第四十話 愛慕。優しいからこその災難
いやはや遅くなりまして。
最初は、隕石でも降ってきたのかと思った。
上空高くから唐突に、何の兆候も脈絡もなく――屍浪の目でもギリギリ捉えられるほどの速度で落下してきた黒い物体は、地面に衝突する直前に急制動を掛けたように見えた。
しかし、十分に乗った勢いは殺し切れなかったらしく。
ドッカーン!! と派手に轟音を立てて吹き飛ぶ境内。
橙は俊敏な動きで避けたようだが、不運だったのは紫である。
「キャーッ!?」
着弾地点のすぐ隣でニワトリの群れに埋もれていたため回避が間に合わず、爆発じみた突風と衝撃波のなすがままにされて宙を舞う。それだけならばまだ救いはあったのだろうが、緩やかな放物線を描いて落下していく――その先がどうにもまずかった。
博麗神社の入り口ともいえる鳥居を飛び越えて。
紫の眼下に広がるのは当然――風光明媚で自然豊かな幻想郷の全景と、屍浪に抱かれて上ってきた何百段あるかも不明な急勾配の石段。
屍浪が瞠目する先で逆さまに、細い煙の尾を引きながら。
ちょっと待ってと叫ぶ暇もなく、手招きする重力と慣性の法則に従い、聞く者が聞けば震えが止まらなくなるであろう少女姿の大妖怪は――
「へぐっ!? うに゛ゃ!?」
ああああああぁぁぁぁぁぁ…………と。
思わず耳を覆いたくなる痛々しい激突音を奏でつつ、さながら加速を重ねる転石のように、猛スピードで転がり落ちて遠ざかっていくのだった。
呆気にとられる屍浪と橙。
しかし事態は二人に硬直する暇すら与えない。
もうもうと立ち込める土煙を裂いて、クレーターの中から何者かが姿を現したのだ。
「やーっはっは! 霧雨魔理沙、ただ今参上だっぜ!!」
粗雑な口調とは裏腹に、凛と響く鈴のような声音。
ビスクドールを彷彿とさせる金髪金眼を惜しげもなく披露し、八重歯を覗かせる勝ち気な笑みが可憐な容姿に不思議と良く似合う。
リボンのついた黒い三角帽と白黒のスカートにエプロン、おまけに竹箒まで携えて――誰何の声を投げるまでもなく自ら高らかに名乗った少女は、一見していかにも魔法使いな衣装を身に纏っていた。
この魔女が空から降ってきた『何か』であると考えるのが妥当だろう。
大胆不敵、それとも暴虎馮河、あるいはただの無謀者というべきか。
油断し切っていたとはいえ、紫を余波で吹き飛ばすほどの速度と衝撃。にもかかわらず、魔理沙とやらの身体には傷らしい傷が見当たらない。せいぜいが土埃を被って汚れた程度だ。
魔理沙は箒を肩に担ぎ、
「いよーっす霊夢ぅ、今日も今日とて暇潰しに来たぜー……って、おお?」
そこでようやく、数少ない観客が見知らぬ白髪男と化け猫少女である事に気付く。
右手を上げたまま固まる魔法使いと、どうしたもんかと頬杖をついて思案する痩身長躯と他一名。機会を逃してどうにも動けずにいる二人――いや三人に呆れたのか、やる気のなさそうなカラスの鳴き声が遠くから聞こえてくる。
「……ははーん?」
先に再起動したのは魔理沙の方だった。
まるで名探偵のごとく小さな顎に手をやり、得心がいった顔でニヤリと笑う。竹箒を振り回して華麗にポーズを決め、指をビシリと突きつけながら、
「その真っ黒な格好は……どう見ても泥棒だな! このバチ当たりめ!」
他人の事を言えない格好だと自覚しているのだろうか、この娘は。
「まあ、真っ黒けなのは仰る通りですがね――それはお前さんだって似たようなもんだ。そもそも初対面の相手を見てくれだけで判断するってのもどうかと思うぜ、お嬢ちゃん」
「いやいや私の勘は良く当たるんだ。下駄で天気占えば驚異の的中率百パーセント!」
「魔法使いならせめて水晶とかカード使って占いなさいよ」
よりにもよって下駄て。しかも確率二分の一。
