この世界の主人公はヒロインです
悪役令嬢がざまぁされる話なので、お気をつけください。
悪役令嬢モノ批判みたいな部分もあるので、そういうのが不快な方は読まれない方が精神衛生上よろしく思われます。
「公爵令嬢エレナよ、ここにお前との婚約破棄を宣言する」
アレフ王子が声高に宣言した。
パーティ会場に動揺が走るなか、
公爵令嬢エレナはピクリとも表情を変えなかった。
「……それは無理でございます。
王子殿下との婚約は、
国王陛下と、父グインザード公爵の間で結ばれた政略的なもの。
当事者とはいえ、私どもでどうにかできるものではございません」
「ええい! 黙れぃ!!
お前のしてきたことを知れば、父とて婚約破棄を認めてくださるに決まっている。
グインザード公爵に至っては、お前のような娘を育てた時点で
同罪といってもよい!
同じく国家の名の元処刑されることになろう」
国王陛下を父と呼んでしまうあたり、アレフ王子は本当に残念な人だと思う。
おそらく、最初から王位を継ぐのは難しかったのだろう。それでも、正妃の息子である彼が王位を継がなければ国が乱れるし、そんな足りない彼を支えるために、優秀と言われる公爵令嬢エレナが婚約者となっていたのだ。
それも今となってはもう、何の意味もないけれど。
「何の話だかわかりませんわ。一体私が、父に責が及ぶほどの何をしたというのです?」
公爵令嬢エレナは、穏やかな様子で、問い返した。その姿は威厳と気品に溢れ、すでに王妃であるかのような威容を誇っていた。
それは彼女が、厳しい王妃教育を受けてきたからなのだが、それが今すべて無駄になったかと思うと、虚しいばかりである。
「しらばっくれるか。ならば仕方がない。衆人環視のこの場で教えてやろう」
私は王子を応援する意味を込めて、その腕を握りしめた。
王子がそれに気付き、一瞬だけ私を見やってから、私を安心させるようにうなずく。
「公爵令嬢エレナ、お前はこの男爵令嬢アンナをさげずんで、公衆の面前で貶めるようなことを言ったな」
「それは、婚約者のある若い男性何人もに近づいて親し気にするなど、淑女には相応しい行動ではないとお諫めしただけですわ」
「さらには取り巻きの令嬢に命じてお茶会で嫌がらせをし、アンナの母親の形見である指輪を隠したそうだな」
「私以外の令嬢が何をしたかは知りませんが、形見の指輪をどうこうなんて事実はございませんわ」
「それだけではない。先週のパーティでは、アンナを階段から突き落としたそうではないか。これは立派な殺人未遂。いくら嫉妬にかられたからとはいえ、許されることではない」
「まったく心当たりのないことですわ。それに、先週のパーティには出席しておりません。階段から突き落とすなど無理ですわ」
「ふっ、パーティに出ていなかったなどと、白々しいことを。そんな言い訳通用せんぞ」
「……少し調べていただければわかることですわ」
「たしかに、出席者名簿にはお前の名はなかった。だが、それがパーティ会場に来なかった証明にはならない。秘密裡に来て、アンナを害そうとしたのだろう」
「それこそ濡れ衣もよいところですわ。証拠でもありますの?」
「そんなもの! アンナの証言だけで十分だ」
だって全部嘘だもの。証拠なんてあるわけないわ。
「お話になりませんわ。ただ、彼女が虚言を吐いているだけではございませんか」
「なっ、貴様、このアンナが嘘をついているというのか!? なんと無礼な! そこまで言うなら証拠を出してみろ。あの日あの時、お前が何処で何をしていたのか、ここで白状するがいい」
「それは……」
「言えないならば、それが証拠だ。後ろめたいことがないのであれば、包み隠さず言えるはずだからな」
「…………」
公爵令嬢エレナが口をつぐみ、王子アレフが勝ち誇った笑みを浮かべた瞬間、貴賓席の方から一人の麗しい男性が歩み出てきた。
帝国より遊学にやってきていた、カイザー王子だ。
「言ってかまわないよ、エレナ。その日は国政のため、僕と大事な会合をしていたと」
フィーーーーーッシュ!!!
