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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
四章 幻想郷放浪編
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第四十一話 紅霧。若き店主と湖上の妖精達

守矢一家+αのミラクル☆クラフトのOPが凄すぎます。


みなさんはマイクラ実況は好きですか?

「よくこれだけの数を集めたもんだなぁ、少年。魔理沙の嬢ちゃんが勧めるだけの事はある」

「それはどうも。誉め言葉として受け取っておくよ」


 棚に、壁に、床に、天井に。

 所狭しと陳列された、外界ではもう見る事も少なくなった古道具。それらに混じって近代的な家電製品も存在を主張しているが、月文明の桁外れな技術水準を知る屍浪にとっては五十歩百歩でしかない。更に言うなら、意図的に電力の概念が潰されている幻想郷においては洗濯機よりも洗濯板と盥、白熱灯よりも行灯や提灯の方が使いやすく親しみすら覚えてしまう。要は慣れの問題だ。

 電池切れで鼓動の止まった目覚まし時計を棚に戻し、帳場に座す店主に視線を移す。

 古道具屋・香霖堂の若き主――森近霖之助。

 長身で線の細い、荒事には不向きそうな青年だ。邪魅曰く半人半妖で、外見だけで述べるなら屍浪より二十は若く、幻想郷の少女達――霊夢や魔理沙より三つ四つは上か。くすんだ銀色、あるいは灰色と白の中間のような頭髪に特徴的なアホ毛。黒の下縁眼鏡の奥では金の瞳が品定めするかの如く光る。

 何とも蒐集家らしい気風の若者だった。


「けど、もったいないねぇ」

「……? その商品の事かい?」

「ああ。型式が古かったりちょっと壊れたりしてるくらいで、どれもこれもまだまだ現役だろうに。外の世界の連中は何考えてお払い箱にしてやがんのやら」


 不便性と欲望こそが新たな発明の源とはいえ、大量生産・大量消費を良しとする社会を屍浪はあまり好まない。心血を注いで無から有を――基礎となる仕組みを考案した生みの親からすれば、ようやく形になった子ども達が次々に廃棄されているのに等しいのではなかろうか。

 小難しく考え始めた屍浪に、呆れた様子で邪魅が言う。


「そうは言うても屍浪よ、所詮は外の問題――憂えたところでどうにか訳でもあるまい? 棄てられて流れ着いて、坊のような変わり者に拾われただけでも救いであろうよ」

「……義母さん、いい加減その『坊』って呼び方止めてくれないかな」

「ふふん、儂からすればお主など何時まで経っても尻の青い坊じゃよ霖之助。霧雨の小僧から魔理沙の子守り役を任されたくらいでこまっしゃくれるでない」


 常日頃から年下扱いされておちょくられる事が多い所為か、ここぞとばかりに威厳をひけらかす邪な樹木の精霊さん。そんな態度を取るから子どもっぽく見られるのだというのに。


「っつーか邪魅……今のお前こそ大人振る資格はないと思うぞ?」

「何でじゃい」

「年甲斐もなく木のお馬さんに乗って上機嫌になってるからだよ」


 木馬である。

 股裂きで悪名高い拷問器具でもトロイア戦争における人員搭載型の装置でもなく、祖父母が幼い孫に買い与えて両親が置き場に悩んでしまうあの玩具である。

 それに邪魅が乗っているのだ。しかも至極真面目な顔で。舟でも漕ぐような動きに合わせて小さな頭が前に後ろに行ったり来たり――この光景を滑稽と言わずして何と言う。


「乗馬は結構痩せられると巷で聞いたのでな、ものは試しと思うて……ちと」

「お前さんの場合、痩せるも太るも思いのままだろうが」


 邪魅の本体は樹木――魔法の森そのものと、核として深く根を張るかつての白鞘だ。木馬と戯れている女人の姿とて、彼女自身の意識を移したヒトガタに過ぎない。屍浪からの妖力が乏しく消費を抑えなければならなかった童女の頃ならまだしも、地脈より無尽蔵に等しい糧を得られる今ならばどんな姿でも自由自在のはずだ。


