終章
夏休み最終日。終わる、終わる終わってしまう。
俺の夏休み、はたしてこんな終わり方でよかったのだろうか?宿題は全て終わって、明日への準備は完璧だろうと思う、そんな終わり方で。
「いいんじゃないの。問題ないじゃん」
と言うのは妹だ。
「いや……何か物足りない気がする。分かってるんだけどさ、一応」
俺に足りないもの。それは焦りだ。今までの夏休みの最終日には、焦りまくって、焦りまくって、頭をかきむしりすぎて、ハゲて、頭皮を破って、頭蓋骨を削って、脳に到達するのではないかってぐらい、焦っていた。
毎年やっていたそれが、この年いきなりなくなってしまったから妙な喪失感を抱いてしまったと……ただそれだけの話だ。無駄に肥大させてしまった。だが俺には肥大させるに値する事なのだ。それくらい、今年はさっぱりしすぎてる。
やはり今日も博士に呼ばれている。そろそろ行くとしよう。そうしないと間に合わないからな。
「今日は何をするんだ?」
目の前に座っている博士に問う。こんな昼間に呼び出されるのは珍しいからな。円盤観測なんて出来ない時刻だ。
「今日が最後ですね」
質問に答えてほしい。
「最後だねぇ」
「最後という事で、何かこう、ぱーっと盛り上がろうと思ってね。眠くないし」
「ほう。いいんじゃないですか。小粋ですな」
そういうのは悪くない。むしろいい。たまにはな。
「という事で今日は奮発してしまいました。かなり結構いろいろと買ってきました」
「金大丈夫なのか?」
少しまずいかなぁ、みたないな顔をしていたので思わず、
「どれぐらい買ったんだよ?」
「…そんなの気にしないでよ!大丈夫だから、全然」
全然て、駄目な時に使う言葉じゃなかったっけ?
「そう言うなら、いいや。気にしないぱーっとやろうじゃないか!」
「やろう、やろう!最後なんだから!今日は!」
そうだ。今日は最後なのだ。最後ぐらい、はしゃいでも問題なかろう。というよりも、最後だからこそはしゃぎたい。けらけら笑って、楽しみたい。まだ若いんだから、構わないだろう?
どうせ俺は馬鹿だからこんなこと思っているのかもしれないが、ここで一緒にはしゃごうとしている奴は馬鹿じゃない。馬鹿じゃないけどはしゃぎたいと思っている。
だから所詮同じ年齢の、同じレベルの人間なんだなぁ……と。
あぁ、やべぇ……すげぇはしゃいじゃってるよ、俺。普段の二十倍はテンション高いよ。めっちゃ、げらげら笑ってるよ。そして奴も笑っているよ。普段の三十倍はテンション高いよ、奴は。
あぁ、おいしいな、これ。超うめぇって。飲み物もおいしいなぁ。コーラだけど。
「お酒飲んじゃう?」
奴は言ったよ。
「飲めんのかよぉ?」
俺は言ったよ。
「いけるいける!」
奴は楽しそうだったよ。
「じゃあ飲もうぜ!最後だしな!」
俺は楽しかったよ。
でも酒を飲むにあたって不安があった。アルコール中毒だ。でも、たぶん大丈夫だろう。多少知識はあるからな。
そして俺と奴は酒を飲んだよ。でも苦かったよやっぱり。でもテンションは上がる一方だったよ。奴のテンションもやばかったよ。俺よりげらげら笑ってた。
そのうちふわふわしてきて、なんだがとっても楽しくなってさぁ。意味わかんないことやり出したよ、二人で。一発芸とか。俺は手品をやったんだ。指が長くなって大変だった。奴は舌が長かった。だって鼻にとどいてたんだぜ!長いぜ!まじで!
他にもたくさん面白いことやったんだけどね。よく覚えてない。いっぱいやりすぎて。あ、でも印象に深く残ってんのは、胸を触らせてもらったことだなぁ。神秘だった。馬鹿だよ、奴は。すっごい馬鹿。そして俺も馬鹿。
最高に面白かった。奴がこんなに面白い奴だったとは知らなかった。そして俺もこんなに面白い奴だとは知らなかった。俺は面白かった。奴も面白かった。
最高だ!滑稽だ!良かったぜ!こいつと遊んでてよ!
起きたら夜中。ほろ酔いも醒め、まわりの惨事に気がつく。散らかりすぎていた。本当に汚い。食べ物が散乱し、飲料が飛散していた。
そして己の惨事にも気がつく。パンツ一丁ではないか!素早く服を着て、博士を起こす。
「うぅぃ……………………何これ?きたねぇ……」
「片付けよう」
「うん」
そして俺たちはいそいそとゴミを片付けていった。
しばらくして、片付けが終了し、席につく。
「面白かった?」
そう聞いてきたので、
「最高だった。面白すぎた。だって俺起きたらパンツだけだったし………あんたは?」
「面白かったよ。すごく。テンション上がりすぎた。でも、上がりすぎて胸、触らせちゃったよ」
「え?まじで?覚えてねーよ。残念だ」
まぁ、嘘だが。
「お酒は怖いねぇ」
「まったくだ」
さて、もう午前五時だ。空は少し白くなってきた。もうそろそろ帰ろうと思う。
でも、帰る前に言っておこう。この気持ちが薄れて忘れてしまう前に言っておこう。
それは感謝であり、信頼であり、思考であり、俺自身だ。
全てが終わってしまう前に言おう。つまり告白。俺の思いを告げよう。
軽く笑い飛ばしてくれればいい。どうせ軽い言葉なのだ。それが丁度いい。
「最高だった。今日だけじゃなく、今までも。すごいよかった。一ヶ月ぐらいでここまで仲がよくなったのははじめてだ。あんたは最高ランクの友人だ」
言ったぜ!俺の言葉!
「私も楽しかったよ。神野君は最高の友達だからね、また遊びに来ていいよ」
言われたぜ!あいつの言葉!
これでよかった、最高だ。これぞ友情!
「じゃあ、もうそろそろ帰らないとな。時間的にまずいから。じゃあな、また」
「バイバイ、またね」
そう、次があるのだ。また博士と出会う日は、今日である。
夏休みは終わったが、友達の関係がなくなる訳じゃないんだ。
玄関を出て、マンションを出て、朝日が俺を照らす。気持ちがよかった。
少し歩いたところで声が聞こえた。
「またね〜」
ベランダで奴が叫んでいた。手を思いっきり振って、応対した。
朝日が綺麗だった。どう綺麗かと言うと、まるで生命の躍動、全ての充足。俺のための光。
どこまでも静かな今は、この地球に俺と奴だけしかいないかの様に思わせる。
気分はどこまでも高く舞って、肢体はこの上なく軽い。
まるで、いい気分の様だ。
笑って、にやけて思った。
ありがとう、友達。ここまで気分がいいのはそうある事じゃない。
そしてお前も気分がいいだろう?俺に感謝してくれよ。
そしてまた会おう、我が友!