どうだ恐れ入ったかと胸を張る魔女娘から、やけに静かで大人しい橙に視線を移す。地面に猫らしく四つ這いで伏せたままの彼女は、尻尾をピンと立てて魔理沙を警戒しているようだった。人懐っこい性格の橙にしては珍しい。
「さあさあさあ、今回はほんの出来心って事で見逃してやるからさっさと逃げた方が身のためだぜ? ご覧の通りこの神社はボロっちくて金目の物なんざこれっぽっちもありゃしない。おまけに住んでる巫女がこれまた口より先に手が出るタイプで被害者は星の数ほどいるんだ。かく言う私だってそりゃあもうヒドイ目に遭わされたもんさ」
「……参考までに聞いとくが、一体何やったんさね」
「いやあ、供え物のお神酒をつまみ食い――あ、つまみ飲みか」
「お前さんの方がよっぽどバチ当たりじゃねぇか。あと子どもが酒飲むな」
お酒は二十歳になってから。
この男、妖怪のクセに妙な倫理観と常識を持っているのだ。
「にひひひひ。固い事言うねぇ、まるで私の親父様だ」
「そりゃまた気が合いそうなとーちゃんですコト」
ただいま絶縁中ってやつだけどな、と魔理沙は言う。
三角帽を被り直し、弧月形の笑みを深めながら彼女は、
「さて……そろそろホントに失せなよ不審者さん。泥棒は一人見つけたらあと三十人はいるって言うくらいだし、もしかしたら季節外れの大掃除をしなきゃならんかもだからな」
「確かにしぶとさだけはゴッキー並みだと自覚しちゃいるが……やれるもんならやってみなさい魔法使いのお嬢ちゃん。こう見えてオッサン結構強いのよ?」
売り言葉に買い言葉。
ゆらりと立ち上がる長躯の狂骨だが、勿論この小さな魔法使いに危害を加えるつもりなど毛頭ない。それでも誤解を解かず敢えて付き合う理由があるとするならば――魔理沙が当初に述べた来訪目的と同じく、やはり屍浪にとっても良い暇潰しになるという事なのだろう。
と、その時。
両者の間に割り込む影があった。
言うまでもなく飛び込んで来たのは橙であり、両手を大きく広げたまま屍浪に背を向けて――さながら屍浪を守る盾のように、魔理沙の前に立ち塞がって彼女を睨み付ける。
そして、
「お父しゃんはドロボウなんかじゃない!!」
お――
「「お父さん!?」」
「あっ……」
唐突な『お父さん』発言に度肝を抜かれた屍浪と魔理沙。
けれど、それ以上に取り乱しているのが橙だ。
密かに芽生えていた心情というか本音というか――もののはずみで咄嗟に口から零れ出た台詞を、よりにもよって屍浪本人にはっきりと聞かれてしまった。その尋常ならざる恥ずかしさたるや、学校で、しかも級友の前で担任教師を『ママ』あるいは『パパ』と呼び間違えた時の羞恥レベルに匹敵する。
屍浪の方からは橙の小柄な後ろ姿しか見えないが、頭頂部から吹き出る湯気は視認出来た。髪の合間から覗くうなじもトマトのように赤い。
取り出したるは一枚のカード。
「………………き」
「き?」
「――鬼神『飛翔毘沙門天』っ!!」
「うぉーい!? 勝手に自爆したと思ったらいきなりスペカかよ!?」
弾幕から逃れるため、魔理沙は箒にまたがり空を翔る。
橙も羞恥心で赤らんだ顔のまま諸悪の根源を猛追し、一人残された屍浪はといえば、魔理沙が口にした『スペカ』なる謎単語に首を捻りつつ再び縁側に腰を下ろすしかない。
神社の真上、青空に咲く色鮮やかな弾幕の花。
純粋な妖力の塊を雨霰と放つ橙に対して、魔理沙は星型の弾の他に小瓶のようなマジックアイテムや手の平サイズの八角形の武器で応戦する。
構図自体はかつて目の当たりにした諏訪神奈コンビの戦争に近しいものの、そこに明確な殺意は一切感じられず、どちらかといえばスポーツ的な意味合いが強いように思えた。
「……血生臭いのはあんま好きじゃないから良いんだけどね」