「戯け、思い通りに変わってしまうから体型維持に神経を使っとるんじゃ。食い過ぎて少しでも太るかもと思ってしまえばあっという間にブックブクなんじゃぞ? それなりに運動しなければ痩せたと実感出来んから細くもなれんし――食わんだけで痩せられる紫達が羨ましく思えるわ」

「そういうもんか?」


 むしろ、今の台詞を紫が聞いたら半狂乱になる気がする。

 二の腕や脇腹の肉付きを非常に気にしていた娘の顔を思い出して、女の価値観ってやっぱりよく分からんと屍浪は嘆息。自分みたいな骨男じゃあるまいし、ちょっとくらいふくよかな方が健康的で女性らしい魅力に溢れているのではなかろうか。ふんわりやわらか系亡霊の幽々子とか。


「……また他の女の事を考えておらんか?」

「さっすが相棒、良い勘してらっしゃる」

「そこは嘘でも『お前の事を考えてたのさ』とか言って欲しかったのう!」


 そんな歯が浮いて抜け落ちるような台詞を言えるはずもない。幻想郷トップクラスのご長寿だとしても総入れ歯はまだまだ御免被る。目指すは死ぬまで三十二本。


「永琳に言いつけちゃうぞ!?」

「そーなったら頑張ってキザったらしい事を言うさ」

「今言わんかい! 儂に!」

「あ、少年。この紙巻き一箱くれ」

「はい毎度あり」

「聞けやー!!」


 後ろで子どもっぽい大人が騒いでいるが気にしない。

 紫に用立ててもらった古銭で支払い、潰れかけの煙草の箱を懐にしまう。他の商品の例に漏れず、棚に陳列されるのは、外の世界ではもう見かけるどころか記憶にすら残ってない銘柄ばかりだった。


「それにしても、あの義母さんがこうもあっさり手玉に取られるなんて中々ない光景だよ。霊夢や魔理沙が気に入るだけの事はあるね」

「それはお互い様だろ? 魔理沙の嬢ちゃんには随分と好かれてるようじゃないか」


 前回の仕切り直しだぜ、と香霖堂までの道案内を買って出てくれた魔理沙。

 だが彼女は目的地に着いた途端に――店から出て来る霖之助を認識した途端に、慌てた様子で踵を返しそのまま何処かへ姿を眩ませてしまった。去り際にかろうじて見えた顔は夕日と見紛うばかりに赤く、恋に恋する乙女のそれで――


(心底惚れてるんだねぇ、少年に)

(ちっこい頃からいつも一緒におるしなぁ――もうかれこれ十年以上の片思いか。魔法使いになると言って森に住み始めたのだって、なるたけ霖之助の近くにいて顔を見たいからって理由でほぼ間違いないぞ。本人は意固地に否定しとるがな)

(おやおや、そいつぁまた大和撫子な恋心だ)

(惜しむらくは、このアホ坊が類稀なる朴念仁な事かのう……)

(……え、何、あんだけ分かりやすい態度取られてて気付いてねーの?)


 しゃがみ込んでヒソヒソと怪しげな話を始めた大人二名。営業妨害も甚だしいが、霖之助は訝しげに目を細めるものの口を挟もうとはしない――その判断は賢明かつ無難と言えた。

 初対面の屍浪はともかくとして、邪魅は縄張りの一画を格安で貸してくれている――いわば地主と店子の関係にある。上に強く言えないのは何時の時代でも何処の世界でも同じ。誰も彼もが藍や永琳のように上司主人を遠慮なくぶっ叩けたら逆カースト制度の一丁上がりだ。