公爵令嬢エレナとカイザー王子の会合は国政のためだったが、非公式だったのでここで第三者が話題にすることはかなわなかった。
おそらくはエレナも許されておらず、証言することができなかったのだろう。
ここでこれを口に出せるのは、この国より圧倒的に国力が大きい、帝国のカイザー王子だけだったのだ。
「カイザー王子……」
「すまないね。君がいわれのない罪で責められていて、どうにも黙っていられなかったんだ」
あ、この王子も阿保だ。
それはともかく、私はコビコビの笑顔で、カイザー王子に近づいた。
「カイザー王子様ぁ、その女に騙されちゃいけません。その女はサイテーの敵ですよぉ。この国だけじゃなくて、王子様にとっても最低最悪の存在です。目を覚ましてください」
甘えるようにその腕にすがりつく。
とすぐに、払われた。
「無礼な! 帝国の王子である私に軽々しく触れるなど、この場で切り捨てられても文句は言えないぞ」
「ア、アンナ!!」
すかさずアレフ王子が駆けつけて、私を庇うように抱きしめてくれる。
はい、よくできました。
それにしてもカイザー王子はポンコツだ。いや、このゲームのキャラは全員あり得ないほど女に甘いから、当然かもしれない。そこが憎めないんだけど……。
私はアレフ王子に庇われるようにして充分距離をとってから、カイザー王子の袖から拝借したボタンをかかげた。
「バインド、カイザー!」
バインドは相手に触れて発する拘束魔法だ。
だが……相手の熱が残っているなら、
相手の所持品を使って発動することが可能だ。
効果を発揮するにはそれなりの魔力差が必要だが、
庶子でありながら、男爵に娘として扱われるほどの魔力量があり、
鍛えるための努力を少しも欠かさなかったこの世界の主人公である私に、
魔力量でかなう者など、いようはずもない。
ちなみにエレナも多少は鍛えていたようだが、
基礎スペックは、私どころか攻略対象以下であり、
他の勉強や生徒会の仕事に時間を費やしていたため、戦闘能力は常識の範囲内である。
彼女一人であれば、私と一緒に鍛えまくった騎士団長子息のランスでも制圧可能だろう。
「な、なんてことを!」
国の一大事にエレナのポーカーフェイスが崩れた。
「アンナ、いますぐカイザー王子の拘束を解きなさい!
早くっ」
「必要ない。帝国が我が王国に刃を向けるなら、迎え撃つ準備はできているからな」
アレフ王子が、落ち着いた声で言い放った。
「何を……」
「俺たちが国費を使い込んでいたことは知っているのだろう? アンナへの贈り物という名目で貴金属を購入していたのでほとんどのものは知らないだろうが、それらはすべて転売し、国防に当てられている」
「なっ……」
「それだけではない。慈悲の名のもとに、貧民難民へ配給していた食料には、中毒性のある薬物を添加しておいた。ただ、町を汚し、治安を乱すだけの連中が、今では我らに従属する忠実な兵士だ。薬物入りの食糧目当てに、命を賭して働いてくれるだろう」
「なんて……ことを……」
「間違いだと言うのか?」
「あ、当たり前です! 大事な自国の国民を、なんだと思っているのですか!」
王子を叱責するエレナ。しかしそれを、アレフは鼻で笑った。
「ではお前は、なぜそれを諫めなかった?」
「え……」
「お前が俺の婚約者となり、王妃教育を受けて優秀さで名を馳せながら、お前の成績に嫉妬してしまった俺を見下していたのは知っている。昔は、上から目線ではあったが、諫めてくることがあったのも覚えている。しかしある時からお前は諦め、俺のことを無視し、ただ自分の能力のみを高めるようになった」
「それは……」
「俺が言っても聞かないから諦めたのか?」
エレナは言葉もない。
