EP#7:リフトオフ
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現在上空約1000km。大気圏は抜けた。宇宙空間だ。
無重力、ふわふわと身体が浮かぶ。
かと思っていたが、浮かびはしなかった。
というか、身体は浮かばないし窓すらないし単なる閉鎖空間だ。
ヘルメットを脱ぎ、櫛で髪を梳かすシェナリーに、律は訪ねた。
「シェナリーさん、あの。ここ…宇宙空間ですよね?」
するとシェナリーは、髪を梳かす手を止めて「そうよ。発射の時の衝撃とG以外は、何とも無いでしょ?まだまだSCSまでは時間があるから、ゆっくりしてて」
「いやあの、宇宙…なら、無重力とか…」
律がぽつりと、出発時から抱いていた疑問を口にした。
ここが宇宙であるならば、地球にいるような重力が体にかかるはずがない。
手元にある道具や、自分の身体さえも、ふわふわと浮かんでしまうはずだ。
律は、宇宙と聞いて初めての無重力体験が出来るかもと密かに期待していた。
ゆえに少しがっかりだ。
「“宇宙酔い”って知ってる?
無重力空間の中だと、乗り物酔いに似た感覚に襲われる人も居るみたいなの。HSLに搭乗するクルーはパイロットであれ指揮官であれ技師やお医者さんであれ、皆SCSで仕事があるからね。
酔っちゃって気分悪いと仕事にならないじゃない。」
とシェナリーは言った。まあそういう理由であれば納得なのだが、やっぱりちょっと残念だ。
少し前、発射の時。
やはり律の知っているエレベーターとは思えない物凄い衝撃と轟音が鼓膜を劈いた。
エンジン音なのか、会話すらままならない轟音。時折、管制からの音声が聞こえてくる。
気付けばもうカウントダウンが始まっていた。
“Ten,nine,eight,seven,six,five…”
「えっ…え?!」
「赤旗くん。大丈夫よ、でも衝撃に備えて。舌噛まないようにね!」
“Four,three,two,one,zero!
All engines running,Lift of!”
身体の芯に響くような衝撃。
窓は無いがどんどん加速していくのが分かる。
恐怖を覚えるほどのスピード感。
「……ッ!!?」
律は徐々に身体が重くなっていくのを感じた。
どうやらGがかかっているようだ。
このまま宇宙空間へ飛び出すのだから、それは凄いエネルギーで動いているのだろう。
(リフトオフから大体10秒くらい経ってる…シェナリーさんはHSLの速度は43200km/hだって言ってた…つまり秒速12000m/s…。
加速度は…12000m/s÷10s=1200…
1200÷……重力加速度…
1200÷9.81m/s^2=…12.49……?)
考えただけで全身が砕けそうだ。
律の体重を計算に入れると、体にかかる重さは786.87kgにもなる。
とてもじゃないが、動けない。
アレースパイロットの合格通知が届いてから2ヶ月間、IRS日本支部で筋力や肺活量強化の厳しいトレーニングを受けたが、恐らくこのためだったのだ。
たった2ヶ月とはいえ、何もせずにHSLに乗れば、肉体が耐え切れなかっただろう。
いきなり呼び出されて、酸素の薄い部屋で何度も吐きそうになりながらトレーニングをした意味も、これならば納得だ。
むしろもう少し鍛えておけば良かったとさえ思う。
しばらくして、身体の重みが消えた。“宇宙”に来た。
しかし、思っていたのとは違う、地球上にいる時と同じ感覚。
「あれ…?」
安全バーが緩み、シートベルトを外す許可を示すランプが点灯する。
それで、今に至る。
「赤旗くん。ここからSCSまでの5時間半くらいは自由時間よ。ビジネスホテルのくらいの広さだけど、個室もあるから鍵渡しておくわね。」
隣の席からシェナリーが顔を出して手を伸ばす。
「あ、…はい」
律は502と書かれた鍵を受け取り、とりあえずスーツケースを取りにクロークへ向かった。
計算合ってるのか不安です三└(┐卍^o^)卍ドゥルルルルル