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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
序章 古代編
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第六話 決別。表=砕ける想い

第六話と次の第七話は繋がってます。


なので今回はちょっと短めで、ずっと永琳サイドの話になります。

 私は罪を償わなければならない。


 過酷な訓練を共に乗り越えてきた仲間達を。

 生命を懸けて絶対に守り抜くと誓った祖国を。

 護国兵である私を誇りだと言ってくれた家族を。


 私は裏切った。


 私は死ぬ事が怖くなった。

 いくら訓練を積み重ねようと、いくら虚勢を張ろうと、私が臆病者であるという事実は変わらなかった。あの迫り来る妖怪の大軍勢を前にして、私の誇りと虚栄心はいとも簡単に砕け散ったのだ。

 愛する娘と妻に二度と会えなくなるのだと、そう考えると足が竦み、武器を構える事すらままならなくなってしまった。身体の震えが止まらず、その場に崩れ落ちないようにするのが精一杯だった。


 だから裏切った。

 裏切り、無様に生き残ってしまった。


 戦友達の中には、子供が生まれたばかりの新兵がいた。月に行ったらのんびり親孝行をするのだと笑う二つ下の後輩がいた。一人娘が結婚するのだと嬉し泣きする御世話になった先輩がいた。


 そんな彼らを、己が命を懸けて国を守ろうとした彼らを、私は見捨てて逃げた。


 何度悪夢にうなされただろうか。

 何度良心の呵責に苛まれただろうか。


 もう限界だ。

 身の内から溢れ出る罪悪感が、私を内から蝕んでいく。

 このまま生き永らえたところで何になるというのか。


 だから私は。


 死した彼らの誇りを守るために。

 せめてもの贖罪と懺悔のために。

 偽りのない真実を伝えるために。


 この手紙を書き残す。



 ◆ ◆ ◆



「第十四、十五区画に妖怪達が侵入! 防衛部隊との通信途絶! 状況不明!」


 最初の過ちは何だったのだろう。

 喚く兵士の報告を聞きながら、永琳は顧みる。

 二日前、大妖の森への侵攻が上層部で決定した。

 これまでは、まるで腫れ物でも扱うように、妖怪達を不用意に刺激しない慎重な体勢を取っていた。それは上層部――あらゆる決定権を持つ議会を構成する人間のほとんどが争いを望まぬ穏健派、あるいはただ単に度胸のない臆病者であった事に起因する。

 しかし、人間とは総じて愚かな者。

 分不相応な力を得ると、己が強者であると錯覚してしまう。

 侵攻を決定した馬鹿共の場合は『月の都』計画と月へ向かう船が完成した事が原因と言えるだろう。

 いざという時の逃げ道が確保された事と、自分の身の安全が保証された事による暴挙。

 死ぬのは下級兵士達なのだと愚考した末の、人を人とも思わぬ悪鬼羅刹が如き所業。

 その報いがこれだ。


「第二十三区画にも多数の妖力反応あり! 部隊は依然応答ありません!」

「第九区画、壊滅状態! 第七区画から火の手が上がっているとの報告が!」


 結果だけ言えば、大妖の森への侵攻は失敗に終わった。

 外壁に守られ、死の危険がない訓練ばかりを繰り返してきた兵士達と、常に生きるか死ぬかの極限の環境で己を高め続けてきた妖怪達とでは、生への執着が――死の恐怖を乗り越える心の強さがあまりに違い過ぎたのだ。

 如何に卓越した技術と武器を持っていようと、使う側である人間の心身が弱ければ何の意味もなさない。

 仲間が惨たらしく死んだだけで戦意を失い泣き叫び、腕が吹き飛んだだけで狂い笑う。

 人間は――妖怪に比べてあまりに脆すぎた。

 人間が妖怪を見逃していたのではない。

 攻め入る必要も価値もないと、妖怪は人間を敵視すらしていなかった。

 ヒトとアヤカシは光と影。互いが存在するからこそ互いが成り立っているのだと、野生に身を置く妖怪達は本能的に理解していたに違いない。森に踏み入った人間だけを襲い、出来うる限り均衡と平穏を保とうと務めていたのは他でもない、無知無能な害獣と蔑まれていた妖怪達の方だったのだ。

 その均衡を、人間は自らの手で破ってしまった。


『森に差し向けた討伐隊が大敗を喫し、全滅した。まもなく妖怪の大軍勢が国に押し寄せてくる』


 五時間前、たった一人、かろうじて帰還した満身創痍の兵士。彼の者によってもたらされた報告は、国を混乱と絶望の底に落とすには十分な威力があった。


「……皆ひとまず落ち着きなさい。此処に到達するまでまだ時間はあるはずよ。月夜見、船団の発射状況は?」

「市民の間でまだ混乱が広がってて、全員の乗り込みが完了してません。オマケに迷子やら急病人やらが発生してスタッフの数が全く足りてないのが現状です。全機発射出来るまで最短で見積もってもあと三十分はかかりますね。急な発射で月の方の受け入れ態勢も万全じゃありませんし、連中の侵攻速度を考えると……」


