EP#6:打ち上げ
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手前のロッカー。
律は言われた通りに一番手前のロッカーの扉を開ける。するとなるほど、中には宇宙服用のヘルメット、宇宙服…というか上着、あとはシェナリーやスカイが着ていたものとほとんど同じデザインのジャンプスーツが入っていた。
律はジャンプスーツを広げながら、ふとした時にシェナリーとスカイのスーツがよぎった。
シェナリーのスーツは肩周りや袖、背中が黒に近いグレーで、スカイのスーツがそのグレーの部分を空色にしたような感じだ。
しかし律のスーツは、
「赤………」
律は溜息を漏らした。
派手だ。正直律の趣味には合わない。
時間が無いようなのでしぶしぶ袖を通すが、自分に似合っている気がしない。
とりあえずジャンプスーツを着て、宇宙服とヘルメットを抱えて更衣室を後にした。
更衣室を出てすぐの廊下に、シェナリーは居た。何やら大きなバッグを両手で抱え、その上にヘルメットを乗せて支えている。
「赤旗くん!似合ってるじゃない!」
シェナリーは既に宇宙服を着ていた。律も着てくるべきであったのだろうが、生憎戻っている暇はなさそうだ。
その時、シェナリーが律のスーツケースに気付いた。
そう、日本から持ってきた、あの赤いスーツケースだ。ロッカールームに置いてくればよかったのだが、何故か律にはその考えが浮かばなかった。
「あの、荷物。」
「SCSに着いたら、何か特別な理由と許可がない限り1ヶ月は地球に戻ってこられないから持って行きなさい」
シェナリーは荷物を抱える姿勢を少し変えながら、
「私達も地球に帰れるのが一ヶ月に一回だから、化粧品みたいな消耗品なんかは大量に持っていくの。着替えもね。」
と笑った。
そこから二人で下行きのエレベーターに乗り、HSLの搭乗口へ向かう。
シェナリーによると、律が“今日”IRS本部に呼ばれたのは、スカイの地球帰還最終日、すなわち他のパイロットの居ない(スカイが素直な態度を見せるかもしれない?)環境で、ゆくゆくはバディとして任務を共にする律と面会が可能であり、かつスカイがSCSに戻る日に合わせたのだという。
SCSに戻る日に合わせたのは、あわよくば律とスカイが意気投合し、共にSCSまで向かう事で更に親睦を深める事が期待できるのではないか、と考えたかららしい。
残念ながらそれは叶わなかったわけだが。
そうしているうちに、エレベーターの表示は目的地を示していた。
エレベーターホールを抜けると、壁と地面のコンクリートの冷たさが風に吹かれて舞い上がり、律の頬を掠める。ちょうど、航空機の整備場のような空間だ。
シェナリーは彼女に対し敬礼する整備士達に敬礼を返しながらやたら広い通路を抜ける。律もそれに続いた。
律の目がようやくHSLの搭乗口らしきものを捉えた時には、もうその全貌は現在地から確認出来ないほど大きなものだという事がはっきりと分かった。
どうやらそれは有人ロケットの搭乗口と同じシステムで、発射台から伸びた橋を渡って、HSLに搭乗するらしい。
気付けばもう、律はその橋の上にいた。
風が冷たい。天を仰げば青空が見える。
橋が揺れているわけではないが、かなりの高さゆえに足がすくむ。
下の地面はコンクリート。高さは20mくらいあるだろうか。
律は自らに高所恐怖症の可能性がある事にたった今気付いた。
「早く早く。時間が掛かるんだから。」
シェナリーが急かすが律の足は思うように動かない。
…本当に情けない。
やや時間は掛けたものの律は無事に橋を渡りきり、HSLへ飛び乗る。
搭乗口は少し広くなっていて、その先に細い通路がある。まるで飛行機だ。
「こっちよ。」
通路の先でシェナリーが律を呼ぶ。
その声に導かれるように奥へ進むと、シートベルトと安全バーが取り付けられた椅子がいくつも並ぶ空間があった。
ジェットコースターのものとよく似たシートが映画館のように綺麗に並んでいる。
シェナリーは真ん中の方の席を指差して、「ここでいいかしら。」と確認を取った。
既に十数名ほどが搭乗しており、それぞれノートパソコンのキーボードを叩いたり、資料を確認したりしていた。
シートに座り、シートベルトと安全バーをセットする。
あと数分で打ち上げだ。