 コホン、と咳払い一つして、邪魅は霖之助と向き合う。


「えーっとな、坊よ、魔理沙の事はどう思うておるのかの?」

「どうって、妹みたいに思っているよ?」

「いやそういう意味じゃなくて、もっとこう――ないか? 年齢差はあれど幼馴染の男と女、坊と魔理沙しか通じない特別な関係性というか何というか……」

「溜まったツケをそろそろ払ってほしいとか、留守中に店を漁らないでほしいとか、戸を蹴破って入って来ないでほしいとか?」


 はぐらかすような素振りもなく、次々に不満を列挙する霖之助。どうやら彼は、冗談抜きの本気で魔理沙の想いに気が付いていないらしい。

 あまりに不憫で不毛だった。

 疲れた顔で屍浪と邪魅は思う。

 ここまで鈍感だと永琳でも矯正不可能なんじゃなかろうか、と。

 真実を突き付けるなり幻覚を見せるなりして意識させるのは簡単だが、魔理沙本人に告白する覚悟がまだ備わっていない以上、歯痒くとも部外者の口出しは控えた方がいいだろう。無粋な真似をして拗れたら元も子もないのだから。


「…………俺、『仕事』があっからそろそろ行くわ」

「おーう……スマンな、やる気を削ぐような真似して」

「またのお越しを期待してるよ」


 邪魅と罪深い霖之助に見送られて店を出る。

 買ったばかりの煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら天を仰ぐ。

 快晴の夏空を赤一色に染め上げつつある血煙。魔法の森の瘴気よりも毒々しく、迷いの竹林の霧よりも獲物を惑わせる魔性の紅。

 幻想郷全域を襲う静かな宣戦布告が――屍浪にとって初めての異変が始まったのだ。


「……児戯だな」


 言って、それまでの腑抜けた雰囲気を一瞬だけ消し去って。

 煙草を噛み締め、屍浪は笑う。

 この程度の紅い霧を異変とする、ツェペシュの末裔の可愛らしさに。

 ようやく歩き出した幼子のような、おっかなびっくりの拙さに。

 血肉を纏う年経た狂骨は、肩を揺らしてシニカルに嗤う。


「――屍浪、言い忘れておったけどなぁ!」


 香霖堂の窓を開けて邪魅が叫ぶ。 


「また自覚なく女を引っ掛けたりしたら許さんからなー!」


 やかましい。



 ◆ ◆ ◆



 実を言えば。

 仮にも父親を名乗る身でありながら何時までも無職なのは如何なものかと、屍浪は以前から割と真剣に悩んでいた。

 雑魚妖怪のように人を喰らって暮らすのなら仕事など必要はない。殺しはともかく、人喰いだけは極力避け続けているからこそ、それこそ誰よりも人間じみた常識的な考えに至ってしまった屍浪。長年の放浪人生で慣れ親しんだ――旬の果実や山菜、獣を狩る生活も性に合っているとは思うけれど、勝手気ままに振る舞えば余計な厄介事を起こす可能性もある。

 神霊妖魔の最後の楽園――幻想郷。

 とは言え、たとえ紫の身内であっても――いや、公平であるべき管理人の縁者ならば尚更、郷に入っては郷に従い、暗黙のルールと複雑に絡み合った縄張りを尊重すべきだ。

 何より、娘に生活費を工面してもらうなど情けなさ過ぎて涙が出る。

 故に屍浪は人里でひっそりこっそり、リハビリの合間を縫って働き口を探していたのだが、


「あんなに怒らんでも良いのになあ……」


 紅霧が作り出す薄暗がりの下、歩を進めながら昼行灯は肩を落とす。

 見つけたのは揉め事処理係。

 三食付きで住み込み可、迷惑な客の肩を叩いて外に蹴り飛ばす簡単な仕事だったのに、やはり職場環境が女衆のお気に召さなかったのか。しかし脛に傷持つやくざ者、しかも人間にも妖怪にも成り切れない腕っぷしが取り得の男――そんな新入りを快く雇ってくれる店など妓楼くらいのものだ。

 妓楼、もしくは娼館、あるいは女郎屋と呼ぶと聞こえは悪いが、人里の守護者が公序良俗に厳しいのでそこまで本格的な施設ではない。隣に座った遊女に酌をしてもらうのがせいぜいの健全――なのかどうかはさておき、本当に紫が湯気を噴いて卒倒するような店だったなら屍浪も少しは躊躇う。