戦っているのが少女達だから尚更だ。
昼空を彩る花火――趣のある光景をぼんやりと眺める屍浪。そんな彼の膝の上に、忘れてはならないけれど何故か忘れられてしまう少女が帰ってきた。
「おや、おかえり」
「………………」
無言が怖い。
でろんっ、とスキマから吐き出されるように転がり現れた八雲紫は、それはそれはもう悲惨としか言い表しようがなく――流石の屍浪もかけるべき言葉が見つからない。
ぬかるみにでも突っ込んだのか、衣服は泥塗れで破れも目立つ。陽に照らされて輝いていた金の髪には蜘蛛の巣や木の葉が絡まり、数本の折れた枝が針山のように帽子に刺さっている。
「一番……下まで行っちゃったのか?」
「ぅ……」
小さな呻きと共に返ってくる頷き。
屍浪は枝を丁寧に抜いてやり、
「……いつか良い事あるさ。そのうち、多分、きっと、まあおそらく」
涙と鼻水で湿り気を帯び始めた着流しの感触に辟易しつつも、ちょっとばかり残念過ぎる愛娘の頭を撫でてやるのだった。
◆ ◆ ◆
「あ、屍浪お祖父ちゃんが紫を泣かせてる。……手伝う?」
「どうして真っ先にンな選択肢が出るかねお前さんは」
「だって、紫が泣く時って大体が自業自得なんだもの」
「……否定はせんけど今回ばかりは完全にとばっちりだからな?」
博麗霊夢が煎餅の袋と屍浪の分の茶を持って部屋に戻ってみると、ニワトリの群れ――というか霊夢の召喚した紙兵と橙に遊ばれていたはずの紫が、どういう訳か全身泥塗れの状態で屍浪に膝枕されて泣きべそをかいていた。普段はあれだけ大人ぶって胡散臭い話し方だというのに、屍浪の前では大きな子どもにしか見えなくなるから不思議で仕方ない。
やっぱりさっき来た魔理沙と何か関係あるのかしら、とさして深く考えもせず、呆れた表情を浮かべる屍浪の隣に腰を下ろす。
紫の身に起こった悲劇については――まあ興味はなくもないが、彼女がうっかりミスでヒドい目に遭う事自体は珍しくなかったのでとりあえず放置しておく。
「泣きっ面に鞭とか言うわよね」
「蜂だ、蜂。言葉の響きが似てるだけで追い打ちの度合いが段違いだからな?」
「踏んだり蹴ったり悶えたり悦んだり」
「それ、踏まれた側が悦ぶか踏んだ側が悦ぶかでニュアンスが真逆になるぞ」
馬鹿な会話を進めている間も、頭上では弾幕が絶え間なく飛び交う。
全く、魔理沙といい橙といい傍迷惑にもほどがある。
まだ流れ弾の被害こそ出てはいないものの、何時拝殿や母屋に飛び火するか分からないのだ。境内に残されたクレーターが博麗神社の末路を暗示しているようで気が気じゃない。
「ヒトん家の空で派手に暴れてくれっちゃって……あの二人は止めらんないの?」
「簡単じゃあなさそうだな。白黒嬢ちゃんはともかく橙の嬢ちゃんは頭に血が上っちまってる。こっから呼んだとして聞く耳持ってくれるかどうかも怪しいトコだぁね」
「近くまで飛んでけば?」
「オジーチャンは飛ぶのがとっても苦手なの。年だから」
「年は関係ないと思うけど……」
煎餅と湯飲みを屍浪に渡して、霊夢は境内に下りる。
何にしても、このままでは遅かれ早かれ屋根に大穴が開く。屍浪が動こうとせず紫も使えない以上、家主である自分が止めるしか手っ取り早い解決策はなさそうだった。
全く……金にならない事は極力しない主義だというのに。
一つ嘆息し、脇なしの袖からスペルカードを引っ張り出す。別に異変ではないのだから、一枚あれば十分お釣りが来るだろう。
「――神技『八方鬼縛陣』」
地面についた手を基点として展開される高エネルギーの円柱結界。それはもはや弾幕というよりも連続する爆発の奔流で――
「ぬわーっ!?」
「ふみ゛ゃーっ!?」
