その九十三『がらくた少女と平凡少年』
前回のあらすじ:心の温かさ
今回のお話で総話数百話目でございます、これからもどうぞよろしく!
次の日。
「おはよう琳君!」
「…………………おう」
「先に朝食頂いてるわ。思っていたよりもずっと美味しい、素晴らしいと思う」
「はははっ、そうかそうか! 米もみそ汁もおかわりはあるから、遠慮しなくていいぞ千鶴!」
「ありがとう、文乃」
「…………二度寝していいか?」
「ダメ」
朝、目が覚めると香月家の食卓には千鶴がいた。
この時の琳の率直な感想は、「もうどうにでもなれ」その一言に尽きた。
寝起きの琳の眼前で広がる思考を放棄したくなるような日常のような非日常の光景、今更、そんなこと如きで琳はもう驚いたりはしなかった。
ただ、呆れかえってこう思っただけだ。
今日も平和だ、と、悟りを開いたもののような目で。
この状況に一刻も早くツッコみたいところだがそれ以上に琳の寝起きのフル回転していない脳が気になったのはやけに千鶴のテンションが高めなことだ。
「おはよう」だって、表情こそあまり変わっていないものの声量は「!」が付きそうなくらいにいつもの千鶴とは違う、葵のような元気の良さがあった。
別段悪いことではないためこのままでもいいっちゃいいのだが、どうにも違和感を禁じ得ない琳は朝から千鶴の様子を監視するかのように疑いの目で見ていた。
溝呂木が学校を急襲してからというもの修復作業などでしばらく休校が続いており、学生たちは唐突に訪れた長期休暇をそれぞれ有意義に過ごしていた。
突然の事だったため宿題が出されるはずもないため暇を持て余す者たちも恐らくいることだろう、だが琳たちに限ってはそうなることは当面のところないだろう。
巨大な魔物が空を覆ってから丸一日が経ち、一般市民たちはパニックになっていた。
それもそうだろう、ほとんどの電子機器が突如として全部おじゃんになったのだ、当然ニュースなどでも取り上げられるべきなのだろうが今や液晶ディスプレイが主流になっているテレビなどは使えない。
先日行ったファミレスやカフェなどはまだレジスターのしていたため飲食店などはもう幾らか機能すると思われるがそれもどうなるか分からない。
そして、なぜそのような状況の中で文乃の隠し部屋にあったあのコンピュータたちが動いていたのだが、若かりし頃の文乃が一時期ハッキングや盗聴などを防ぐために試行錯誤を凝らして造った特別な部屋に置かれていたためだと立花は言っていた。
そして三日月によるアクションも今のところそれ以外皆無に等しい上にこちらも策を練っている途中、こう着状態が続いているため誰もこの事態に手を付けられていなかった。
おまけに琳たち開化細胞適合者たちはあの特殊な魔物の影響によって昼夜問わず辺りが夜と同じように暗く見えてしまっているのであまり派手なことは出来ないでいるのだ。
千里眼持ちの琳や、何かしらの機能が備わっているであろう千鶴はともかくとして他の面々が主に視界の制限で満足に行動できないだろう。
「んで、なんでいるのさ」
「なんでかは分からない、けど、会いたくなった」
「…………昨日の、あれ?」
「それも、ある」
「そう」
「それに、文乃は私にとって、二人目のお母さんみたいな存在だから、会いたくなった」
「そりゃいいな。娘が出来た」
などと言いながら三人は朝食を済ませ、やることもなくグダグダとしていた。
こうなってくると本当に千鶴の来た意味がなくなってしまう気がしてきたため琳は部屋にでも行こうかと千鶴を誘い、二人は琳の部屋へと移動した。
お忘れかも知れないが、現在時期は冬、十一月も下旬を迎え、あと一週間もしないうちに十二月に入ってしまうだろうという時期。
当然暖房器具がないわけなく、琳の部屋には小型の石油ストーブがあり、琳は灯油の入っているやつを一度下に持っていって新しく灯油を足して再びストーブにセットしてコンセントを入れて電源ボタンを押した。
