其の十二『黒の武器』
前回のあらすじ:対魔物組織庭園の守り手名物、朝比奈涼特製オムライス
「運動って……なにするんですか?」
「運動っつーか訓練だ、その黒いのを使う」
「これですか……?」
琳は翔馬から貰ったあの黒い板を出すと涼は「それに向かってキューブって唱えてみろ」と言い出した、琳は言われた通りそれに向かって「キューブ」と一言唱えると先ほどまで板状だったそれはなんと琳の手の平から浮遊してガチャガチャと変形しだし、涼が持っていたあの真っ黒いルービックキューブと同じ形になった。
「すご」
「だろだろ? そいつの名前は黒の武器つって対魔物用に開発された特殊武器なんだ」
「えっ、このルービックキューブみたいのがですか?」
琳がそう尋ねると涼と翔馬がまるで待ってましたかと言わんばかりの表情を浮かべて琳に近づき「ふっふっふ……」と何やら含みのある言い方をしていた、琳はそんな二人にただただたじろぐだけで苦笑を浮かべていた。
「琳、お前、変形武器は好きか?」
「急に何ですか……?」
「いいから、好きかどうか答えろよ」
「そ、そりゃまぁ俺だって男の子ですし、そういうロマンは好きですけど……」
「よし見てろ!」
そう言って琳を自分に注目させて涼はキューブ型にした黒の武器をまるで返信でもするかのようにして構えた。
「スピア!」
涼は二カッと笑いながらそう叫び黒の武器をカチッと押すと、それは宙に浮き始め、いくつもの粒に分解され徐々に形作っていった。
分子が結合されるように、黒い粒は細長く集まり、やがてそれは一本の黒い槍へと変形を完了させた。
「どうよ?」
涼はいつもより低めの声で琳に反応を尋ねたが琳はあまりの出来事に文字通り開いた口が塞がらず、目を丸くして驚くばかりだった。
そして琳が絞り出した答え、その言葉は―――――
「かっけぇ………」
「だろ!? だろだろだろ!? あたしも初めて見た時そんな感じだったわー! やっぱりお前も分かるか、この格好良さが!」
「は、はい!」
「あのルービックキューブみてぇな状態がキューブモード、さっきの板状のがデバイスモードっつって………まぁ細かい説明は後でいいか」
「いいんですか……」
「よし琳! お前もやってみろ! 大丈夫だ、お前ならいける!!」
「あ、はい! 分かりました!」
琳が意気込み、早速やろうとしたとき、涼は「あそうだ忘れてた」と言ってポケットから一枚の紙を取り出して琳に渡した。そこにはこう言えばこんな武器に変形するといったことが書かれてあり、その中から選べとのことだった。
「押すところはこの赤く光ってる部分な」
涼に示された場所は確かに赤く光っていた。
「……ソード!」
……
………
…………
変化がない、ただのルービックキューブのようだ。
「あの……何も起こらないんですけど……」
「んー、それはまだ君の体の中に開化細胞が取り込まれていないからじゃないかな?」
「あっ!」
翔馬がにこやかにそう指摘すると涼は何かを思い出したかのように大きな声で叫んだ、どうやら琳はまだこのオーバーテクノロジーを扱える状態ではなかったらしい。
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三人は一度エントランスへと戻った。
「栞ちゃーん! ちょーっといいー?」
「あ、はい! なんですか?」
「ちょっと琳君に細胞移植してもらいたいんだけどできそう?」
「香月君に………ですか?」
「うん、琳君に」
琳はいきなり翔馬が自分の体に細胞移植をすると平然と言ったことに驚きを隠せなかった、栞も若干戸惑っていたようで、栞は琳の健康状態の検査から始めると言い、翔馬は琳を栞と共に検査室に連れて行った。
「あの……なんか怖いんですけど……」
「んー? 大丈夫大丈夫、ちょっとチクッてするだけだから」
「そういう問題じゃ………」