 実際、すぐにバレて初出勤日に強制退職させられた。


「あれは怖かった。うん、すごく怖かった」


 特に永遠亭で待ち構えていた永琳が。

 げに恐ろしきは乙女達のネットワークか。

 まあ、邪魅の目であり耳でもある白鞘を、いつものように馬鹿正直に腰に差して働こうとした屍浪にも原因があるのだけれど――とにかく水商売関連のみならず、女に関わる類の仕事は金輪際、どんな理由があろうと絶対に駄目だと釘を刺されてしまう。

 さりとて、屍浪にもプライドがある。

 さて次はどうしようかと懲りずに行動を開始した矢先に、まるで考えを読んでいたように飛び込んで来たのが紫からの依頼だった。

 仕事内容はまだ伏せておくとして、


「スペルカードルール、弾幕ごっこ……」


 妖怪の絶対的優位――根本的な強さ、完全実力主義の否定。

 攻撃の威力よりも美しさに主点を置き、相手に見せて魅せる事を重要視する。

 たとえ余力が残っていたとしても、負けならば敗北を認めなければならない――等々。

 事前に紫から渡された紙束には、その他にも細々とした取り決めが記されているが、極論、とどのつまりが『殺し合い』を『ゲーム』のレベルにまで引き下げて勝敗を決する――あくまでスポーツ感覚、遊びの範疇で諍いを収めるために生み出された決闘法だった。

 しかしながらこのスペルカードルール、作られたばかりでまだ幻想郷に浸透していない。

 だからこそ、この紅霧異変で霊夢と犯人が弾幕ごっこを披露して。

 だからこそ、屍浪にこの仕事が回ってきたのだ。


「……この先、か」


 紅霧の発生源を追って木々を抜けた屍浪の前に、あまり広くない湖が姿を現す。外周に沿ってゆっくり歩いても、反対側まで三十分と掛からない規模だ。


「で、あれが角のない鬼の館、と。また目に悪そうな色合いだなぁオイ」


 岸辺に腰を下ろして一服しながら、遠目に佇む西洋風の館を眺める。

 まだ距離があるので見えるのは屋根や外壁の一部のみ――細部までは窺い知れない。それでも一際目を引く特徴だけは、屍浪の目にもはっきりと視認出来た。

 赤い――まさに吸血鬼の住まう魔城。

 仰々し過ぎて苦笑を禁じ得ないほどに、名刺代わりとばかりに、窓以外は何処もかしこも真っ赤に塗りたくられている。あの洋館をデザインした人物、もしくはその血と美的センスを受け継いで平然と暮らす子孫と、屍浪はこれから対面を果たさなければならない訳だが――


「…………」


 どうしよう、ちょっと会いたくなくなってきた。

 あれだけ赤を前面に押し出されると、内装の色調がどうなっているのかも容易に想像出来てしまう。永遠亭に一度戻って目薬をもらってきた方がいいかも知れない。


「ま、遊ぶ子どもを見守るのが大人の仕事なんですけどねー」


 と――屍浪が重い腰を上げた直後に。


「コラそこの黒いの! ここはあたいのナワバリだぞ!」

「い、いきなり失礼だようチルノちゃん、まずはご挨拶してから……」

「……んー?」


 何か、いた。

 それも二匹――いや二人?

 視線の先、岸近くの水面上にふわふわと浮かぶ不思議ツインズ。

 一方は青いセミショートの髪、良くも悪くも汚れを知らない澄んだ瞳の少女だ。矮躯の背に負うのは氷の塊のような六枚羽――おそらくは氷の妖精だろう。それを裏付けるように、チルノと呼ばれた彼女は何故か氷漬けの蛙を両腕一杯に抱えていた。

 もう一方は新緑の髪をリボンでサイドテールに纏めた少女だ。虫にも似た透明の羽を持ち、おとぎ話や童話で登場する妖精そのままの姿をしている。こちらはチルノに比べて常識を弁えた控えめな性格らしく、いきなり好戦的なパートナーに適切なアドバイスをする。

 それを見て屍浪はふと、


(そういや邪魅も一応は樹の妖精なんだよな……)


 邪悪でも、禍々しくても、妖精は妖精だ。

 この少女達のように昔を思い出させる低身長で、背中に虫っぽい羽――蝶とかでいいか――が生やした相棒の姿を想像してみる。少々もの足りない気がするので衣装も慣れないワンピースに着替えさせて、触覚付きのカチューシャとかも加えて。