相手に集中し切っていた魔理沙と橙を不意打ち気味に、足元からいとも容易く呑み込んだ。光が消え去った後には黒コゲの二人だけが残り、ぼてぼてんっ、と仲良く地面に落ちる。
それを見届けた霊夢は満足げに腰に手を当てて屍浪に向き直り、
「はい、片付いた。頑張ったからお小遣いちょーだい?」
孫な立場を利用してちゃっかり臨時収入を所望する。
これくらいの強かさがなければ博麗の巫女は務まらないのだ。
◆ ◆ ◆
「しっかし旦那も人が悪いよなぁ。霊夢のじーちゃん代わりだって最初に言ってくれてたら私も泥棒扱いなんてしなかったんだぜ?」
「あの状況で俺が素直にそう言ったとして――お前さん信じたか?」
「うんにゃ全然。旦那すっげー怪しいし」
魔理沙は頭上ではっきり言い切った。知り合ったばかりの相手に悪びれもせず堂々と、まるで不審な格好をしている屍浪の方に責任があると言わんばかりに断言した。
だろうねぇ、と屍浪も苦笑を返す。
魔理沙の反骨精神旺盛な言動はむしろ潔いほどに我が道を行くもので、子どもは子どもらしくそれなりに身勝手な方が良いと考える狂骨の目にはとても好印象に映った。
出会った当初のぬえとも異なるその挑戦的な態度。
邪魅に負けず劣らずのひねくれ具合。
紫や幽香は元より、やんちゃな萃香や勇儀でさえも屍浪の前では素直な良い子になる。その弊害という訳でもないのだろうが、とにかく魔理沙の振る舞いに新鮮味すら感じてしまう。
「どうでもいいけど魔理沙、アンタ何時まで屍浪……さんの頭に乗ってるのよ」
「そりゃモチロン私が飽きるまでだぜ?」
隣を歩く霊夢が言うように、霧雨魔理沙は飛ぶでも肩車されるでもなく、文字通り本当に頭の上――屍浪の頭頂部に靴を脱いだ状態で状態で立っていた。しかも、両足ではなく片足を交互に入れ替えての爪先立ち。常日頃から箒にまたがっている賜物なのか、どうやら彼女のバランス感覚は体操選手も真っ青な域にまで達しているのらしい。
「霊夢……もしかしてお前もやりたいのか?」
「いい加減にしなさいって言ってんの。いくら屍浪さんが怒らないからって、ウチを出てからずっと乗りっぱなしじゃ流石に無理あるでしょうが。私の貴重な収入源なんだから大事に扱いなさい」
最後の余計な一言がなければ、祖父の身を気遣う優しい孫のままでいられただろうに――もっとも、霊夢なりの照れ隠しの可能性も否めないが。
それが分かってるのかいないのか、魔理沙は屍浪に矛先を移して、
「聞いたか旦那、今のがこの守銭奴巫女の本性なんだぜ? 現金な奴だろ?」
「上手い事言ったつもりか」
毒キノコが群生する深緑の森。
歩を進めるのは屍浪と霊夢と魔理沙のみ。
紫と橙も同伴を望んだが、それは何処からともなく現れた藍によって阻止された。橙はありもしない傷の治療を名目に、紫は未だに山積みの仕事を片付けなければならず――藍の呪い殺さんばかりの視線を受けた屍浪が説得して、渋る二人にどうにか帰宅を促したのだった。
あの九尾の事だ、おそらく当分は橙を屍浪の自覚のない毒牙から遠ざけるだろう。親馬鹿というか過保護というか――気持ちは分からなくもない。
「……にしても、何度来ても相変わらず陰気な場所ね。薄暗いしジメジメしてるし瘴気は濃いし、鬱陶しいったらありゃしない」
「おいおい霊夢、言葉を慎んでくれよ。私はその陰気で薄暗くてジメジメしてて鬱陶しい場所でオハヨウからオヤスミまで毎日こなしてるんだぜ? ま、瘴気がいつもより濃いのは確かだけどな」
屍浪の頭からくるりと飛び降りて、魔理沙は手で何かをあおぐような仕草をする。
魔法の森は人間はおろか、妖怪でさえも滅多に立ち入らない区域なのだという。毒胞子が過密に充満した森林一帯は生活に不向きであり、瘴気と幻覚がもたらす副作用――魔力を高める効果や、森の静けさそのものに目をつけた物好きでもなければ定住したりはしない。
