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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
四章 幻想郷放浪編
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第四十三話 探求。鍵の半分

 紅魔館地下。

 レミリアは『図書館』などと大仰に呼称したが、なるほど確かに――これだけ桁外れな規模ともなれば『部屋』ではなく『建築物』として扱うのが正しいかもしれない、と屍浪は頭上高くそびえる魔導の宝庫を見上げながらそんな感想を抱いた。

 驚いた事に天井が見えない。

 一体どれだけ深く掘り下げられた位置にあるのか。

 下手をすれば地上部分――紅魔館よりも広いのではと錯覚するほどの大空間は、分厚い装丁の本がみっしりと収められた本棚で埋め尽くされている。規則正しく等間隔に設置されたそれらはさながら巨大な墓標のようでもあり、膨大な量の知識に圧し潰されて死ぬ光景すら幻視出来てしまう。

 加えて、棚で眠る本達もただの書物ではない。靄のように滲み出る魔術の残滓――それらが互いに交わって干渉し合い、一種独特の異界とも言える状況を作り上げていた。この世界に長居出来るのは筋金入りの出不精か、あるいは魔的な研究意欲に溺れた探究者くらいだろう。

 もっとも――


「いいねぇいいねぇ、この重っ苦しくてビシビシ人見知りする感じ。それにいかにも『探し物はここにありマスヨー』ってな空気がまた俺好みじゃねーのよ」


 進んで閲覧を申し出た屍浪が魔導書如きに気圧される訳もなく、むしろ居心地が良いとばかりに、片方の口角を吊り上げて邪悪な笑みを形作るのだが。

 右を向けども左を向けども、視界を埋め尽くすのは数えるのも馬鹿らしい書物の群れ。活字中毒者やビブロフィリアからすれば此処は天国のような地獄に等しい。

 それは言うなれば――知に取り憑かれた果ての狂気。

 列を成して煌々と灯る燭台も、本棚の全面に刻み込まれた細密な彫刻も、敷き詰められた冷たい色合いの絨毯さえも。

 この大図書館に存在する屍浪を含めた全ての物が、ただひたすらに『本』のみを際立たせる舞台装置の役割を強制される――このまま足に根が生えて命が止まり、一つの絵画として完成するまで永遠に。

 人が本を見るのではない。

 本が人を魅せる芸術品であった。


「さしずめ俺達ゃ絵の具の一滴か……パズルのピースだな。お前さん達はどっちだと思う?」

「……どちらでも。この図書館が私の世界の全てだもの。所詮は付属品に過ぎないと今さら自覚させられたところで、特に思う事なんてないわね」

「私は芸術とか哲学っぽいのはちょっと疎いんで……スミマセン、よく分かりませんです」


 魔導書片手に胡乱げな視線を送る紫髪の魔法使いと、その後ろで困ったように愛想笑いを浮かべて頬を掻く赤髪の使い魔。

 両名とも揃って見目麗しい外見ではあるが、魔法使い――パチュリー・ノーレッジは言うまでもなく、小悪魔と名乗った赤髪の少女からも平均以上の強い魔力が感じ取れる。レミリアよりこの大図書館の管理を一任されただけあって、相応の実力は持ち合わせているらしい。

 図書館まで案内してくれたおしゃべりな妖精メイドによると、そもそもレミリアとパチュリーはお互いを愛称で呼ぶほどの無二の親友なのだとか。ちなみに情報料はアメ玉一個。さらにキャラメルを二、三個追加するとレミリアの恥ずかしい日常と失敗談のオンパレードまで聞く事が出来た。それでいいのか紅魔館と思わなくもない。


「それより貴方、監視役といってたのにレミィについてなくていいの? こんなところで油なんか売ってたらその隙に何を仕掛けて来るか分かりゃしないのに」

「別に四六時中張り付いてなきゃいけないってぇ訳でもないのさ」


 近くの本棚から適当に一冊抜き取り、パラパラと流し読みながら屍浪は言う。

 しかし、何なんだこの本は。表紙が英語かと思えば次の章からはラテン語に変わり、挙句に古代ギリシア語で図説付きの術式が記されている。インクではなく血で書いたように見えるのが魔法の本らしいと言えばらしいのだが、著者の妄執が文字の合間合間から漂ってきそうで不気味だ。