 ――うん。

 タンバリンでも持たせたら、まるっきり学芸会に出る小学生だ。


「……くっ、くくっ」

「あ、ちょっと何笑ってんのさ!」

「くははは……ああいやいや、こっちの話だから気にすんな」

「むー、やっぱりあんたナマイキね! このさいきょーなあたいが成敗してあげるわ!」

「や、止めようよチルノちゃん、悪い人じゃないかも知れないしさ、ね?」

「大ちゃんは黙ってて! さっき作ったこれですぐやっつけちゃうんだから!」


 大ちゃんとやらが隣で制止するのも聞かず、服の中に手を突っ込んでゴソゴソまさぐるチルノ。会話の流れからしてスペルカードを探しているようだが、そんな取りにくい所にしまってて本番では役に立つのだろうか。しかもお目当ての物は一向に見つからないらしく、


「あれ……あの紙どこやったっけ? こっちかな?」

「わ――わわわ、男の人の前でそんなカッコ駄目しちゃだってば!?」


 堂々とスカートを捲し上げて中を覗くチルノ。

 相方のはしたない行動に、頬を染めつつ慌てて壁になる大妖精。

 息の合った、実に良いコンビである。

 しばらくして、


「パンツの中にあった! さあ、さいきょーのあたいと勝負だ黒いの!」

「パンツに入ってたモンを人に向けるんじゃありませんっての。あと水を差すようで悪いけど、俺はまだスペルカードを作ってないから弾幕ごっこは出来ねーよ?」

「つまり戦わずしてあたいの勝ちって事ね!」

「わあこの子ったらすごいポジティブシンキング」


 しかし、最強とは。

 確かに妖精にしては規格外な力を秘めているようだし、ある意味では誰にも負けない強さというか雑草根性というか我が道を突き進んでますというか――ぶっちゃけスゴいバカだが愚劣なバカではない。

 ちゃらんぽらんモードの紫のような、からかい甲斐のある愛されるべきバカだ。


「その凍ってる蛙もお前さんの仕業かい?」

「そうよ! だってあたいは氷の妖精だもん! カエルだろーと何だろーと、あたいの冷気であっという間にカッチンコッチンに出来ちゃうんだから!」

「ほほう、大きく出たな。でもこの湖は無理だよなぁ?」


 挑発的な屍浪の言葉に、チルノは容易く乗せられる。

 意地悪な大人の企みに気付きもせずに。


「あたいの力を疑うの!?」

「口では何とでも言えるからなー、実際にやってもらわないと信用出来ないなー」

「ぬぎぎぎっ――ならこれはどーだぁ!」


 チルノのスペルカードが淡く輝く。

 氷符『アイシクルフォール』――空中で地団太を踏む彼女を基点とし、放物線と直線軌道を描いて放たれるいくつもの氷弾。それらが着弾した場所から湖はみるみる凍りついていく。紅霧が原因で薄ら寒くとも今は夏真っ盛り、日中はもちろん夜間でも氷が張るなどまずありえないはずだが、なるほど大きな口を叩けるに足る技能と力量は有しているらしい。

 やり遂げた顔で額の汗を拭うチルノ。


「おー、お見事お見事」

「ふふん、思い知ったか黒いの! やっぱりあたいがさいきょーだって――」

「でも俺が知ってる妖精だったらこの湖ぜーんぶ凍らせちゃうけどなー? やっぱりお前さんには無理なのかなー? 半分だけだしなー」

「むきーっ!!」

「それに氷が薄いなー。人が乗れるくらい厚くないと最強とは言えないよなー」

「コンニャロー!!」

「チルノちゃーん……」


 言っても無駄だと諦めたのか、大妖精も困ったように笑うばかり。

 再びパンツからスペルカードが発動。

 追加された大量の冷気によって水面を塗り潰すように凍結範囲が広がり、やがて対岸まで隙間なくピッシリと――霧の湖はワカサギ釣りでも出来そうな真冬と化した。幾重にも重なった氷の層は鉄板に負けず劣らずの分厚さで、注文通りの仕上がり具合に屍浪はうむ、と満足げに頷く。

