其の九十六『刻限』
前回のあらすじ:不穏分子
琳たちは走り、如月神社も目前というところまで来たところで如月神社に人影が見えた。
「ん、来たか。やっぱりここだったか」
「夏南……立花さんたちと一緒にいたんじゃ?」
「馬鹿、お前たち放っておけるわけないだろ」
「か……夏南さーん!!!」
「ちょ、葵! くっつくな……もう!」
琳たちだけでは何かと心配だろうと夏南が駆けつけてくれていた。
ぶっきらぼうに照れながら「放っておけるはずがない」などと男前なことを言う夏南に葵は感情を思わず爆発させて抱き着いた。
夏南も抵抗は若干見せていたものの頼られるのも悪くないと思ったのか次第に受け入れ始めた、夏南も段々と変わってきてくれている様子だ。
「で、何の策もなしにここに来たわけじゃないんだろ? どんな案だ?」
「え、えーっと………それは…………」
「琳君やイヴ、そして私たちがこの一か所に集まれば、三日月は自ずとこの場所を一点集中で攻撃してくる。でもそれは裏を返せばこの場所にしか攻撃が来なくて、攻撃地点にここが狙われていると分かっているなら、ここに来る攻撃だけを迎撃すればいいわけだから、対処しやすくなる。そうでしょ、琳君?」
「え!? あ、う、うん! そうそう! ここしか狙われていないってわかるんだったら、こっちもこの場所だけを守り続ければいいわけだし!」
「まぁ……一理ある、か」
本当は策なんて全くなくて千鶴のアイディアに全面的にのっかっただけなんだけどな、とは口が裂けても言えない琳だった。
「だが向こうがこちらを集中的に攻撃してくるという保証はどこにもない。もしかしたら街の方に被害を出すように何かしら仕掛けてくるかもしれんぞ?」
「いや、多分、それはないんじゃないかな」
「何故だ?」
「今この街はドーム状の魔物に守られている、隔絶されている状態。つまり、この街だけは魔物とかの被害を出さずにしておきたいっていうこと。ここで魔物を放ったりなんかしたらこの街を隔離した意味がない。きっとここだけは他の地域と全く別な状態に保つ必要があるんだと俺は思う」
「全く別の状態、とは?」
「それは……分からない。俺たちを確実に殺すためかもしれないし、この街の人たちをあのアダムとかってやつで何かするのかもしれないし、いずれにせよこの場所はまだ守らなきゃいけないんだと思う。それに、三つの細胞が混ざり合って新しい細胞が体の中にある俺と、一番最初に開化細胞を埋め込んだイヴが同じところにいるんだ、今必要ないとはいえ、回収しておいて損はないはずだからこの場所を狙ってどっちか……もしくは両方の細胞を採取しに来る可能性が高いと俺は考えているんだが」
琳は夏南の言葉にすぐさまロジックを組み立てて反論した、咄嗟に思いついた半ば言い訳に近い反論ではある物の割と的を射ているはずである。
今回、琳たちがいるこの街が何らかの理由で三日月にとって汚染されたくない場所であることに間違いはない。
そしてもしかすると、イヴの封印を解かなければならない事態にすら発展するやも知れない、と琳は付け加えた。
今度は根拠のないただの予想だがそのような予感がして堪らないのだ、そしてさっきから早くイヴの元に行きたくて仕方がなくなっている、細胞同士が惹かれあっているのだ。
琳たちはイヴの元を訪れ、琳はイヴに呼びかけた。
「イヴ」
(はい)
「……やけに大人しいな」
(真面目になってるだけです。あなたの目を通して見ました、空に浮かぶアレを)
「………やばそうか?」
(とびっきりに。多分、あれ、人の概念を書き換えられます。アレの細胞は、きっと)
琳はイヴとの会話を千鶴たちにも話した。
人の概念すら書き換えられるほどの存在、一体どれほどのものなのか想像すらつかない、一体どうやって三日月はそんなものを作ったのか、よほどの時間をかけない限り作れないだろう。
すぐに立花と涼にも連絡が行き、夏南は一字一句事実と違えることなく琳とイヴの会話の内容を話した、すると立花はアダムを千里眼で見てみろと琳に言った。
琳はアダムを千里眼で見てみたが先ほどとあまり様子は変わっていないように感じられた、次に立花はアダムに対して未来視を使ってみてくれと頼んだ。
琳自身まだ未来視は自由自在に扱えるものではない、なので集中するためにイヴの前に座ってイヴに触れ力を貰いながらやることにした。
これが精度に関係するのかは琳にも分からないが何もしないよりはマシなので目を瞑って集中した。
琳自身最近分かったことだが千里眼は目を開けていなくても発動するようでこちらの方が目の負担が少ないためこうしている。
琳はぶれる視界を徐々に徐々に合わせていってほんの少し先の未来を見た。
一瞬ノイズが掛かってアダムの姿の目が開いた姿が見えた、それから少ししてもう一度ノイズが掛かり今度はアダムの入っている月が割れ、中から液体が流れだした。