「ッチチチチチチチ…………ボッ」という音と共にストーブが働き始めた。
「あー、点けとくべきだったな」と室内気温三度の中、若干後悔する琳の元に千鶴が無言で歩み寄り琳の隣に密着するようにして座った。
「くっつけば、大丈夫」
「……そうだね」
今日の千鶴の格好はショートジーンズにデニール高めのタイツ、上からそのまま着るタイプのもこもことした黒のパーカー、ヘアスタイルは自前の綺麗なロングの黒髪をそのまま下ろしていてアクセサリーなどは無かった。
二人でくっついているおかげかそれともストーブが優秀なのか部屋はすぐに暖かくなった。
千鶴は琳の部屋を見渡し、何かを見つけてそれを持ってきた。
それはかつて琳が暇つぶしのために買ったチェスセットだった。
「やろ」
「いいけどルール分かる?」
「大丈夫、よく立花とやってたから」
てきぱきとセッティングをする千鶴に琳はどこか和んでいた、まるで買ったばかりのゲームを早くやりたい幼い子供を見ているような、そんな感覚だ。
そうして始まったチェス対決、五戦ほどやって結果は琳の惨敗。
それもそのはず、琳はいわば高性能な人工知能と対戦しているのと同じ状態、単純な処理速度では圧倒的に千鶴の方に分があり、チェスのセオリーやパターンをインプットされていたとあればもはやグランドマスターレベルにまで格上げされる。
最初こそまだ勝機の見える試合にはなっていたが段々と千鶴が慣れていって、最終的にはほぼ完封負けに近い敗北となってしまった。
「いや勝てるかこんなん!」
「いえーい」
「真顔で言うなや……」
「二人とも—、ココア入れたから持ってきてやったぞ」
文乃が二人分のココアを持ってきて、チェスに反応し、琳の仇を取ってやろうと千鶴に挑んだ。
しかしながら惨敗した。
本気になった文乃はレアとラケルの頭脳を借りた。
引き分けになった。
ならば今度は親子の力でやってやろうと立ち向かった。
一人でやる時よりも早く負けた。
戦意を喪失した文乃はテレビでサスペンスドラマの続きでも見てくると言って一階に降りていった。
琳と千鶴は文乃が持ってきてくれたココアを飲んでほっと一息ついた。
平和だった、誰が見ても今の二人はお家デートなるものをしているカップルにしか見えないだろう、もしくは仲の良い姉弟だろう。
「そう言えば、今日は随分と楽しそうだったね、朝から」
「うん。なんか、なんだろう、もやもやが晴れた気分というやつなのだと思う」
「もやもや……?」
「初めて、私の秘密話せたから」
「ああ、そういうこと」
「琳君が友達で良かった。ありがとう」
「……こちらこそ」
本当に、平和だった。
黒の武器に着信があるまでは。
「涼さん? どうかしたんですか?」
『どうもこうもない!! お前今どこにいる!?』
「どこって、家にいますよ。あ、千鶴も一緒ですが……」
『そりゃ都合がいい。大変なことが分かった!!』
「大変なこと……?」
電話の主は涼だった、しかも切羽詰まったような状態で。
『空を覆っているあの魔物、あれはこの街を閉じ込めているわけじゃない、むしろ守っているんだ!』
「は……どういうことですか?」
『………いいか、落ち着いて聞いてくれ』
「………分かりました」
『パンデミックだ』
「パンデミック……って、確か大規模ウィルス感染とかに使われるあの?」
『ああ。それもウィルスが優しく思えるレベルのな』
そして涼は電話越しに信じられないことを言った。
『この街をかこっている守をから半径五キロ圏内全てに、高濃度の狂化細胞の反応が見られた。上から見ればこの部分だけがドーナツの穴みたいになってる』
「それって………つまり………………」
『半径五キロ圏内の街の住民たちが、魔物になった』
旧タイトル回収