 これなら橋の代わりには丁度良い。


「ありがとよ、おかげでぐるっと迂回しないで済みそうだ。お礼にキャラメルをあげよう」

「ふん、あたいはそんな物でばいしゅー……もご、はれはりはんはひはひんははら!」

「だったらせめて食べる前に言おうねチルノちゃん」

「ほい、こっちはお前さんの分な」

「あ、ありがとうです」


 大量のキャラメルを一気に頬張るチルノと、小さな口で一個ずつゆっくり食べる大妖精。

 勝ち気で天真爛漫な妹と、物静かで面倒見の良い姉――似たり寄ったりのちんまい背丈でも性格はまるで正反対で、人間や動物、妖怪と同じく確固たる個性があった。

 幼い頃の娘達を思い出し、懐かしくなって二人の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 青い髪はひんやりと冷たく、緑の髪は新芽のように柔らかい。


「ちょっと何すんのさー!」

「あうぅ?」

「ちょうど撫でやすい位置に頭があったんで、つい」


 チルノと大妖精の目線の高さに合わせて、屍浪は真面目な口調で言う。


「いいかいオチビさん達。向こうに見えるあの赤い館を中心に、もうすぐこの辺一帯が騒がしくなる。巻き込まれないよう何処かに隠れてじっとしてなさい」

「この変な霧のせいですか?」

「はいその通り。それをどうにかするための主人公ズがこれからやって来るんだが、マズい事にどっちも手加減って言葉を知らねーんだ。面白半分にケンカ売るとまず間違いなくボッコボコにされる。だから――」

「つまり! そいつらをやっつければあたいはもっとさいきょーになれるってワケね!」

「コラー青いの、ハナシ聞いてた? 主にお前さんに言ったつもりなんだけど?」


 大きめの氷塊の上でズビシッ! とポーズを決めるお馬鹿一名。

 この氷結系熱血幼女が大人しく身を潜めるなんて最初から思ってなかったが、こうも完璧にスルーされると呆れ果てて言葉も出ない。自分まで馬鹿の仲間入りした気分になってくる。


「ああもうチルノちゃんったら――ごめんなさい、大事な話なのに……」

「いやまあ、うん、大丈夫。気を付けなさいねって言いたいだけだし」


 全く霖之助といいチルノといい、今日は精神的に疲れる相手ばかりだ。

 とりあえず、きちんと耳を傾けてくれる大妖精に紅白のと白黒のが来たら注意するよう促し、もう一度だけ頭を撫でてやってから、屍浪は湖を覆うチルノの力作に飛び乗った。


「えと、が、頑張ってください!」

「次はケチョンケチョンにしてやるんだからねー!」


 二人に別れを告げて、ゆるゆると歩き出す。

 霊夢と魔理沙が動き出すまでまだ時間が掛かるだろう――それまでに館に住む面々と多少なりとも言葉を交わし、可能なら色々と調べる必要もある。

 今回の異変――紅霧異変。

 発生こそ紫と首謀者によってあらかじめ決定されていたものだが、その裏に込められた真意は境界を操る能力でも読み取るのは難しい。

 紫のメリットは、霊夢の力の誇示と新しい決闘法の普及。

 ならば、首謀者側のメリットとは?

 幻想郷を霧で包み込むだけで、その果てに一体何を得る?


「……もしかしたら、すごく面倒な事を引き受けちまったのかも知れねぇな」


 懐から煙草を取り出して火を点け、考えれば考えるほど増える疑念を紫煙と共に吐き出す。

 館に近付くにつれて濃くなっていく紅の魔力と血の臭い。

 屍浪にはそれが、これから起こるであろう狂劇の前兆に思えてならなかった。

おまっとさんでした。

四十一話目にしてようやく紅魔郷編に突入。

今回は序章というか前座ですね。

ただの弾幕ごっこで終わらせません、というか今回の異変で屍浪は弾幕ごっこはしません。しかし一番深くて重要な所に食い込みます。

独自設定、独自解釈タグの本領発揮ですよー。

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