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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
冬期番外編
42/51

特別編 聖夜。夢見る少女と白黒サンタ――後編

はい、滑り込みアウトー!


遅れてすみません!


予告通りに投稿できない私って……。

 地底世界――旧地獄にも温泉が存在する。

 灼熱地獄跡地がある分、おそらく数は地上よりも多いかもしれない。

 景色が良かったり効能の高い湯は必然的に地底の住人達の目を惹く事となり、金のなると踏んだ幾人かがそれらを囲うようにして湯屋を営んでいる。

 挨拶代わりに喧嘩するような、血の気の多い妖怪ばかりが集まるこの地底。こさえた生傷を癒すためと、ついでに宴会もしようと訪れる客で湯治場は大盛況――正に濡れ手に粟の状態なのだ。

 もっとも。

 別に湯屋なんぞ建てなくともあちらこちらで勝手に湧いているのだから、繁盛している湯屋の経営者はかなりの運と経営手腕を持っているという事になるのだが。

 そしてその他にも、金目的ではなく道楽として湯屋を開く者がいる。

 その人物とは誰あろう、鬼子母神――薬師尼ざくろだ。

 彼女が住まう妓楼風の屋敷は旧都全体を見渡せる高所にあり、併設された自慢の露天浴場もまた、それらを一望出来る絶景スポットとして有名なのであった。

 しかしその絶景を拝めるのは屈指の実力を持つ萃香や勇儀、地霊殿の主である古明地さとりなど、ざくろに認められたほんの一握りの妖怪のみ。

 そもそも彼女の屋敷は完全な女所帯で、風呂も当然男子禁制。一般開放と謳ってこそいるが、使用人以外で入る事を許された者は両手の指よりも少ないだろう。

 それでも不平不満が出ないのは、ざくろの人望の厚さ故か。


「……今更なんだが、お前さんら勘違いしてないか? 別に今日は俺が何でも言う事を聞く日って訳じゃねぇんだぞ?」


 さて。

 どんな決まり事にも例外は存在する。

 女性でも使用人でも、ましてや地底の妖怪でもないくせに堂々と風呂場にいる男。

 たすき掛けをした屍浪サンタは現在、木椅子に座る萃香の頭をわしわしと混ぜるように洗ってやっている最中だった。もちろん萃香は素っ裸である。

 旋毛の周辺を指先で軽く掻いてやると、双角の鬼娘はくすぐったそうに身を揺らす。


「小父貴、くすぐったいよー」

「我慢しなさい、男の子でしょ」

「女だよ!?」

「危ねぇっ!?」


 振り返った萃香の右角が鼻先を掠り、それをどうにか回避出来たと油断してたらシャンプーの泡が追い打ちのように屍浪の目に突撃してエビ反り姿勢でグギャア!?

 本当に何をやっているのだろう、と湯を溜めた桶の中に顔を突っ込みながら思う。自分はプレゼントという名の酒を届けに来ただけなのに。

 充血して涙目な屍浪の様子を見て、クスクスと控えめな笑い声が上がる。


「フフッ、屍浪様が来てくれると賑やかになっていいですねぇ」

「俺が来ようと来まいと、地底の連中は年がら年中お祭り騒ぎだろうがよ。……ほれ萃香、泡流すから目ぇ閉じてろ」

「うにー」


 屍浪は決して声がする方を――勇儀と一緒に岩風呂に入るざくろを見ようとはしない。

 余計な誤解を生む口実を与えたくないからだ。

 うっかり彼女の裸体を見ようものなら、それはもう心底楽しそうな顔で根も葉もない噂を流されて、最終的には『屍浪様の方から一緒に入ろうと熱心に誘ってきたんです』とかそんな感じの悪夢が幻想郷中に蔓延してしまうのだ。そうなったら屍浪は物理的に抹殺される。確実に。

 ざくろは屍浪の差し入れた酒を一口飲んで、


「ふぅ……地上のお酒も中々いいものですね。私達がいつも飲んでいるのよりは弱いですけど、舌触りがなめらかで美味しいです」

「鬼の舌を満足させるような代物なんざ、そう簡単に見つかるもんじゃねぇからな。色々と探し回って、結局俺が一番好きな銘柄になっちまった」

「それでも私達にとっては格別のお酒ですよ。勇儀も飲みますか?」

「いっ、いや私は今は――その、いい……」


 普段の勇儀なら一も二もなく酒杯に飛びついていたのだろうが、今の彼女は借りてきた猫のように大人しい。起伏の激しい肢体を出来るだけ湯船に沈めて、プクプクプク……と泡を作る。その顔はまだ飲んでもいないの真っ赤に染まり、目だけが屍浪の背を忙しく追っていた。

