其の九十五『再始動』
前回のあらすじ:宵闇
『こんにちはごきげんよう人類種の諸君。貴方の街と世界を壊す、楽園、三日月小夜でございます』
ドーム状の魔物に覆われた街の中で、三日月の声がどこからともなく響き渡った。
琳と千鶴はその声を聞いた瞬間、手にしていた黒の武器に手をかけて周りを警戒した、もしかしたら何かアクションがあるかもしれないからだ。
しかし目立った変化だけは起こらず、ただ出所不明のアナウンスメントだけが鳴り渡っていた。
『まずはご挨拶をば、お久しぶりです。琳君たち元気してたかなー? てか聞こえてるのかな、どうだろ。まぁそんなことはさておき、皆さんも気づいているでしょうこの異常事態、お察しの通り、全て私個人の仕業です』
市民たちは激怒した、それもそうだろう、逆の立場であれば琳だって少なからず怒りを覚えていることだろう。
そんなことなど露知らず三日月の言葉は続いた。
『私からはそちらの映像がないので分かりませんが、きっとお怒りの事でしょうそうでしょう。ですがそんなものは全て捨ててください、今すぐ。無駄なので』
「何を言おうとしているんだ、あいつは……?」
『ではでは皆様、遥かお空にあるお月様をご覧ください。実はあれ、月ではなく私が作ったいわばフラスコのようなもの………その中にあるのは、新たな神様でございます。その名を、アダム』
「アダム………アダム、と…………イブ………………あっこれダメな奴じゃないかなぁああ!!?」
「琳君?」
「母さん、ごめん、またしばらく戻れん!」
「おーう、死ぬなよ」
琳は文乃にそう言ってから千鶴の手を引っ張ってその場から離脱した。
千鶴は珍しく驚いた様子で「どうしたの?」と聞いていたが琳は答えなかった、否、答えるほどの余裕を持ち合わせていなかった。
「香月!」
「先輩っ!」
「葵! 総一郎!」
と、その時、後ろから声が聞こえた。
振り返るとそこには総一郎と葵がこちらに手を振っていた。
二人は琳と千鶴の元に駆け寄ってきた。
「どうした?」
「そりゃこっちの台詞だ。見つけたと思ったら途端に血相を変えてどこか行くから」
「もしかしたら何かあったのかと思って後を追ってきたんす」
「そうだったのか……悪いな、ちょっと………」
「ちょっと、なんだよ」
「………あのおっきい何かに、人型の何かが入ってる。しかも、今の三日月の放送であれは「アダム」と言っていた。そして、この街には「イヴ」がいる」
「アダムとイヴってことか。確かに、それは穏やかじゃないな。しかも創世記の物語………原初の人間……」
そう、問題はそこだ。
なぜイヴが「イヴ」と呼ばれているか、なぜ三日月はあの人型の何かを「アダム」と名付けたのか。
ヒントは今、総一郎が言った通り創世記、旧約聖書の中のお話でアダムとイヴは要約すると一番初めの人間であり今ある人間の始まりということが書かれている。
そして、三日月が指揮する組織の名はエデン、アダムとイヴが暮らしていた楽園の名だ。
ここまで来ればもう、意図的なものとしか考えられない、そうでなければおかしいのだ。
それともう一つ、琳が三日月に攫われた時、三日月の言っていた言葉を要約すると次のようになる。
まず三日月は魔物や適合者の存在をひた隠しにする必要がないと思っていること。
それから、自分のやっていることは人類を魔物に屈しないようにするための大規模な人体実験でもあると、そのために琳の中にある人の細胞と開化細胞とイヴの細胞が混ざった全く新しい細胞が必要なのだと。
だがいつからか三日月は琳から手を引き始めた、用が済んだと言わんばかりに。
それから三日月は自らの存在を公表し、楽園のメンバーを一般応募し始めた。
今思えば、おかし過ぎることだった。
そして今度はアダム、これはもう、そういうことだろう。
「もしかしたら、もう、三日月は人の細胞でも開化細胞でも狂化細胞でもイヴの細胞でも、それらが混ざり合った俺の細胞でもない、全く別の物を完成させたのかもしれない」
「あまり難しいことは分からないっすけど………やばいっすね、それ。下手したらみんな、魔物でもない別の何かになっちゃうってことっすよね!?」
「うん、もしかしたら私たちが想定していることなんかよりもよっぽど酷いことになるかも………とにかく、一度合流すべき」
「でもどこに……って、さっきどこか行こうとしてたな」
「また如月神社っすか?」
「うん、そのつもり」
「よし、行こう」
琳たちは如月神社へと足早に向かった。
空に浮かぶ不気味な月の明かりに照らされながら、闇の街を駆けた。
本当はもうちょっと書こうかと思ったけどなにも思い浮かばなかったからやめた