「魔女のお嬢ちゃん。確かにお前さんの言う通り今回の俺の仕事は監視だよ。けどな、裏を返せばお前さん達と霊夢の何やかんやを見続けるだけの仕事だ。こうしている間に吸血鬼のお姫さんが裏でコソコソ動き回ろうと俺に罠を仕掛けようと、それが弾幕ごっこのルールに抵触してさえいなけりゃ何をしたって構わない。要はやり過ぎなきゃいいのさ」

「……とんだ審判もいたものね。ある意味では仕事に忠実なのかしら」

「サボってるように見えて職務放棄とも言い切れませんもんねぇ」


 パチュリーも小悪魔も先ほどのレミリアと同様に、得体の知れない男にどう対処すべきか決めあぐねているようだった。

 目を離せないのは彼女達も同じ事。屍浪に勝手気ままに出歩かれては困るのだろう――レミリアの様子から大体の企みと動機は読めたものの、それでもこの異変の裏に何が蠢いているのかまでは分からない。まだ推測の域を出ないが妙な胸騒ぎがする。

 大事な家族、とレミリアは言った。

 また一緒に暮らしたい、とも。

 ならば、鍵はスカーレット家にある。


「――俺はしばらくここで時間を潰すとするよ。何か注意事項はあるかい?」

「……そうね。レミィの許可もあるから蔵書は自由に閲覧して構わないけど、一番奥の部屋にだけは立ち入らないで頂戴。流石に私室を殿方に見られて良い気分はしないもの。それと念のためにこあを貴方に付けるわ。いいわね、こあ?」

「はぇ!?」


 寝耳に水らしい小悪魔が目を見開いて頓狂な声を上げるも、パチュリーは使い魔の戸惑いなど気にも留めない。どころか既に決定事項であるかのように、魔女に相応しい理知的な瞳と有無を言わせぬ静かな口調で命令を下す。


「えと、パチュリーさま? 私一人だけじゃ荷が重いと言いますか……」

「こあ?」

「………………何でもありましぇん」


 ……もしかしたら心の中で号泣しているんじゃなかろうか。

 関節が外れそうな勢いで肩を落とし消沈する小悪魔。どうやら多少の違いはあれど、従者の理不尽な気苦労が絶えないのは何処のご家庭でも同じのようだった。哀愁漂う彼女の姿にしょぼくれた鈴仙の面影が重なったのは――屍浪の錯覚ではないのだろう、おそらく。

 一方パチュリーはといえば、命令するだけして私室に引っ込んでしまった。

 残された二人の間に何とも微妙な空気が漂う。


「……まあ、うん、別に暴れたりしないから。調べ物するだけだから」

「そう言っていただけると少しは気が楽になりますぅ……」


 兎にも角にもそれはさておき、小悪魔の機嫌を表すようにピコピコ動く頭の羽が先ほどから気になって仕方がない。

 物珍しさ……好奇心とでも言えばいいのか。

 普段は帽子で隠されている藍の狐耳や橙の二又に分かれた尻尾、萃香や勇儀の雄々しい角にぬえの非対称の羽――人体には本来備わってない部位ゆえに、油断するとついつい反射的に触ってしまいそうになる。あまり他の娘を撫でるなと永琳や紫にも釘を刺されている事だし、気を付けなければ。

 とか何とかやってる内に小悪魔も吹っ切れたらしく、


「……よーし、もうこうなったらヤケですよヤケ! さあお客様、どんな本でも探して来きますので遠慮なく仰ってください! だってそれが私のお仕事だもん! 常日頃からパチュリー様にこき使われているのは伊達じゃないって事を証明してやろうじゃありませんか舐めんなコンニャロー!!」

「………………」


 誰かに従うってのも大変なんだなぁ……。

 グルグルとかなり危ない目つきになった小悪魔に、屍浪は乾いた笑いを返す。機会があれば鈴仙を紹介してあげてもいいかも知れない。如何に精神的にタフな魔族であっても、愚痴を言い合える友人がいるのといないのとでは圧し掛かる負担が段違いなのだから。


「じゃあ、とりあえず――」


 お言葉に甘えて、屍浪はとある資料を持って来るよう小悪魔に頼んだ。



 ◆ ◆ ◆



「この浮気者、すけこまし、女誑し」

『……まったく身に覚えがねェよ』

「ほほう、あの青と緑の小娘どもにした事を覚えてないと? 永琳にもキツく言われておったクセにまた節操なく甘やかしおって!」


 あまり知られてはいないが、屍浪と邪魅は鞘を通じて会話を行える。

 妖力分与を長年続けている間柄だからこその連絡手段。

 互いの意識に『声』を直接飛ばす仕様のため盗み聞きされる心配もなく、しかも余計な術式を組み立てる手間もないため他人に気取られずに済む――特に今回のように、敵の縄張りの中心で外部と連絡を取るにはうってつけの方法なのであった。