 ざくろは愛娘の初々しさが可愛くて仕方がないらしく、入った時からずっと、事あるごとに勇儀に話を振って彼女の反応を楽しんでいるのだ。


「そーいえばさ小父貴、もう全部配り終えたの?」


 勇儀と比べて、萃香は恥ずかしがっている様子はない。

 小柄で凹凸の少ない裸体を惜しげもなく屍浪に晒し、さらには『昔みたいに頭を洗ってほしいなー』と頼んでくる始末。父親代わりとはいえ異性の前であっさりと、あまりにもあっけらかんとした態度でいるため、ざくろも萃香をからかうような真似はしなかった。その分のしわ寄せが災難となって勇儀に降りかかっている訳なのだが。


「んー? 白玉楼の嬢ちゃん達には洋菓子の詰め合わせと砥石だろ? ブン屋と犬っぽい天狗の娘っ子らにもカメラのメンテ道具とかマフラーとか。此処に来る途中で寺によってぬえと――あとは河童娘やら土蜘蛛娘やら嫉妬娘やら桶娘やらに渡したっけな。にしても萃香……」

「? 何さ?」

「お前さんって全然背ぇ伸びないのな。むしろ縮んだ?」

「んなっ!? ち、縮んでなんかないやい!」

「でも、ちっちゃい方が可愛くて私は好きですよ?」

「ちっちゃい言うな! 私だってそのうち母さんみたいになるんだから! ほら見て勇儀だってあんなに背が伸びて胸だって――って、あれ?」


 萃香がきょとんとした顔を浮かべたのと同時、着流しの袖をくいくいと引っ張られる。ざくろを視界に入れないようにしつつそちらを見やれば、立っていたのはタオルでしっかりと身体をガードした勇儀。しかも驚いた事に――既に見慣れてしまった光景だが――その身体は五、六歳程度にまで縮んでしまっていた。