 隣で作業を行っていた月夜見は、そこまで言って言葉を濁した。

 はめ殺しの窓から外を見る。銀の月に映えていた摩天楼群はその面影を跡形もなく消し去って、都市のあちこちで立ち上る火柱によって紅蓮に染め上げられていた。


「知識と技術の粋を凝らした大都市も、こうなってしまえば呆気ない物ね」

「お姉様、シロお兄様は……」

「さあ? この基地の何処かに入るとは思うけど、迷子にでもなってるのかしらね」

「た、大変じゃないですか! もしお兄様が妖怪に襲われでもしたら――!」


 この妹分は自分の言っている事を理解しているだろうか。

 襲われるも何も、


「月夜見、シロは妖怪でしょ?」

「あ……そうでした……」


 そう、あの飄々とした白骨は妖怪なのだ。

 だから永琳には大妖の森侵攻の情報が一切知らされなかった。実験対象という建前で妖怪を擁護する異端だと思われていたから。


(仮に私が反対していたとしても……無駄だったでしょうね)


 実際の権限はどうあれ、永琳の立場はあくまで一介の研究者に過ぎない。

 強引に採決を取られてしまえば、少数派である自分が負けるのは目に見えていた。


「永琳様、大変です!」


 永琳の思考を掻き乱すように、一人の男が司令室に飛び込んで来た。軍部の最高幹部と中央議会の一人にも名を連ねている、防衛部隊の総隊長だった。

 普段は安全な作戦本部で無茶な指示を出すだけの、権力と地位に固執した無能な臆病者。しかし椅子に踏ん反り返り偉ぶっていた彼も、今回ばかりは妖怪の侵攻を食い止めるために最前線で戦っていたはずだ。


「……何故貴方が此処に居るのかしら。動ける兵士は役職に関係なく全員防衛に回るようにと伝えたはずだけど。もちろん、貴方も例外じゃないわ」


 それは永琳にとっても苦渋の決断だった。

 何千という民の命を――自分の命を守るために、彼らに死ねと命じたのだ。握った拳、指の隙間からは赤い液体が滴り落ち、床に小さな血溜まりを生み出していた。


「そ、それどころではありません!」


 心臓を射抜くような凍てついた永琳の視線に怯みつつも、総隊長の男は続ける。


「部下達が私を裏切って、妖怪共の軍勢に寝返りました!!」


 男の口から紡ぎ出された言葉は、司令室を騒然とさせた。

 有り得ない――と、誰かが呆然と呟く。

 この国の護りを一手に引き受ける防衛部隊は民の憧れの的だ。兵士にとって部隊の一員に推薦される事はこの上ない誉れであり、何物にも代え難い誇りでもある。

 そんな彼らが、誇りを捨てて裏切った?

 にわかには信じ難い話であった。

 現に、司令室に居る者の多くが疑いの目を総隊長に向けている。

 だが、彼の次の言葉に、全員が納得せざるを得なくなった。


「原因はあの白骨の妖怪です! あいつは大妖の森の妖怪共と内通していたのですよ!」

「…………え?」

「シロ……お兄様が……?」


 永琳は頭を殴られたような錯覚に陥った。月夜見も口に手を当てて愕然としている。


「あの妖怪は部下達を言葉巧みに唆し、自分の軍門に下れと触れ回ったのです! 己の命惜しさに、心無き部下達は反旗を翻しました! 私は離れてゆく部下達を懸命に説得したのです! 国を裏切るのか、民の信頼を裏切るのかと! しかし彼奴らは――」

「……黙りなさい」

「永琳様! だからあの時、我々中央議会は貴女様に進言したのです! あの妖怪は国に災いをもたらす、そうなる前に即刻排除すべきだと!」

「黙りなさいと言っているのが聞こえないの!?」


 口喧しく喚き散らす総隊長を一喝し、永琳は腕輪型の端末を手に取った。念のため、シロにも同じ型の通信機を持たせていたのだ。

 数回の呼び出し音の後、


『……はぁいよ、こちらシロ、何か御用でしょうか永琳サン。てかピーピーピーピーいきなり鳴り出したと思ったら無線機だったのな、コレ。こいつらに使い方聞かなきゃずっと鳴りっ放しだったぜ多分』

「余計な事は言わず質問にだけ答えて。……今、貴方が兵士達を唆して裏切ったという報告が来たのだけど、それは本当なの?」

『………………』


 シロは答えない。

 ただ街を破壊する音だけが、無線機の向こうから絶え間なく聞こえて来る。


「本当に、貴方は森の妖怪達と手を組んでいて、ずっとこの機会を窺っていたの……?」

『………………』

「黙ってないで答えて!!」


 声が、自分でも分かるほどに震えている。

 嘘であってほしい。誤解であってほしい。自分の思い違いであってほしい。

 お願いだから、お願いだから!