魔理沙の話によれば、その物好きが彼女を含めて三人も住んでいるらしいが。
「もしかして……瘴気が濃くなったのは昨日の夜からだったりするか?」
「んー、そう言われるとそうかも。何か心当たりでもあるのか旦那?」
「心当たりっつーかそもそもの原因が俺にありそうっつーか。いやはや何ともまあ……機嫌がすこぶる悪そうだねぇあのお嬢さんも」
ご機嫌ナナメな彼女。
その分身体である鞘と柄を愛おしそうに撫でて、屍浪は正面を――陽の光すらも包み隠して暗闇を生み出す濃緑の群体を見据えた。
思い出されるのは、かつて繰り広げた命の削り合い。
あの時のような敵意はない。退屈しのぎの殺意もない。ただ唯一、子どものように幼稚で慎ましやかで可愛らしい嫉妬だけが感じ取れる。
「よくよく考えてみりゃあ……アイツにも結構心配かけさせてんだよな」
「――なら少しは儂の気持ちに応える素振りくらい見せんかい!!」
どうやら、今日はよくよく誰かが降ってきたり落ちてきたりする日であるらしい。
怒り心頭な声がした方向――樹上に目をやる余裕すらなく、頭から勢いよく押し潰される屍浪。後頭部に強かに突き刺さったのは彼女の膝か。視界いっぱいに苔生した地面が広がり、鼻腔に湿り気を帯びた土壌の香りが流れ込む。
顔面をめり込ませたまま屍浪は呻くように言う。
「よう邪魅、なんか久し振りな気もするけど昨日振り」
「ああ昨日振り! そのたった一日の間にお主は一体何人の女と一緒にいた!? あのチビ兎や紫だけじゃ飽き足らず九尾に化け猫娘に魔理沙に博麗の巫女まで! し、しかも風呂まで入りおった挙句に添い寝とか、そりゃ永琳も怒りますよね!? 儂だってあんな優しい言葉かけられた事ないぞ!? そぉんなに儂らの乙女心を弄ぶのが楽しいんかこの不埒者ー!!」
「何かスゴイ話してるけど私達まで頭数に入れないで欲しいわね」
「今は口を挟まない方がいいぞ? ああなった邪魅ママは誰彼構わずだからな」
祖父への蛮行を止めるべきか迷う霊夢と、犬も食わないとばかりに傍観を決め込む魔理沙。
そんな少女らを尻目に、フライング・ニー・ドロップを決めた邪魅は屍浪の頭をこれでもかと踏み続ける。傍から見れば浮気性の懲りない夫とそれを折檻する妻――いささか過激ではあるが何処にでもありそうな夫婦喧嘩の図だ。誰と誰が夫婦だと若干名からクレームが届きそうだが、その辺の事情に疎い霊夢と魔理沙の目にはそう映ってしまうのだから仕方がない。
「……馬鹿馬鹿しくなってきたし、今日はもう帰るわ」
「なら私もお暇するとしようかねー」
ただの痴話喧嘩かと締めくくり、紅白と白黒の少女二人はくるりと踵を返す。
「おい孫、じーちゃんピンチだから何とかしてくれ」
「この流れだと『止めておばーちゃん!』とか言っちゃいそうだけどそれもいい?」
「ああ、それは駄目だ絶対にアカン。踏み砕かれて新しい頭蓋骨探さにゃならなくなる」
「それじゃ一人で頑張って。今度神社に来る時もお土産とお賽銭よろしくー」
「そんじゃあな旦那ー。生きてまた会えたら私のオススメスポットを紹介してやるぜ」
言うが早いか、霊夢はふわりと浮かび上がって森の外に、魔理沙は箒を担いで意気揚々と森の奥へ――それぞれの自宅へと帰って行くのだった。
一方で、後に残された屍浪と邪魅はというと――
「だぁれがお婆ちゃんじゃああああっ!!」
「少なくとも乙女ってぇ単語が似合う年じゃねぇよな――ってこれ前にも」
「粛清ー!!」
「ぶほぁ」
結局。
泣き喚きに近い女の声と不気味な打撃音が、翌日の朝まで続いたそうな。
誤字脱字の報告などいただけるとありがたいです。
次回から紅魔郷に入ります。