五章
俺だってそんなに頭が悪いわけじゃない。今通っている高校の偏差値は高くもなく低くもなく平凡だけれども、低いところと比べれば俺何ていうのは、もう秀才でしょうがないと言うぐらいだろう。まぁこの高校では下の下だけどな…
よって、問題集のページをめくって問題を少し読んだらもう嫌になってしまい、逃避の為に寝てしまうといった状況である。ああ、悲しい性よ。
でも、歌にもあるではないか。『あし〜たがある〜さ、あすがある』とか。そうなのだ、明日があるのだ!俺には明日があるんだよ!
……だが…明日もあれば期日もあるさ。明日があるから期日があるのさ…いっその事、明日なんて来なければいいのになぁ…
まぁ…あれだな。そろそろ宿題をやらないと本当にまずいんじゃないの?って言われたぐらいだからな、妹に。本格的にまずい。
だから俺は今日からやりだそうというわけだ。助けを求めて博士の家へと向かった。
笑っちゃうぜ、まったく。
時刻は午後一時。只今勉強中。黙々しかし猛然とペンを動かして文字を書き勇んでいく。
博士は本を読みながら麦茶をちゅーちゅーやっている。
「なぁ、これ…」
「ん…どれ?」
と、こんな感じに解らない問題があったら聞くという、そういう方式をとっている。だが、解らない問題が多すぎて十問中五問は、聞くという無能ぶりを発揮してしまった。まったく、博士には足を向けて寝られないなぁ。
午後三時。疲労したので休憩。
三時半再開。
午後六時。心労したので休憩。
七時再開。
午後八時。
「もう嫌だ!今日は終わり終わり!また明日な!」
机の上に広がっている問題集や、転がっているペンを鞄に放り込みながら叫びに近い感じで言った。
「まだ帰らないでよ。することあるんだからね」
「わかってるさ。でもまだだろ?ちょっと休憩だ。一休み、一休み、だよ」
床に放ってある本を取り寄せ枕にして横になる。
「今日は十時からだよ」
午後十時。玄関の扉を開けたら、雨が降っていたので円盤観測中止。家の中へ退散。
「どうするよ?」
「う〜ん…どうすようかなぁ…」
何もする事が無いのなら帰宅しよう。そうなれば、珍しく早めに眠れそうだ。
「…クーラー強くない?弱めてくれよ」
少しの間だが暑い外気にさらされたので、クーラーの設定温度が低い事を実感して寒くなってしまった。
「寒かったら布団に入ってて。私はやることが出来たからさ」
と言われたので「用があったら呼んでくれ」とだけ言い、布団のある和室へ行って布団に包まった。
「気持ちいい…」
寒い中で暖かい布団に入ると気持ちいい。まるで桃源郷、ユートピアといった理想郷に来たような、そんなぁ、気分になる。
五分ぐらい経って、「うわぁぁぁ〜」と奇声が聞こえ、和室の扉が開き博士が、
「今日はもう終わり!帰っていいよ!」
何をやっていたか知らないが、上手くいかなかったのだろう。博士は上手くいかないと、怒ってしまう。
「もう寝るから!何にもしないで寝るからね!早くどいてよ!」
布団から押し出されてしまう。しょうがない。帰ろう。
「傘あるか?」
「玄関」
「借りるぞ」
「うん」
玄関に行き、安物の小さいビニール傘を借りて扉を開く。
外は激しく雨が降っていた。ザーザー降っていた。こんな小さい傘じゃ、ずぶ濡れになるのは明白だった。再び家の中へ退散した。
「あれ?どうしたの?」
和室に入ると博士に聞かれた。俺だって帰りたいさ!でも濡れるの嫌なんだよ。風邪ひいちゃうからな。
「雨が激しくて帰れない」
本の無いところに横になる。
「寝ちゃうの?」
「あんたも寝るだろ……寒いな。布団かしてくれ」
また外に出たのでさらに寒くなってしまった。
「はい」
と、俺に投げてきたのは布団ではなく白衣だった。変な温かさがあった。
「クーラーきっていいか?」
「駄目だよ。寒いから温かいんだから。温かいから気持ちいいんだよ…」
まぁ、もっともな意見だが今の俺には迷惑でしかない。
「わかった。もういい。寝よう。おやすみ」
白衣を被る。
「…ねぇ、前にも聞いたけどさ、夏休み終わったら助手どーする?」
「やめるだろうな。俺もそんなに暇じゃないんだ」
「そうだよね…やめちゃうよね」
「別に縁が切れるわけじゃあないだろう?そんな言い方するなよ。暇ができればまた手伝ったっていいさ」
「……ありがとう」
「そうだ。感謝してくれよ」
もうそろそろ、夏休みは終わる。終わってしまう。
成す事はなく、目指す事もない。
それでも俺は生きていた。正直暇だった。
むしろ感謝するのは俺のほうではないだろうか。暇潰しを与えてくれた博士に。
……まぁ、よくある逆転パターンだ。