其の九十四『陸の孤島』
前回のあらすじ:お家デート(仮)
「なに……言って………あり得ないでしょうそんなの!」
『気持ちは分かる、あたしだって信じられない。でも実際に起きちまってるんだから、どうしようもないんだ』
「で、でも、そんなの………いつの間に」
『あたしたちにも分からない、だがつい最近なのは確かだ。映像で確認する限りはな』
「映像、って、なんのですか?」
『ああ、実は今起こっているジャミング、完全に電子機器を使えなくするものじゃないみたいでな。正確には異常動作を頻繁に起こすって方が正しい。黒の武器も影響を受けない。それに気づいて立花はカメラに望遠レンズを取り付けて街の様子を録画したんだ』
突然の知らせに琳は動揺を隠せなかった、隣で座る千鶴が神妙な顔つきで琳のことを覗きこんでいる。
「いつ分かったんですか……それ」
『ついさっきだ、どっちもな。今この街を覆っている魔物、あたしたちには真っ黒にしか見えないが一般人には見えるんじゃないかってセラスが言い出して、それで住職の爺さんに望遠鏡で外の様子を見てもらったら、魔物がうじゃうじゃ街を歩いている光景が見えたっつーわけだ』
「琳君、どうしたの? 緊急事態?」
「あ、あぁ、うん。とても」
「涼?」
「そうだけど」
『そういや千鶴も一緒だったな。悪いがちょっと変わってくれないか? 事情を説明しておきたい』
琳は涼の要望に応えて黒の武器を千鶴に渡した。
千鶴はそれを受け取って涼と話し始め、何度か琳の方をチラチラと見ながら五分ほど話したところで琳に返した。
電話越しに涼は詳しいことがまたわかり次第その都度連絡すると言った。
琳が合流しなくてもいいのかと尋ねると、情報も推測も予測も何もない現状では下手に動き回ったところで逆効果だと。
今は出来る限りの情報を集めて共有することが最優先とのことで、涼は琳にあまり動かないように命じて通話を切った。
「参ったね」
「困った。それに、外」
「外?」
琳は窓から外を見たが、真っ暗でよく分からなかった。
別段、ここ最近の風景と変わらないような気がするが千鶴は「何か気づかない?」と琳に言った。
しかし琳はそれでも変化に気付かず、千鶴に答え合わせを求めると一言「街灯」と発した。
街灯?
それに注目して街をよく見てみると昼間にはついていないはずの街灯の明かりが煌々とついていた。
つまりそれは周りが暗いことを表していた、要するに現在外は夜のように琳たちに見えているのではなく本当に夜のように暗くなってしまっているということだ。
時間はまだ昼過ぎ、いくら陽が落ちるのが早いとはいえこんな時間から暗くなるなどあり得ない。
仮に曇り空だったとしても、こうはならない。
「一体何が……」
「……外、出よう」
「でも……いや、そうだな。少し出てみよう」
「うん」
琳と千鶴は文乃に一言断りを入れてからやや警戒しながら外に出た。
外では琳たちの他に一般人も外に出て事の異常さを自分の目で確認していた、ここ最近立て続けに非日常的な出来事が起きている中でさらにこんなことになってしまったとあれば騒ぎ喚くのも道理だろう。
空では煌々と月が怪しく地上を照らしていた。
琳はすぐさま涼に連絡とった。
「涼さん、空が……」
『あーそのことか、すまん、さっき言うの忘れてた!』
「いえそれはいいんですけど……あの、ですね」
『どうした?』
琳は千里眼を発動させながら涼との会話をし始めた。
「いやーその、今ちょっとどこまでの範囲をあの魔物に覆われているのかなーと思ってちょっと見てみたんですよ」
『ああ』
「一般の人には街を覆っている魔物って透明に見えているわけじゃないですか、さっきまでは。俺たちと違って」
『そうだな』
「俺の見間違いだといいんですけどね? その魔物にびっしりと羽虫のように魔物がくっついているんですがその……………どうしましょう」
『……えぇー、なにそれー……………』
電話越しに、明らかに呆れた感じの涼の声が聞こえた。
そして琳はハッと一つ自分の頭を突如として過った不穏な考えにまさかと思いながらも千里眼を空で爛々と光る月らしきものへと視点を移動させた。
そしてそのまさかの考えは的中することとなった。
「それとですね、もしやと思ってあの月も見てみたんですけど」
『見てみたんですけど?』
「………あの月の中に、人がいます」
△▼△▼△▼△◆△▼△▼△▼△
上空、人々には月に見える何か。
実際、パッと見では誰がどう見てもそれと遜色ないくらいの出来栄えだった。
しかしながらそれは決して月などではない、本物の月は残念ながらもっとくすんでいる。
そしてその「月もどき」の中で、胎児のような恰好をしているこれまた「人もどき」が瞼を閉じていつかの時をじっと待っていた。
涼や琳が呆気に取られて半ば呆れかえっている時、一般市民が突如として暗くなった空に動揺を隠しきれていない最中、この世でたった一人、この事態を待ちわびたかのように佇む女性がいた。
まるで勝利の美酒とでも言わんかのように赤ワインの入ったワイングラス片手に高層ビルの最上階で「月もどき」をウットリと見つめ、安堵にも緊張ともとれるようなため息を吐いてその女性は「月もどき」の明かりに守られるかのように照らされてそこにいた。
その女性はグラスの中のワインを飲みほして部屋の中にあるデスクに腰かけた、椅子ではなくデスクに。
そして彼女はポケットからブルートゥース接続の出来るワイヤレスヘッドセットを取り出して耳に付け、一つ咳払いをして口を開いた。
「こんにちはごきげんよう人類種の諸君。貴方の街と世界を壊す、楽園、三日月小夜でございます」
異常が可視化できるようになりました