「答えてよぉ……」


 しかし、そんな永琳の願いは。


『……俺は妖怪だ。同胞と手を組むのは当然だろうが』

「…………ぁ」


 叶う事はなかった。

 心の中で何かが砕け散る音を、永琳は確かに聞いた。力の抜けた手から外れて落ちた腕輪がカラカラと音を奏でて転がり、やがて月夜見の足にぶつかって止まる。

 永琳は何も言わない。

 一筋の涙を流して、ただ、静かに泣いていた。


「どうして……どうしてですかお兄様!? だって、だってお兄様は大妖の森で、お姉様を必死に助けてくれたじゃありませんか!」

『月夜見のお嬢ちゃん、アンタも永琳サンも、頭が良い割に勘が鈍いんだな。あの場所で起きた出来事は俺と邪魅とで仕組んだ物だと、信頼を得るために画策した茶番劇だと、何故そこに思い至らない?』


 全てが偽りだった。

 この白骨はずっと心の中で嘲笑い、永琳を、月夜見を、人間を裏切り続けてきたのだ。


『恨むのはお門違いってなもんだぜ永琳サンよ。あの雨の日、丘の上で俺は確かに言ったはずだ。妖怪の俺はアンタの味方にはなれないが、敵になる事は出来ると。アンタが馬鹿共から庇ってくれた時は笑いを堪えるのに苦労したよ。もしあそこで判断を間違えていなければ、アンタにとって、人間にとって、もう少しマシな結果になってたかもな』


 沈黙が司令室を支配する。

 永琳は床に落ちた腕輪を拾い上げ、


「…………シロ」

『ぁん?』

「私は……最後まで貴方を信じていたのよ」


 責めるような、必死に怒りを抑え込んでいるような。

 それは、決別の言葉であった。

 無線機はしばしの沈黙の後、


『……ハッ! 妖怪を信じる方がどうかしてるんだよ、このお人好しが』


 突き放す口調で放たれた台詞を最後に、バギリと音を立てて通信は途絶えた。


「月夜見、余計な時間を取られたわ。すぐに作業を再開して」

「っ! ……はい、お姉様」


 腕輪を投げ捨てて振り返った永琳の顔。

 それを見て、その場にいる全員が息を呑む。

 肌は青白く、両の瞳はガラス玉のように無機質な光を放ち――無表情などという表現が生温く感じられるほどに冷え切った物であったからだ。


「永琳様」


 それまで黙っていた総隊長が、ここぞとばかりに一歩前に出て提案する。


「今こそ『天羽々矢』を使うべきでは?」

「なっ!? 総隊長殿、本気で言っているのですか!?」


 スタッフの一人が悲鳴じみた声を上げて、それを切っ掛けに指令室が再び騒然となる。


「あれは使ってはならない代物です! 完成こそしていますが、使えば月や地球にどのような変化をもたらすのか我々にも全く分からないのですよ!?」

「お前達は下賎な妖怪共に街が蹂躙されていく様を見て何とも思わんのか!? これから脱出するとはいえ、生まれ育ち、愛し、これまで守り抜いてきた我が故郷だぞ! 害獣共に穢され魔都と化すくらいなら、いっそ我々自らの手で奴ら共々完全に破壊する方が国も喜ぶというものだ!!」


 総隊長の尋常ではない剣幕に皆が押し黙る。

 けれど、ただ一人、頷く者がいた。


「『天羽々矢』の使用を許可します」


 永琳だった。


「本気ですか永琳様!? い、いくら貴女様のご命令でも、中央議会の正式な承認もなく使用する訳には……」

「全ての責任は私が取るわ。それに、間接的にとはいえ、その議会の決定が原因でこうして妖怪に攻め込まれる羽目になっているのよ? あの石頭達のまどろっこしい話し合いが終わるまで待ってられない」


 永琳は、とある人物の前に立ち、


「……構いませんね、中央議会副議長?」

「勿論、仰せのままに」


 副議長――防衛部隊総隊長が、腰を折って恭しく一礼した。


「お姉様、本当に宜しいのですか?」


 そう問うてきた月夜見は、躊躇っているようだった。

 まだあの白骨妖怪の事を想っているのかもしれない。

 自分だってそうだ。

 心の何処かで、彼がひょっこり帰ってくるのではないかと期待している。

 それがとても悔しくて。


「シロが決めたように、私も決めたの。直ちに月面本部に通達。全機発射完了後、最後尾の船の成層圏脱出が確認出来次第、すぐに『天羽々矢』を起動するように――と」

「……承知しました」


 厳しい理解者だと信じていた。

 捻くれた親友だと想っていた。

 安らげる家族だと慕っていた。

 けれど、裏切られた。

 その絶望と怒りは、とても言葉で言い表す事など出来はしない。

 だから、気付けなかった。

 怒りに我を忘れ、冷静さを失っていた永琳と、少なからず動揺して周りが見えなかった月夜見は気付けなかった。



 居丈高に命令を下す総隊長の口元が、醜い笑みの形に歪んでいた事に。



批判・アドバイスお待ちしてます。


追伸。


少しでも読みやすくなるようにレイアウトを色々いじってます。

ここをこうしたら読みやすいかも、的なご意見あれば参考にさせていただきます。

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