「違うよ!?」
的確にツッコミを入れるポジティブパッションな後輩にたじろぐ翔馬を見ると何故だかしっくりくる、やはり残念なイケメンポジションに属しているようだ。
だが現状はあくまで緊急事態、一刻を争う。
「涼、香月君」
千鶴がそう短く告げると、近くで獣の鳴き声が五月蠅く聞こえた。それも一つではない、複数だ。
「来たな。琳、覚悟決めろ」
「覚悟決める前に諦めついてますよ」
「そりゃいい、まぁきっとどうにかなるさ。死ななきゃ全部安いもんだよ」
「そういうこと、ほら葵ちゃん、乗って。ここは危険だ」
「………先輩」
「安心しとけって、その人たちといれば安全だから。俺が保証する」
「先輩も戦うんですか?」
「そうなるな」
「………あんまり今の状況分からないですけど、先輩が今から危険な目に会うっていうのは何となくわかります………だからえっと……」
「なんだよらしくないな」
琳は珍しくしおらしくなっている葵の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「わっ!」
「お前はいつもみたいにうるさくしてろよ、その方がお前らしい」
「うるさいってなんすか!」
「それくらいがちょうどいいよ、お前は。……翔馬さん、こいつのこと頼みます」
「了解、琳君も頑張って」
と、一通りの話を済ませたところで鳴き声の正体が満を持して登場した。
魔物。
葵は翔馬とともに車に乗り込み、「死なないでくださいね!」と最後に声をかけ、葵のお母さんも載せたところで車は発進した。
残ったのは琳たち三人と魔物たち、その数五体。いずれもこの世の生物の何にも当てはまらないおぞましい姿をしている。
普通なら逃げ出すだろう、あの如月神社の時のように。だが今回琳は覚悟を決めている。
「うっし! んじゃいっちょやるか!」
三人は声を揃えて「キューブ」と叫ぶ、黒の武器はデバイスモードからキューブモードに姿を変えて、戦闘態勢が整った状態になった。
「スピア」
「ソード!」
「スナイパー……」
三人の声に合わせてバラバラになり、それぞれの武器の形を作っていく。
やがてそれらは一槍の槍に、一振りの長刀に、一丁の長銃に形を変えた。
「おぉ……」
「どうよ」
「なんか……凄いです」
「香月君、真面目に」
「あ、はい……」
「怒られてやんの」
「涼も」
「はーい……」
魔物を五体前にして緊張感のない二人を静かに怒る千鶴、彼女はそれ以外言葉を発さずにただ黙ってスナイパーライフルのスコープを覗いて構えている。
ゴオォォォォォォォォォ!!
魔物たちは琳たちが戦闘態勢に入ったのが分かったのかより一層殺気を増していつ襲い掛かって気もおかしくはない。
その時、魔物の内の一匹が叫びながら突撃してきた。琳と涼はそれぞれ構えるが二人が動く前に千鶴がスナイパーライフルの引き金を引いて魔物の脳天を撃ち抜いた。
「……次」
冷酷にかつ冷静に千鶴は次弾を装填して構えた。
魔物たちは仲間が一匹殺され、向こうが危害を加えてくる存在だと完全に認識したらしく残り四匹まとめて襲い掛かってきた。
「おっしゃぁ!」
涼はおおよそ、人間が軽々しく出せるものではない速度で向かってくる魔物たちと対峙した。一方琳は初めての戦闘で尚且つ迫りくる魔物の恐怖とで足と刀を握る手が震えていた。
魔物はそれでも無慈悲にどんどん近づき、その距離約一mほどになった。
琳は短く深呼吸をして、千鶴に言われた一言を思い出す。
大丈夫、私が守るから。
という力強いお言葉を頂いたのなら、琳に出来ることはただ一つ、千鶴を信じて死なないように戦うこと。
眼前に魔物の肥大化した腕が琳に殴りかかってくる。
琳は恐怖心が一周回ったのか視界がクリアになり、落ち着いて、冷静に魔物攻撃を避けた。回避行動をしている時、琳は不思議と自分の体が自分の体なのかどうかという感覚に襲われた。
開化細胞が移植されたことにより琳はすでに適合者として身体能力が底上げされて普通の人間よりも遥かに身体能力が向上されている、そのためか魔物の動きが手に取るように分かってきた。
琳は次々と繰り出される魔物の攻撃を容易く躱したり刀で受け流して一度もダメージを受けることなく回避していき、ついぞ魔物の隙を見つけて振り下ろされた肥大化した剛腕を一本切り落とすことに成功した。
魔物は悲鳴を上げながらさらに乱雑にブンブンともう一本の腕を振り回して琳を殺そうとしていたが琳はバックステップを取りながら躱し、大きな隙のある攻撃をジャンプして回避した。
「うわわ!」
だが自分の強化されたジャンプ力が思いのほか高かったため琳は着地した時に体勢を崩してしまった。魔物はその絶好のチャンスを逃さんと残る力を腕一本に集めて琳に振り下ろした。
だが虚しくもその渾身の一撃は千鶴の銃撃によって根元から吹き飛ばされてしまう。
ピンチが一転してチャンスへと切り替わった瞬間を琳は見逃さず低い体勢のまま刀を居合切りのように構えた。
「はあっ!」
琳はそのまま魔物の体を左下から右上に一閃に切りつけた。
そこから大量の血液が噴出し、魔物は断末魔の悲鳴を上げてその場に伏した。
琳は息も絶え絶えになり次の攻撃に備えるが残りはすでに涼と千鶴によって殺されており、この場に脅威は何一つとして無くなった。
ドサッ!
「お疲れ、香月君」
千鶴は操り糸がぷつんと切れた人形のようにその場に膝をついている琳に労いの言葉をかけ、手を差し伸べた。
「ありがとう、雨宮さん」
琳は千鶴の手を取って立ち上がった。
「よし、死んでねえな」
「なんとか……」
涼の茶化した言葉に苦笑で琳は返した。
「後処理は翔馬たちがやってくれるからな、とりあえず戻るか」
「えっ、死体はどうするんですか?」
「心配いらねぇよ、見てな」
涼が指し示した先では魔物の死体が変わらずあるだけだったが、なんと死体はドロドロに溶け始め、水が蒸発するかのように煙になって消えていき、血液すら一滴も残らずに消滅した。
琳はその摩訶不思議な光景を呆然と眺めて驚いていた。
「狂化細胞は不完全な細胞でな、生命活動が終了すると即座に跡形もなく消え去る」
涼が補足をし終えたところで外野が来ると色々と面倒なので早々に退散することにし、涼のバイクで例のテナントビルへと帰っていった。
今回は少し長めになりました。
琳の初めての戦闘となりましたが、どうだったでしょうか。
次回からは葵に続き総一郎も段々登場させていくつもりですのでどうぞよろしくお願いします。