 ただ……この方法は通信媒体の役目も担う邪魅が全権を握っている――つまり屍浪の方から理不尽な小言を遮断する事は出来ず、どれだけ一方的に怒鳴り散らされても聞き続けなければならないのが唯一にして最大の難点と言えた。


「あんなのは甘やかす内に入らんだろ」

『それだけじゃないぞ? ここまで案内したおしゃべりな妖精メイド、よく見たか? 間違いなくお主に惹かれとる顔だった。キャラメルとアメだけでまた上手く籠絡しよったのう!』

「駄菓子で心動かされるような職場環境の方に問題があんでしょが」


 片隅に設けられた閲覧スペースで、屍浪はページをめくるのを止めて頬杖を突く。

 頭蓋の中で木霊する邪魅の声が喧しく、おかげで調べ物がちっとも捗らない。そもそもが手当たり次第のシラミ潰し――小悪魔の持ってきた資料に片っ端から目を通していくだけの単純作業、それに加えて相当ご立腹な相棒の機嫌まで窺わなければならないのだから集中が切れて当然だ。


「つか、そろそろ霊夢達も来るんだから俺に構ってないでお前も働けよ。うっかり見逃したりなんかしたら笑い話にもなりゃしねーぞ?」

『ふん、こんな時にも女子に現を抜かしとるお主に言われとうないわ。ちゃんとこの館の周りを分身体で取り囲んで備えておるわい』

「ならいいんですけどねー」


 地下に潜った屍浪とは違い、邪魅の本体は香霖堂から動いてはいない。

 魔法の森の主。

 狂骨の左腕。

 最強無比と名高い『増殖する程度の能力』――かつて以上の力を有する彼女はわざわざ目的地に出向くまでもなく、各地に根を張る分身体に意識を結びつけるだけで、幻想郷で起こる有象無象の全てを見聞きする事が出来るようになっていた。

 表立って動く屍浪が囮となり、その隙を縫うように邪魅の『目』が死角から狙う。

 普段こそ毎日のように口喧嘩が絶えず騒がしい二人だが、いざとなれば言葉を交わす必要などない連携を発揮する――その阿吽の呼吸が何よりも恐れられている武器であり、紫が全幅の信頼を置いて監視役を任せた大きな理由の一つでもあった。


『――して、お主は何を調べておるんじゃ?』

「んー、改めて聞かれるとどう言やいいのか説明に困るんですけど……予感を確信に変えるための答え合わせとでも言うべきなんかね」

『ふぅむ?』

「まあ九分九厘、大体の見当はついてるんだがどうにも決定打に欠ける。俺らの他にも誰かが裏でこそこそやってるのは明らかなのに、それが何処のどちらさんなのかがいまいち見えてこない。まるで亡霊だな」

『……? あの吸血鬼の小娘が首謀者ではないのか?』

「そいつぁどうだろうな。自分の意思でやっていると思わせといて、実は最初から何者かの掌の上でした――なんてのは俺らの世界じゃ珍しくもないだろ」


 その可能性を、屍浪は一番危惧している。

 テーブルに所狭しと積み上げられた本の山。古臭い羊皮紙も含めたそれらは全てスカーレット家についての記述がある物で、かの一族の盛衰の歴史に各人の出生と死亡年月日、果ては当時の収支の細かい記録まで――誰が何のために、どういう意図をもって書き残したのかは知らないが、折角の酔狂な置き土産を利用しない手はない。

