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一章

「ちょっと、出かけてくる」

服を着替えて、まだ時刻は八時半だというのに外出する事を妹に伝える。

「手紙に書いてあった場所に行くの?」

「一応な。面白そうだしな」

「ふ〜ん……気をつけてね〜」

妹に背中で見送られて玄関の扉から外に出る。住所の書いてある封筒と便箋を持って。

外は暑かった。快晴とまではいかないが、それでもかなり晴れていて蒸し暑い。雨も降りそうにないので、洗濯物を大いに干せる一日となるだろう。

 住所はあまり遠くない場所だったし、俺の知っているマンションなので歩きで行くことにした。たまには汗を流すのも悪くない。

 多分二十分くらいで到着するだろう。


そのマンションは結構高級なマンションだった。昔、今はもう引っ越していないけどここに住んでいる友がいたので頻繁に来ていたころがとても懐かしい。

 ともかく俺は自動ドアをくぐり、インターホン前に立って便箋の最後に書かれていた番号を入力するために便箋を確認する。

「…524っと」

ピンポーンという音がして数分して、

「……はい…………お、おおっ!神野君!早くも来てくれたんだね!」

初対面なのにいやにフレンドリーだったのでどういう返答をしていいか迷っているうちに、扉が開いて

「五階の524ってプレートがある所だから。あと博多屋って表札もあるしね。早くきてね!」

と言うとぷつっと音がして回線が切れた。何も言えなかった。言う暇もあまり無かった。まぁ、いいぜ別に。時間はまたっぷりある。解答を聞くには十分過ぎる程にな。

 俺はゆっくり向かう事にした。


 再びピンポーンと機械音を鳴らす。三秒しない内に扉が勢いよくぶち開けられ、危うく顔を打つところであった事を、この博多屋 士歩は知らないであろう。

「上がって!早く!」

そう言うこの女は、博士っぽく白衣などを着ている。面白い人だ。

 中からは冷風が出てきているのできっと、クーラーでも点けているのだろう。嬉しい事だ。

何も言わずに上がって、先行く彼女の後をついて行く。リビングに続くであろう廊下は朝だというのにも薄暗かった。電気ぐらい点けてくれよ。

「まぁ、汚いとこだけど……いや、汚くはないな、うん。ちゃんと掃除してるし。本が体積してるだけであって週二回は掃除機かけてるから汚くはない」

確かに本の量が凄いな。重ねて置いてあるのとかが俺と同じぐらいの高さになってる。それが雪崩れているので本で床が見えない。だけど道が出来ている。リビング中央のテーブルまで本が綺麗にかたずけられて道が出来ている。

「とにかく座って、手前の座布団に。奥のは私のだから」

そう言われたので手前の座布団まで移動する。そして座る。後から来た彼女につまずかれる。

「ごめん、暗いからさ。周りが明るいと集中出来ないから、カーテンは閉めてるんだ」

俺はそれに対して「大丈夫」とだけ言っておいた。初めて彼女に話した言葉だった。

 彼女は俺の前に着席した。そしてテーブルランプを点ける。とても明るかったので思わず目を細めてしまう。が眩しさに負けないで問う。

「あの…博多屋さん――」

と次の言葉を続ける前に博多屋さんは俺の顔の目前で手をバッと広げて、

「待って、聞きたいことは多々あると思うけど先に私に話をさせて。あと博多屋じゃなくて、気軽に博士って呼んでください。白衣着てるしね」

「あ、そう?じゃあ博士」

そういうと博多屋さんはうっとりしたように

「博士かぁ………ふふ……」

などと呟きにやけていた。

 数秒後、思い出したように語りかけてくる。頭大丈夫か?この人。

「神野君。ドレイクの方程式っていうものを知っているかな?」

「いや、知らないな。聞いたことはあるけど」

オカルトな方程式って事だけは確かだろう。オカルト等にはまったく興味は無いので知らないのも当たり前である。なんかテレビで聞いたことあるような、ないような、そんな程度だ。

「ドレイクの方程式っていうのはね、宇宙にどれだけの地球外生命体が分布しているか推定する方程式なんだよ」

「博士、質問です。そのドレイクの方程式を使って計算すると、地球外生命体はどれくらいの数になるんですか?」

 それには少し興味がある。博多屋さんもなんかのってるし、来てよかったかもしれないと思った。

「えっと、色々と考え方があるんだけど、一千万ぐらいかな?」

「そんなにいたら地球にいてもおかしくないじゃないですか」

まったくだ。そんなにもいるんだったら、今まで生きてきた中で一度はお目にかかれるであろうに、俺は遭遇した覚えなどない。

「それはフェルミのパラドックスといってね、エイリアンは潜伏していたり、会っていても何かに擬態していたりとかまだ地球に来てないとか色々あるんだけどね。きっと気がついてないだけだよ。私はUFOは見たんだけどね。あれは絶対、球電とかじゃなかった。第三種接近遭遇とかはしてないな」

オカルト素人には何が言いたいのか理解出来ない。出来たらすごい。だからもうさっさと本題を聞き入りたいところだ。

「エイリアンの事とか、博士の趣味も多少は理解できた。だから教えてくれないか?あの手紙の最後の事をさ」

「いいよ、別に。でもちょっと待って。のど渇かない?飲み物持ってくるから少し待ってて!」

と言い残して台所であろうと所に向かっていく。暗いもんだからよく見えない。こんな暗がりにずっといたら、外に出た時に日光でぶっ倒れるんじゃないか?