さらに二度三度ノイズが掛かりその度に時間は進んでいき、五度目のノイズが走った時に月が完全に砕け散ってアダムが空から降りてきた。
そして六度目で――――――――
「――――――――っ!!!」
「……香月琳、大丈夫か? 少し顔色が悪いようだが」
「………」
(一回の未来視で一時間時間が進んでいる、と言った感じだと思います)
「一時間………それが、六回、六回目で、あれ………」
「おい、どうし――――――」
「立花さんに繋いで!!! 今すぐ!!!!」
「お、おう………まだ切ってないからもう話せる、けど………」
琳は夏南から黒の武器を半ば強引に奪い取るようにして立花と話し始めた。
「立花さん!!!」といつもの三倍くらいの迫力と声量で話す琳に流石の立花も驚いていた。
「な、なんだぁそんなに慌て―――――」
「六時間!!」
「………は?」
「あと六時間後、アダムが活動を始めます!! 今から五時間後には月が粉々に割れてアダムが出てくるので一時間のインターバルがありますが――――――」
「ま、待て待て待て、一回落ち着いてくれ。今から五時間後にアダムが出てきて、六時間後には活動するんだな? んで?」
「それで、アダムが人に触れると、触れられたところが壊死したみたいになって、それからすり替わるように肌が白くなって……それがどんどん、ネズミ算のように増えて行って………その先は、見えていません」
これが、琳と千鶴が見た未来の結末である。
少しパニック状態に陥っていたため上手く言葉に表しきれなかったが琳は見たことを出来るだけ鮮明に伝えた。
時間にしてあと六時間、アダムに触られた人間がどうなってしまうのかはまだ視きれていない。
もう試行錯誤をしている暇はない、今すぐにでも行動しなければならない。
だがまだこのドーム型の魔物がどういった役割を担っているのかも、外の魔物たちが一体どうして現れたのかも、三日月がどこにいるのかも、ラプソディープロジェクトの全貌さえ分かっていない。
そして、三日月の側に付いた翔馬の行方も―――――。
今すぐ取り掛かれそうなのはレアとラケルが解析したラプソディープロジェクトの計画書だ、もしかしたらそこに全てが隠されているかもしれない。
琳はそのことを立花に話すと立花は香月家に向かうと言った、セラスと栞も連れて行き涼を如月神社の方に送るとも。
計画書に書かれていることによって今後の行動が変わるためそれからまた連絡すると結論付けて一度連絡会は終わった。
(香月君、少しお話が)
「……?」
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
「よし……行くか。涼、そっちは頼んだぞ」
「わーってるよ、心配すんな。立花こそ、途中で襲われるないようにな」
「それこそ分かってるっての。心配するな」
「じゃあ、また後で」
「ああ」
立花と涼たち三人はそれぞれ分かれて目的の方へと向かっていった。
暗闇と市民たちのパニック、どこからか聞こえる魔物の呻き声など阿鼻叫喚の地獄と成ったこの街は今やアダムの入っている偽の月の光と三日月によって守られていると言っても過言ではなかった。
やがて香月家に着くと立花はインターホンを二度三度連続で鳴らした、すぐに文乃が「はいはーい」と言って顔を覗かせ、立花だと分かるとすぐに招き入れた。
「レアとラケルの解読した計画書、見せてくれ」
「あぁ、そういやなんやかんやあって見てなかったっけ。レア、ラケル、聞いてたでしょ今の話」
『はい、文乃。今出力します』
そうしてディスプレイに出力された画面を食い入るように立花は見た、スクロールして文章の端から端までを見てついに見つけた。
「―――――――これだ」
「なんて書いてある?」
「唯一の実験成功例であり唯一の切り札であるアダム。その成長には膨大な量のエネルギーが必須、実験の結果、人の細胞が最も成長を促すのに適していると判断。魔物化した人間で試した結果、狂化細胞及び人間の細胞単体で摂取させるよりも効率良好。本計画『ラプソディープロジェクト』は該当街全域を覆うドーム型魔物『ドレイン』をアダム成長用鳥籠『偽月』と連結させ偽月にアダムを成長促進用溶液と共に格納。その後、該当街周辺の街に魔物を放ち狂化細胞を散布、魔物化した人間及び魔物を専用の電波によってコントロールし、ドレインに張り付かせてドレインに魔物化した人間を吸収させ、偽月へと送らせる。現予想では設置から二十四時間以内にアダム覚醒の見込み有りと判断。アダム覚醒後はアダムが人に触れることによってアダムの細胞が人へと付着・侵蝕し人は新たな形へと成るだろう―――――――」
その文面に、立花は固まった。
つまり、アダムが外に出て活動が出来るようになれば琳の証言やここに書いてある通りに人が人でなくなる可能性が大いにあるということに他ならない。
「……どうすりゃいいんだ、これ」
立花のその言葉に、誰一人として答えを明かすものはいなかった。
読みにくかったらすまぬ