おそらく、前世の記憶を取り戻したかどうかして、この世界を馬鹿にし、何をしても未来は決められているとばかりに、諦めたのではないかと想像している。
……というのも、私にも前世の記憶がある。
この世界そっくりの乙女ゲームにドはまりし、隅から隅までやり尽くした記憶が。
そして、公爵令嬢エレナは、そのゲームにおいて悪役令嬢だった。王子アレフの婚約者で、主人公であるヒロインの私に嫌がらせをする恋の障害。
しかし彼女はその役柄を放棄し、公爵令嬢の職務と自分磨きにすべての時間を費やした。
王子との接触すら、避けるようになった。
王妃は、自身が国を治めるのではなく、王に助言するために国の政を学ぶものなのに、王となるアレフ王子の信を得ることを諦め、ただただ自分の能力を高めるのに時間を費やした。
それで王妃教育を頑張っていたと主張するなど、ちゃんちゃらおかしくてヘソで茶を沸かしてしまいそうだ。
「……お前が王妃となっていれば、王が間違っても諫めようとせず、諦めて王を切り捨てる方法を探すような、王にとっては最悪の王妃となっていただろう」
「そんなっ」
「なんだ? 王子の婚約者の身でありながら、平気で他国の王子に名を呼ばせる。そんなお前に何か申し開きすることがあるのか?」
「それは……帝国との友好関係を鑑みれば、良好な関係を保つことこそ重要で……」
「たしかに我が国は国力で帝国に劣る。だからと言って、王妃が他国の者に名前で呼ばれるほど、舐められてよいわけではない」
「…………」
「何よりもお前は、王妃として一番大事な資質に欠けている。それが何がわかるか?」
「そんな、私は王妃として恥じぬよう、礼儀も国政も……」
「お前に欠けているのはこの国を愛する心だ」
アレフ王子は吐き捨てるように言った。
王妃となる者が勉強するのも自分を磨くのも、基本に立ち返れば母国を守るための手段なのだ。
しかし、エレナは手段を目的として、国が乱れる原因に気付いても、自分磨きにのみ没頭した。下手をすると国を捨て、国の金で学んだ技術を私物化して、自分勝手に生きようと準備していた形跡すら見つかっている。
許しがたい裏切りだ。
「俺は愚かだったが、それで諦めたお前が王妃失格なのも間違いのないことだ。そしてお前に、そんな教育しか与えられなかったグインザード公爵もな。その点アンナは違う。俺が嫌がらない言葉を選び、俺が望む方法で、この国を強くしようとしてくれた」
私が最初にしたことは自分磨きだった。
魔法のあるこの世界で、ヒロインの立場にある私は元々ハイスペックで、しかもゲームをやり込んだ私にとって、反則レベルの訓練も可能だった。
王子以外の攻略対象に近づいたのも、必要なことだった。
能力アップに必要なのは共同訓練であり、共同訓練の効果を高めるには、攻略対象の好感度も必要だったから。
そこに、大好きな彼らとお近づきになりたい気持ちが少しもなかったかといえば、それは嘘になるけれども。
「国民を薬で隷属させるのは、なるほど人道に反するかもしれない。しかし、彼らが犠牲になることによってこの国は強くなり、帝国とも戦えるようになった。イザ戦となれば多くの犠牲は出るだろうが……お前が俺への腹いせに帝国へ渡り、この国の情報を流して、この国を滅ぼそうとするよりは、ずっと少ない犠牲で済むだろう」
エレナが青ざめる。おそらく、少しは考えていたのだろう。自分をないがしろにして他の女に走った王子に『ざまぁ』、したいと。その『ざまぁ』には、王子が自分の落ち度で国民を無駄死にさせることも、きっと含まれていた。
本当に度し難い。
ただ一人の男にプライドを傷つけられたからと言って、国の滅亡を望む。それは、愛すべきこの国の国民を、舞台装置のモブとしか思っていないからこそ、できることなのだろう。