 等と考えていると博多屋さんの向かっていった方で明かりが点く。台所は本などが体積しておらず綺麗だ。火の気のある所で本など危なくて読めないだろうからな。

「何飲みたい?」

「何でもいいですよ」

と少し大きめの声で答える。

「う〜ん…何がいいだろ?」

そう小声で聞こえた後に、台所からひょこっと顔を出して、

「お酒とか飲む?」

「いや、飲まないだろ普通」

何を思ったのかこの女は。何でもいきなりが好きなのか?いきなりの手紙の次は、いきなりの未成年飲酒の誘いとは頭がどうかしているのだろうか?

 そんな事を思っていた俺はそれが表情に出たのか博多屋さんは繕うように焦って

「別に、私はお酒とか飲まないよ。たまに大人の人とか来るんだけど、その人の残していったやつだからね。何で飲むって聞いたかというとね、なんか神野君はお酒飲んでるかもってイメージがあってさ」

どんなイメージだよ!まったく人を見かけで判断しないで欲しいぜ。

「何があるんだ?」

「……今あるのは、コーラとアップルとオレンジジュースとアクエリと麦茶」

すごい色々と入ってるんだな、博多屋家の冷蔵庫には。俺の家なんて麦茶しか入ってねーのになぁ。裕福な家はいいなぁ。

「じゃあコーラで」

来るまでに汗をかいたので、普通はアクエリだろうが今は炭酸飲料が飲みたい気分であった。

「解った、今持ってく」

 台所から出てくる博多屋さんの手には大きめのコップが二つ持たれていた。暗くてよく見えないが多分コーラとアップルであろう。

 彼女がテーブルにコップを置く時にふと思った事を聞いてみた。

「博士ってさ、一人暮らしなのか?」

この本が体積している空間に他人との共有スペースなど無いに等しいこの場所でどうやって共存していくというのか、出来たらたいしたもんだ。

「そうだよ。親は両方海外で仕事しててね、全然帰って来ないけどお金は送られてくるから生活出来てるんだ」着席した博士に、

「大変そうだな、一人暮らしって」

そう言ったら博士は、

「そんなことないよ。自由でいいもんだよ。まぁ家事は自分でやらなきゃいけないけどさ、円盤観測とかしててたまに深夜三時過ぎに帰ってくるときがあるんだけどね、何にも言われないから」

円盤観測って何だよ?あ、UFOの事か?

「でも寂しいだろ?」

「…うん、ちょっと」

今の言葉で空気を重くしてしまった事を今になって気付いた。博士に悪い事聞いたなぁと思いつつ、俺の本題に入る。その前にコーラを一口飲んで、

「それで、手紙の最後のやつ説明してくれ」

博士も一口飲んでから、

「……結構恥ずかしいんだよね。理由が曖昧っていうか、納得出来ないようなのだから。だからあんまり言いたくないんだけど、話するって書いたから一応するけどさ」

まぁいいんじゃねーの、別に。理由がどんなに曖昧模糊であろうが青息吐息が出るようなものだったとしても、俺は聞きたい。

 数秒間が空いた後に、

「別に神野君じゃなくてもよかったんだけどね、女子でも構わなかったし神野君の友達でもよかったんだけど、やっぱり神野君が一番合格点に近かったから」

「合格点?」

しかも近いって事は合格してねーじゃねーか。どうせなら合格したかった。

「…私の助手」

「……助手?」

「最初は私のいるクラスからにしようと思ったんだけど、いい人がいなくて。そんでね、次は二組の人からにしようと思ったんだけどこれもまたいなくて。そんで三組。で三組にはいい人がいた。それが神野君」

なんだが意味が理解出来ないんだけど、とりあえず。

「合格のための審査ってやったのか?」

「勿論!審査はね、まず従順な人である事。神野君を陰から見てたんだよ、気付かなかったと思うけど。神野君はあれこれ言っても優しい事が解った」

博士にとっては優しいと従順は紙一重らしい。

「次に、退屈してる人。する事も成す事もない、暇人がよかったんだよね。神野君が一人で下校してる時に、『あ〜つまんねぇなぁ』って言った事が大きなポイント加算になったんだよ」

コーラをまた一口飲んだ。褒められてんのか?それとも馬鹿にされてるのか?

