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羊を数えるテンション

作者: 空人

 その夜はなかなか眠れなかった。

 昼間の中途半端な時間に眠ったせいだろうか。ベッドで横になり、視界を闇に閉ざしても。何度寝返りで掛け布団を蹴り飛ばしても、私の意識が夢に落ちていく事はなかったのだ。

 静まり返った自室で、聞こえてくるのは規則正しく時を刻む音。普段は気にも留めないのに、こんな時ばかりその存在をこれでもかとアピールしてくる。両手でそれをさえぎれば、今度は自分の呼吸音とゴウゴウという音が耳の中を支配する。自分の血流の音だと聞いた覚えがあった。ならばこの音達に身をゆだねれば、心地よく眠りにつくことが出来るのではないか。そう思った私は、しばらくその音の演奏に聞き入る事にする。


 ……まあ、そんなに上手くはいかないものだ。あきらめて部屋の明かりをつける。ベッドに腰掛けてテレビをつければ、流れているのはくだらないバラエティと通販番組。既に放送を終了して謎のカラーパレットや砂嵐を垂れ流しているチャンネルもある。それらを眺めていても、不思議な出来事が起こり始めるわけもなく。私はテレビを物言わぬ箱へと戻した。

 そういえば、喉が渇いた……かも知れない。重たい腰を持ち上げて台所へ。冷蔵庫の中はひんやりとしていて心地よかったが、ドアポケットの主である牛乳を飲む気分ではなかった。仕方なく水道の蛇口に手を伸ばす。消して美味しくはない水を喉に流し込む。なんだか逆に気分が悪くなったような気がして、私は重い足取りでベッドにもぐり込んだ。


 そして結局眠れない。さっきの水のせいだろうか、おなかが張ってきた……ような気がする。速やかにトイレを済ませ、気分転換に窓を開ける。夜の街はにぎやかで空の星は満足に瞬きもしないけど、月は今日も綺麗だった。気分が良くなって来たかも知れない。夜空に向かって適当に知っている歌を響かせる。向かいの家の人と目が合ったので、なんとなく手を振ってみる。向こうの人は明かりの中にいて少しだけ表情が見えた。眉を寄せて唇は開かれる。うるさい、だって。

 一人きりのリサイタルをあきらめてそっと窓を閉め、私を待ってくれているベッドに膝を乗せる。ギッという音がして、お帰りなさいって言っているみたいだった。……我ながら痛い妄言だった。


 さて、仕方なく私は定位置に戻り、見慣れた天井を視界におさめる。そうだ、こんな時こそアレを試してみても良いのではないだろうか。古来より伝わる伝説の睡眠法。誰が言い出したかは知らないが、これだけ伝わっているのだからきっとそれなりの効果があるに違いない。そうして私は目を閉じた。

 思い浮かべるのはそう、草原が良いだろう。牧場とかなら尚良い。どこまでも広がる緑。一列に並んだ木の柵。空が青なら気分も良いだろう。準備は整った。さぁ、その白き柔らかな綿毛を揺らし、自らの足で大地を蹴って、跳ぶが良い! 迷える子羊たちよっ!

 草原の自然のままの形に添ってうねりながらどこまでも続く木の柵を、羊たちは従順に一匹ずつ跳び越える。

 羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹。

 順調に数を重ねていけば、意識はそこに集中する。

 羊が五匹、羊が六匹、羊が七匹。

 何の目的かも知らされず、ただただ跳ねる羊たち。

 羊が八匹、羊が九匹。

 彼らの表情には、喜びも悲しみも読み取る事は出来ない。

 羊が十匹……。

 彼らの行く末を想いながらゆっくりと目蓋を押し上げると、窓からはお日さまが昇り始めているのが見えました。




<おしまい>

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