 同族嫌悪――あるいは同属嫌悪か。

 第三者が陰でほくそ笑んでいるならば、あらゆる方法で徹底的に叩き潰したくなる。

 年下相手に大人げないと言えば正しくその通りなのだけれど。


「し、屍浪さ~ん」


 と、両手いっぱいに本を抱えた小悪魔が奥から戻って来た。

 よほどの重量なのか、彼女の足取りはよろよろよたよたとふらついて覚束ない。いくら悪魔でも少女のか弱い細腕――どうやら流石に頼み過ぎたらしい。


「お待たせしました、こ、これで全部ですぅ…………ふみ゛ゃ!?」


 そしてすっ転んだ。

 びったーん! と盛大に音を立てて顔面から、本をあちこちにばら撒いて。


「い、ひゃいれふ……」


 そりゃさぞ痛かろう。

 涙目だし、鼻先も真っ赤になっている。


『ドジっ娘じゃの』

「うちにも一人いるけどな。しかもちょっと医者が必要なくらいの」


 ハァ……と親代わりを自負する二人は心中で嘆息。

 ちょっと心配なくらいのドジっ娘――誰の事を指しているのかは言うまでもない。

 ともあれ、手伝ってくれたのだから礼を述べるのが大人としてのマナーである。

 屍浪は席を立ち、ひとまずは絨毯に散乱する本を一ヶ所にまとめてから、鼻を押さえて蹲る小悪魔の傍らにしゃがみ込んだ。


「大丈夫かい、悪魔のお嬢ちゃん?」

「ふぁい、だいじょぶでふ……」

「………………」

「……な、何か?」

「いや、キレーな目してると思ってな」

「はひっ!?」


 小悪魔、瞬間沸騰。

 と言うか、仮にも人間を堕落させる側であるはずの悪魔が、この程度のありふれた褒め言葉で顔を真っ赤にするのはいかがなものか。軽く見た限りでも紅魔館は完全な女所帯――ましてや他人に無関心なパチュリーと共に本に囲まれてばかりでは異性と触れ合う機会も中々訪れないのだろうが、それでも些か純情に過ぎる気がする。

 勿論、屍浪に小悪魔を口説くつもりなど毛頭ない。

 注目したのはもっと別の事だ。


『……見られておるな』

「ああ……このお嬢ちゃんの視覚にリンクしてな」


 パチュリー・ノーレッジと小悪魔。

 召喚者とその使い魔。

 魔術的な繋がりと知識があるならば誰にでも出来る、さほど難しくもない能力。


「大方、自分もいるよりお嬢ちゃんだけにした方が俺が気を抜くとでも考えたんだろうさ。こう言っちまうのも何だが、見張りを任されるにはちと頼りないし」

『油断させるには適役と言う訳か。上手くいけば悪魔の面目躍如だったろうになぁ』


 万が一にでも上手くいって面目躍如されてしまった場合――すなわち永琳や邪魅や他の女衆が言うところの『他の娘にデレデレしている状態』に他ならず、自覚があろうとなかろうと関係なく永遠亭に連れ戻された挙句、世にも恐ろしく美しい銀髪からの折檻を受ける羽目になるだろう。

 それが分かっているのかいないのか、邪魅は小悪魔に届かない声でけらけらと笑う。


『にょーほっほっほっほっ、考えが甘いわ小娘共め! 屍浪はな、屍浪はなぁ、毒牙にかけて女心を弄ぶ事は数え切れぬほどあっても毒牙にかかる事なぞ天地が引っくり返るくらい有り得ないのじゃ! そんなんで簡単に落とせるなら儂だって苦労しとらんわい!』

「……どうしてか分かりませんけど誰かに馬鹿にされてる気がします」

「うん、それは気のせいだ」


 何にせよ、此処での調べ物はもう済んだと言っていい。

 収穫も半分だけだがあるにはあった。

 得たのは『名前』と、『日付』と、そして『死因』。

 残りの半分も紅魔館の敷地の中――足の下に眠っている。


「あの、屍浪さん?」

「…………ちょっと散歩してくらぁ」

「散歩って……だ、駄目ですよ勝手に出歩かれちゃ! パチュリー様やレミリア様にだってキツく言われてるんです! 絶対に貴方を此処から出さず足止めしなさいって――あっ!?」

『語るに落ちとるなぁ』


 慌てて両手で口を塞ぐ小悪魔だが、もう遅い。

 屍浪も思わず笑ってしまう。

 きっと彼女の視界の向こうで、パチュリーも頭を抱えているんじゃなかろうか。


「異変に隠れて何をしようとしているのかも想像がついた。俺は別に反対もしないし邪魔しようとも思わないが、一度気になっちまったんだから仕方ないよなぁ?」


 言って、屍浪は人間の皮を散らし、狂骨の姿で。

 小悪魔の眼前に右の骨指を突きつけ、彼女と、こちらを見ているであろう魔女と吸血鬼に向けて、さらに威圧的に言い放つ。


「答えは近いぞ? あとは鍵のもう半分だけだ。止められるものなら――止めてみな」

今回は難産でした。そして文も短めです。

次回は我らがメイド長と少し遊んでから、謎解きの真相に至る予定です。

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