 何なのか。何なのだろうか。

 とりあえず、


「……大人気だな、金平糖」


 言いつつ、そのちっこい頭を撫でてみた。

 妙に懐かしい感触がした。



 ◆ ◆ ◆



「と言うかさ、俺に頭を洗ってもらうだけなのに、なしてわざわざちっちゃくなるかねキミは?」

「屍浪様、それを聞くのは野暮と言うものですよ?」

「そういうもんかねぇ」

「ん~♪」


 泡にまみれた真っ赤な顔で、それでもにへらぁ、と満足げに笑う小さな勇儀。

 そこから少し離れた鏡の前では、


「どうして背は伸びて胸だけおっきくならないのさー!?」


 一縷の望みを抱いて、そして無慈悲な現実に打ちひしがれる萃香の姿があったそうな。


「でもスラッとしてて綺麗ですよ、萃香」

「スレンダーってやつだな」

「嬉しくないやいっ!」



 ◆ ◆ ◆



 永江衣玖は雲の中に住んでいる。

 春だろうと夏だろうと秋だろうと冬だろうとそれは変わらない。たとえ雷光渦巻く入道雲であっても、彼女の能力があれば平原に立っているのと同じになる。

 なので幻想郷が真冬に突入した現在も、彼女は何事にも動じる事なく、冷たい気流が荒れ狂う雲の中を茫洋と漂い続けていた。


「――ぁぁぁぁぁ……」

「……?」


 知り合いの声が聞こえたような気がして、衣玖はキョロキョロと辺りを見回す。

 探しながらも、まさかと思う。

 冬の妖怪でもなければ好き好んでこんな凍える豪風の世界には来ないだろうし、そもそも『彼』は飛ぶ事が壊滅的に苦手なのだと自分で言っていた。


「……ぉぉぉぉおぁぁぁあぁあぁあ――」


 だけどやっぱり声がする。

 風の音に紛れて、しかし確かに聞こえてくる。

 怪訝に思う衣玖の目の前を、


「ああああああああああメリークリスマあああああああああああぁぁぁぁ――」


 ――ぁぁぁス! と。

 凧のようにも見えた何かが、叫びながら凄い勢いで通り過ぎて行った。

 手には何時の間にか綺麗に包装された箱が。

 周囲の気流を調整して無風状態を作ってから箱を開けてみると、中に入っていたのは純白の花嫁衣装と一枚のカード。

 カードには『リクエスト:イクさんにウェディングドレス』と書いてあった。

 いや、プレゼントは嬉しいのだけれど、


「……相手がいないですよ?」


 その呟きは屍浪には聞こえない。

 何故ならば、


「ざくろを信じた俺が馬鹿だったあああああああっ!!」


 風速百メートル以上の暴風に吹き飛ばされている最中だから。



 ◆ ◆ ◆



「それで、どうしておじさんは凧に乗って落ちてきたの?」

「……色々あったんだよ、色々とな。それよりホレ、お前の分」


 屍浪が墜落したのは太陽の畑。

 幸か不幸か、次の目的地が此処であったため、そのまま幽香の家で傷の手当てを受けながらプレゼントを渡す事にする。

 幽香への贈り物――手の平に収まるほどの小さな包み。

 他のプレゼントに比べると大きさで多少見劣りするかもしれないが、彼女のリクエストの内容が内容だっただけに、いざ包んでみるとこの程度の大きさで済んでしまった。


「わぁ……さっそく開けてもいい?」

「どーぞ」


 包みの中身は数種類の花の種だ。

 如何にも幽香らしい選択だとは思うが、良かった良かったとそう簡単に事が進まないのが屍浪と娘達の日常なのである。

 数個の植木鉢に種を落とし、幽香の能力で瞬く間に花が咲く。


「これが鈴蘭でこれが石楠花、これは水仙、これは彼岸花、これは蓮華躑躅。あとは鳥兜に夾竹桃ね。どの子も綺麗でしょ?」

「ああ、まあ確かに綺麗だな……花はな」


 生命が眠る冬の世界に色とりどりの花が咲き乱れる様は、実に見事で幻想的ではあるのだが、その光景に反して屍浪の心はずっしりと重苦しい。

 その訳とは、


「なあ、幽香」

「なぁに?」

「何でお前さんが頼んだ花はどれもこれも“毒花”なんでしょうか?」


 トリカブト、レンゲツツジ、キョウチクトウ。

 いずれも誰もが一度は耳にした事がありそうな猛毒の花達だ。その他の花も、名前こそ一般的だが食べると重い症状が出るものばかり。


「…………あら。あらあらあら」


 幽香は嗤う。

 ケラケラと、クスクスと、面白くもないのに無理矢理に笑っているかのような、人形めいた表情を張り付けたまま笑い続ける。そして、ギロリと赤い瞳で屍浪を睨んで、


「だって……おじさんったら他の女とばっかり一緒にいるんだもの。私には可愛い花達がいるけど、それでも一人は寂しいのよ? だから、みんながいなくなれば――」

「分かった分かった、何しでかすか想像ついちゃったからみなまで言わんでいい! つか怖いから止めなさいねその笑い方! これからはなるべく遊びに来てやっから、な!?」


 その後どうにか説得して、むくれた猫のように擦り寄ってくる幽香の相手をしながら、やっぱり届けなければ良かったかなぁと屍浪はほんの少しだけ後悔した。



 ◆ ◆ ◆



 もうすぐ夜明けになろうかという頃。

 永琳が自室で書き物をしていると、戸を小さく叩く音が聞こえてきた。

 誰何の声を発する事もなく、入口に歩み寄って戸を開ける。

 廊下に立っていたのは、彼女が待ち続けていた人物で、


「……いらっしゃい」

「とりあえず、ただいま」


 そう返して、屍浪は永琳と正面から抱き合うようにして倒れ込んだ。

 長身の屍浪に押し倒されそうになり、それでもどうにか永琳は抱き支えようとする。

 細くもゴツゴツとした身体はすっかり冷え切っていて、彼がどれだけ少女達のために走り回ったのかがよく分かった。

 彼の首元に顔を埋めて、永琳は訊く。


「……全員に渡せたの?」

「まあ何とか。さっき輝夜と鈴仙とてゐの枕元に置いてきたので最後だ。しっかし、かなりキツいわこれ。来年もやってとか言われたら正直泣きそうよ俺」

「でも、きっと断らないんでしょ?」

「……断らないんだろうなぁ」


 気怠げに、しかしはっきりと言う屍浪の頭を、永琳は優しく抱きしめた。

 彼はきっと、自分や他の娘達からプレゼントを渡されたとしても受け取ろうとはしないだろう。それは拒絶の表れなどではなく、ただ単に――照れ臭いから。

 妖怪らしく、そして人間臭く生きている奇妙な男。

 そんな屍浪が、永琳はとても愛おしい。


「ああそうだ永琳サン、手ぇ出して」

「……?」


 差し出した手の上に、ぽとりと小さな箱が落とされる。

 そのケースは明らかに外の世界で作られた一品で、フタを開けると――銀色に光るシンプルなデザインのリングが一個だけ、丁寧に飾られていた。


「えーと、ずいぶん遅くなっちまったけどメリークリスマス?」

「……薬指に入らないわ」

「小指のサイズで買ってきたからねぇ。そういうのはまだ、俺らにはちょっとばかし早いでしょ。まあ今回のは、日頃のご愛顧に感謝を込めてって事、で……」


 永琳は、仕方なく左の小指に嵌めたリングを見て。

 それからとても幸せそうな顔で、


「………………ばぁか」


 と。

 もう一度、寝息を立てる大好きな男を、優しく優しく抱きしめた。



 ◆ ◆ ◆



 おまけ。


「………………どうしておじさんは来ないのかしら!?」

「おそらく忘れているのかと。誰かさんがうっかり自慢げに口を滑らせたせいで大忙しでしょうからねぇ。それに、こちらから迎えに行かなければウチには辿り着けないですし。あ、橙はちゃんと貰ったようですよ、プレゼント」

「おじさんの馬鹿ーっ!!」


 すっかり忘れ去られてしまった妖怪の賢者。

 夜が明けて、半ベソの彼女が惰眠を貪る屍浪に会いに行ってようやく。

 あ……、と彼は忘れていた事に気が付いたのだった。

アンケートに答えていただいた方々、本当にありがとうございました。


次から新章、ようやく舞台は幻想郷に移ります。


お楽しみに。

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