傍から見れば完全に違法な手術をさせられる実験台の少年のようにも思えるだろう状況のまま三人が付いたのは、「ここが研究室ですよ!」と主張しているような場所だった。
人は誰もおらず、代わりに電源の付いた複数台のパソコンや何かの研究に使われているであろう見たことないような精密機器がいくつもあった。
「立花さーん! いますかー!」
翔馬が問いかけるが返事はない。
「多分机の下で死んでるんじゃないですかねー」
栞はそう言いながらつかつかとパソコンがある机の周辺を探索していると「いましたー」と声を上げた、そして栞は白衣を着た子供かと錯覚するくらいに小柄な一人の女性を抱き上げてずるずると引きずりながら戻ってきた。
「あ~…………なんだ騒々しい…………」
「どうも立花さん、元気ですか?」
「さっきまで元気だったけどお前らのせいで元気なくなったよ…………全く………で? 今日は何の用だ?」
人はここまで気だるげになれるのかというくらいにやる気のなさそうなその女性はダボダボの白衣を着直そうともせず、また、栞に抱えられている状態を脱しようともせずに不機嫌そうな顔で翔馬と話していた。
「この子に開化細胞を移植してあげてほしいんだ」
「わっ!」
翔馬はぐいっと琳を抱き寄せ、琳は情けない声を出した。
「え~……めんどくさ~…………てかその子誰?」
「新しく加入することになった香月琳君だ」
「まじで?」
「ち、ちょっと須崎さん!? 俺そんなこと聞いてないんですけど!?」
「えーそうだったけー?」
いきなりのカミングアウトに琳は言葉を失った、いや、正確に言えばなんとなく琳自身も想像はしていたがまさか本当だとは思わないだろう。
白衣を着た女性は白衣の胸ポケットから縁が細い丸眼鏡を取り出してかけ、琳をじっと見つめる。
「………名前」
「え?」
「名前だ名前、お前の名前を聞いているんだ」
「えと、香月琳です」
白衣の女性は胸ポケットから今度はメモ帳とボールペンを取り出した。
「漢字は?」
「香水の『香』に一月二月の『月』、琳は、おうへんに林で琳です」
「おうへんに林……ね………栞、下ろして」
「はい」
ようやく栞から解放された立花と呼ばれた白衣の女性は一言、「ついてこーい」と千鶴に負けず劣らず感情のこもっていない声で琳に指示した。
立花はパスコードとデバイスモードの黒の武器でロックされた扉を解除した先の部屋に入って琳を手招きした、琳はそれに従ってついて行った。
そこは手術台のようなベッドが一つと、様々な実験器具や機械が並んでいる部屋で、立花は琳に「そこに寝てて」と言って琳を横たわらせると一枚の紙をボードに挟んで最近の体調状態を色々聞いてきた。
一通り聞き終えると立花は一本の注射器を持ってきて琳の左腕に刺した。
「動くなよ」
遅すぎる忠告だ。
「怖くて逆に動けません」
いきなり注射器を刺された驚きと何が起こっているのか分からない恐怖とが相まって琳は逆に冷静になった。
「なら結果おーらいだ」
やがて注射器を引き抜くと立花はそのままじっとしていろと言い残して別の扉の先へと消えた。
五分ほど経った頃、立花はさっきとはまた違ったデザインの注射器を持ってきた。そして琳の左腕を確認して「異常なし………」と呟いた。
「よし、んじゃ注射するから動くなよ」
「忠告雑過ぎませんか!?」
「忠告には変わりないだろ?」
「そうですけど…………」
「利き手どっちだ?」
「右、です」
琳が答えると立花はとてとてと琳の右側に回り込み、右腕の皮膚に注射針を刺した。
「あ、お前今から人間辞めるからそのつもりで」
「えっ? あの、え、どういうことですか? ていうかそれさっき言うべきことなんじゃないんですか? 立花さん……でしたっけ? あの聞いてますか? あの――――」
琳のその問いかけも空しく、立花は無慈悲に注射器の押し子を押して、中の物を琳の体の中に投与した。
そしてその日、香月琳は人間をやめた。
もう少しだけ導入編が続きます。
立花のキャラクターについて、詳しくは次回載せます。