「そして最後に、人間性が面白い人」

……なんかすごい、馬鹿馬鹿しい。意味解んないしさ、助手とか。誰にも理解も共感も出来ない、おかしな理由で俺をこの場に呼んだというのか?そう思うと笑っちまいそうになるぜ。

でも、でも面白そうだ。助手か……いいかもしれない。夏休みを無為に経過するより、この博士のもとで何かしている方がきっと楽しいと思う。都合のいい暇潰しだ。何よりこの博士の家はとても涼しいくて快適で嬉しい。

「俺が助手になることはもう決まってる事なのか?」

「そんな、強制じゃないけどさ。やって欲しいかなって……きっと楽しいよ」

「何か俺が助手に抜擢された理由はよく解らないけど、面白そうな気がしないことも無い。いいよ、どうせ毎日暇だしな」

俺は自分自身でも驚くくらいにあっさり承諾してしまった。

「本当?よかったよ。じゃあ神野君、これからよろしくね!」

握手を求めてきたので黙って手をのばして握手をした。少し恥ずかしくなった。

「ところで最初に見た時に思ったんだけど、その白衣ってなんで着てんの?」

博士は立ち上がって、

「博士っぽいじゃん、白衣とかさ。どう?似合ってる?」

回転しながらそう言う。返答に困ってしまうが、

「似合ってると思うよ」

と答え、薄―く茶を濁した。



 その後、基本の知識としてUFOやエイリアンの常人なら決して信じられないような話を二時間ほど聞き流して、最初に話した事など今更質問されてもその答えはもう頭中から雲散しているので、答えられなくて当然だろう。だから答えられなかったからって、怒らないでほしい。まったく困ってしまう。

「グレイだ!それはグレイだろ?」

「せいか〜い。十問目でやっとせいか〜い」

別に間違ったっていいじゃないか!テストだって俺は十問以上間違えるんだからな、俺は。頭良くないんだよ、あんたと違ってさぁ!だからそんなに不機嫌にならないでほしい。対応に困ってしまう。

「もっと、頑張ってほしいなぁ……」

「無理だろ…いきなり色々難しいこと沢山言われて、ごっちゃになってるんだから。UFOの型を最低十個答えろなんて無理だし、ハイネック博士の分類なんて、もうそれ誰だかすら忘れたから」

少し間の開いた後に、

「………うん、そうだね…まだ最初だから仕方ないか!段々覚えていく気なんでしょ?まぁ、いいよ。頑張って」

博士の機嫌が回復した。これで気まずい雰囲気ではなくなった。一安心だ。

「じゃあ神野君、今日はもう終わりって事で。手紙出した日に来るなんて思ってなくて、寝たの四時でさ。すっごい眠くて眠くて」

「そういえば、この封筒切手貼ってないな。直接ポストに入れに来たのか?」

もし、そうだったら何故俺の家の場所を知ってるのか?ってなるだろうが、方法は解らないが場所ぐらい知っているのだろう。ストーキングとかか?

「今日の三時にぐらいに入れに行ったんだよ。家に切手無くてさ、買いに行くのも面倒だから直接出したんだ。それより目の下にくまとか出来てる?神野君が来た時に起きたから何もしてないんだよね」

三時に出しに来たとか、どういう生活をしているのか気になってしまう。体を壊してしまうんじゃあないか?

「出来てるな」

「やっぱり?なんか体がだるくて、この頃。クーラー点けっぱなしだからかな?」

健康が心配だ。外にあまり出ないのか肌が普通よりも白い気がする。

「それじゃ帰るわ。よく寝て元気になって下さい」

立ち上がる俺に、

「ちょっと、待って。家で勉強してもらうために、本渡すからちゃんと読んで来て」

そう言って周辺の本を五・六冊選んで近くにあった紙袋に詰めてもらった。かなりの重量である。読む気が喪失した。元々無いけど。

「頑張って読んでくるよ、一応」

それでも、やる気を見せといた。

「うん、頑張って。それと明日は三時に家に来て。あ、深夜の三時だからね。遅れないように」

「深夜の三時?正気かよ……」

深夜の三時に出歩いた事など、初詣ぐらいしか記憶に無い。かなり難しい起床時間だ。

「無理?」

「……頑張ってみるさ」

そういって玄関に向かって行く。そして靴を履いて、紙袋を持って

「さようなら、また明日」

「遅れないように!」

別れの挨拶を交わして扉を開けて、外に出た。

 雲の抜け間から太陽の日が差し込んでいる。眩しい。眩しすぎる。しかも暑い。この暑さの中を徒歩で帰宅せねばならないと思うと、すぐにでも今出てきた扉の中に飛び込みたくなるが、そうもいかない。

 俺は倦怠感を抱きながらも、ゆっくりと歩き出した。




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