「さてカイザー王子、聞いての通りエレナはこの国にとって反逆者だ。王妃教育として与えられたこの国の情報を持って貴国へ亡命することは認められない。また、これだけの情報を持ち、逆心あるものを生かしておくことはこの国にとって不利益であるため、処刑されることとなるだろう。さらに言うなら、貴方にも共謀の疑いがかかっている。申し訳ないが、貴方を拘束させていただき、貴国に問い合わせた上で、貴方の処遇を決定させてもらうつもりだ」
「っ、戦争になるぞ」
「覚悟の上だ。俺にはアンナが付いている」
この世界をやり込み、この世界のすべてを知り、この世界を愛する、この世界のヒロイン。
この世界を馬鹿にし、この世界を軽んじ、この世界に住む者を下に見ていた、悪役令嬢ではとても太刀打ちできない、この世界の主人公。
それが私、男爵令嬢アンナだ。
グインザード公爵に味方する者たちのほとんどは帝国友和を主張し、帝国にコビることで平和を得ようとしている。弱国であればそれが正解だが、強国であれば愚策。
そして私は、この国を強国とできるだけの力を手に入れた。だって主人公、ルートによっては魔王すら滅する力を持つのだ。
(マルチエンディングの小ネタ扱いで、2,3行で終わる戦いだけれども)
「ねえカイザー王子、私はこの世界を愛しているの。あなたも、帝国すら愛している。けれど……」
にっこりと、無邪気に笑う。
「帝国よりも、この国と、この国のみんなを愛している。逆らうなら潰すわ」
力こそすべて。
私は教養も礼儀も捨て、学園の生徒会にいた皆は、生徒会の仕事をさぼりまくって、自分と仲間を強くすることだけに時間を使ってきた。
小さな小さな学園という枠でしか物事を見ていなかった者にとって、私たちは職務を果たさない愚か者だったろうけれど、広い視野で世界を見渡せば、私たちは世界を支配する力ある者となる。
万が一国が敵に回っても、兵の半分は私たちに従うし、国民の何割かは薬のせいで私たちに逆らえない。
そして国王とて、いつもいつも帝国にでかいツラされていたのも、臣下のくせにでかいツラしたグインザード公爵のことも、快くは思っていなかったはずだ。
「貴方がそれを望むなら、貴方の首を手土産に、帝国に宣戦布告してみせましょう」
帝国の力はたしかに強大だけれど、カイザー王子がそうだったように、他国へ礼を失する傾向がある。周辺諸国に働きかけて同盟を組めば、倒せぬ敵ではない。
と、追加で販売されたファンブックにも明記されていた。
とはいえ、それくらいのことは帝国も承知で、私たちを敵に回すよりもカイザーを切り捨てることを選択するだろう。
カイザーがエレナを切り捨てるか、心中を選ぶかはわからないけれど、いずれにせよ勝敗は決した。そして乙女ゲームはもうすぐエンディングだけど、この世界には続きがある。
「さあ、戦の準備を始めましょう。帝国を踏み台に成長して、魔王を倒すわよ」
おおお!! 私と一緒に鍛えに鍛えた攻略対象たちが勇壮に吠える。
しかしいくら自分を鍛えられるゲームのマルチエンディングだからって、乙女ゲームに勇者エンドがあるのはどうかと思うわ。このエンドを知るのはエンドコンプを目指すような廃ゲーマーくらいのものだったろうから、エレナは知らないんじゃないかと思うけど、おかげでここで私が言える言葉はたったひとつしかない。
「私たちの戦いはこれからよ!」
え、パーティ?
そんな平和ボケ連中はどうでもいいんじゃない?
悪役令嬢がざまぁする話が好きで、そういうの読みまくってたら、今度は勝ってばかりいる悪役令嬢にヘイトが溜まってきて、悪役令嬢をざまぁする話を書きたくなって書きました。
悪役令嬢ものは面白いんだけど、いつも負けてる子がいたら応援したくなるよね、とかそんな。