EP#8:クローク
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宇宙服を脱ぎながら、案内図の通りにクロークを目指す。
クロークは比較的分かりやすい所に位置していたため簡単に辿り着く事ができた。
迷う事も無かったし、そこそこ足早に来たというのに、クロークの奥から声が聴こえてきた。
「あー……クソ……
やっぱHSLクソだわ……何回乗っても慣れない…
なんで僕がパシられなきゃならないんだ、もう……あのクソジジイ……早く死ねばいいのに……」
愚痴……?
律が恐る恐るクロークの入り口から顔を覗かせてみると、奥の方に大きな荷物を両腕に抱える、大きな人影があった。
「ん、誰?」
その人影が振り返る。
美しい金髪に青い瞳。
背が高くて筋肉質な身体つき。
律の想像する、外国人のイメージそのものだった。
よく見ると、シェナリーのものともスカイのものとも、そして律のものとも違う色……
鮮やかな青色のジャンプスーツに身を包んでいて、右目には眼帯がある。
「……?
赤のスーツ……君、パイロット?見かけない顔だなあ」
青年は荒々しく地面に荷物を置き、入り口の律の方へ近付く。
律と比べると、やはり身長はかなり高い。
「赤旗……律……
アレースパイロットの採用試験に受かってここに来た。でもパイロットになるかはまだ決めてない」
「へーえ?決めてない……まあ、アレースパイロットは大変だもんねえ、仕事を見てから決めるのもありかもね。
僕はクウェイル。アレース計画第2期パイロットだよ。よろしく」
パイロット……?律は耳を疑う。
2期という事は、恐らくスカイの同僚だ。さっき聞こえた愚痴の時の口汚さはさておき、彼はスカイと違って本人に向かって悪態をついたりする人物ではなさそうだ。
クウェイルは見れば見るほど整った顔立ちをしていて、笑顔がよく似合う爽やかな男である。
「あ、うん……よろしく」
クウェイルの右目の事は気になるが初対面で聞く事なのかどうか分からない。もしかしたら心を許せる数人にしか話せないような過去があるのかもしれない。
軽く握手を交わした後、クウェイルは先程落とすように地面に置いた荷物を取りにクロークの奥へと踵を返そうとして立ち止まり、律に尋ねた。
「リツ……君は、アレース計画の内容を知ってるかい?」
「え?」
さっきの爽やかな笑顔とは程遠い、ただそれだけの問いにしては異様に真剣な面持ちだ。
律はクウェイルの表情に少し不安を抱えながら、知っている内容を話した。
「……ロボット工学の第一人者、ブルーファイア博士が考案した計画で……パイロットがアレースに乗って、それでエンシェントを殲滅する。アレースの製造、パイロットや指揮官、専門メカニックの選抜と育成……あと、各国への支援の要請……エンシェントの正体や生態、生息地、弱点、より効果的な対処法などの分析と解明。これら全てを含めて秘密結社IRSが地球を救う。それがアレース計画、だろ?」
律の返答を聞いた後クウェイルは少し黙って視線を落とし、
「……ああ、そうだよ。悪いね手間取らせちゃって。それじゃ、僕はこれで。
また後でね。リツ」
とだけ言い残して荷物を持ち上げ、クロークの反対側の出口から出て行った。
あの沈黙は何だったのだろうか。
律は知っている通りに答えた。
クウェイルはそうだと言っていたが、何か引っかかる。
さっきの知識は、IRS日本支部での2ヶ月のトレーニングの合間に頭に叩き込んでおくように言われたものだ。渡された資料はトレーニング期間終了と共に回収され、律の目の前でシュレッダーにかけられた。
その時は、「まあ、IRSは秘密結社だからなあ」程度にしか思っていなかったが、果たして本当にそうなのだろうか。
……そもそも、なぜ“秘密”結社なのだろう。
人命を、地球を救う素晴らしい取り組みをしている組織がその実態を隠し、一般の目から逃れようとする理由は一体何なのか。
実際、ここしばらくエンシェントが地球に侵入するなどの被害が出たという情報は耳にしない。
それはスカイやクウェイルといったパイロット達が、大気の外でエンシェントを倒してくれているからだ。その甲斐あって地球に被害が出ていないのだから、もっと彼らを讃えてやってもいいと思うのだが。
律は立ち止まってしばらく考え込んでいたがはっと我に返り、急いでクロークからあの赤いスーツケースを運び出した。
なんだか疲れた。部屋で少しだけ眠ろう。
律はそう思った。