特別編 聖夜。夢見る少女と白黒サンタ――前編
冬期特別投稿作品です。
予約投稿すると言いつつ遅れた事にゴメンナサイ。
理由は後書きで。
これは、ほんの少しだけ未来のお話。
◆ ◆ ◆
幻想郷にも冬が来た。
何時ぞやの異変のように傍迷惑に春を奪われた訳ではない。
時間の流れゆくままに訪れて、そして去っていく眠りの季節だ。
昼夜を問わず深々と雪が降り積もり、一面の銀世界へと変えていく。
人里では子ども達が雪合戦や雪だるまを作って楽しそうに笑う光景が広がり、妖怪の山でも椛が喜んで庭を駆け回ったり橙が炬燵で丸くなったりしている。
それは魔法の森であっても同じ。
「クリスマスなのじゃ」
「…………」
「Christmasなーのじゃー!」
「無駄に発音良いなオイ」
森のほぼ中心に位置する邪魅の庵。
今日も今日とて唐突にワケのワカラン事を言い出した残念美人邪魅さん。本日も大人バージョンな彼女はいつも(無駄に)元気です。
もう慣れてしまった相棒の奇行に、紅魔館から借りた本を読んでいた屍浪が渋々ながらも顔を上げる。
ちなみに本のタイトルは『世界の迷信・俗信事典』だ。今は人の身であるとはいえ、妖怪がそんな中高生の自由研究にでも使いそうな本を読んでどうしようというのか。開いてあるのが『黒いサンタ』のページなのも何らかの悪意を感じる。
ともあれ。
「屍浪よ、今日は何の日か知っておるか? ――そう、クリスマスじゃ!」
「まだ何も言ってねぇですけど……」
「という訳で、ホレ!」
『さあ!』という掛け声が似合いそうな勢いで邪魅が両手を差し出してくる。その意味が分からない屍浪も『さあ?』と言いたげな顔で首を傾げる。
どうやら両者の間には明確なズレがあるようだ。
「ふっふっふ、照れるでない、照れるでないぞ屍浪。十日も前から紫が事あるごとに、これ見よがしにクリスマスの話をしておったのだ。それを聞いてプレゼントを用意しないお主ではあるまい? さあ寄越すのじゃすぐ寄越すのじゃ! じゃないとお主をプレゼントにしちゃうぞ!? むしろさせろ!」
「意味分からんけど何か怖っ!?」
どうどうどう、と迫る邪魅の肩を足裏で押さえて、屍浪は着流しの袖からある物を取り出す。それは小さくて細長い木製の箱で、刻印されているのは人里にある呉服屋の屋号。邪魅もたまに訪れる、人妖問わず評判の高い店のものだった。
「根無し草の贈り物だからあまり期待すんなよ?」
「おおー!」
中から出て来たのはべっ甲の簪だ。
桜の花が金箔で描かれているそれは一目で高価なものと分かる代物で、矯めつ眇めつする邪魅の顔も綻んで喜色満面の笑みを浮かべている。いそいそと鏡台の前に向かい、手早く結った髪に簪を挿してその場でクルリと一回転。
「似合うか、似合うか!?」
「似合わんもん買った覚えはねーやね」
「そうかそうか! ……にゅふふふ」
口元を両袖で覆って笑いを漏らす邪魅だったが、
「……さぁてと。渡すもん渡したし、俺もそろそろ出掛けるとするかね」
「何ぃ!?」
その言葉を聞いて愕然とする。
どうやら今日は一晩中一緒にいられると思っていたらしく――彼女に構わず支度を始めた屍浪の背中に引っ付いて、そのままガクガクと揺さ振り始めた。
その気になれば鬼子母神と張り合えるほどの腕力でこれでもかと揺さ振りを掛けられているのだから、屍浪としては堪ったものじゃない。
「ちょっとコラ落ち着け! 首がもげる!」
「何故じゃ、どうしてじゃ!? ここからが面白くなると言うのに! ハッ――さては別の女でも出来たなコンチクショー!」
「そんな後ろから刺されそうな事せんて……。それと、文句なら俺じゃなく紫に言いなさいよ。あのお馬鹿さんがまーたうっかり口を滑らせたせいで、俺は今から幻想郷中をあちこち回ってガキ達に届け物をせにゃならんのだから」
じゃ、と。
邪魅を引っぺがした屍浪は怒りに震える彼女を残して庵を出た。
未だ降り続ける雪の中、耳を塞いだ隻腕剣士の背中に、
「……あぁんの馬鹿娘がああああああぁぁぁ!!」
この日のために色々と準備していたであろう乙女の怒号が突き刺さった。
くわばらくわばら。
◆ ◆ ◆
「……ねえお姉様、今日本当に小父様来るのかなー?」
頬杖を突き、何処となく不安そうな表情で窓の外を眺めるフランドール。その真紅の瞳は紅魔館の広い敷地の先――正面の門に向けられている。
鉄の門扉は固く閉ざされたまま。
フランはそれが開くのを今か今かと待ち望んでいるのだ。
来客――つまりは屍浪が来るのを、ドキドキしながら待っているのだ。
ワイングラスを回すレミリアはそんな妹を可愛らしいと思う反面、妹のように素直になれない自分にほんの少しばかりの嫌悪を抱く。
だからちょっぴり意地悪く、
「そうねぇ……もしかしたら来ないかも」
「ええ!?」
焦った様子で振り向くフラン。
生まれてこの方プレゼントなど貰った事のないフランにとって、今日という日は期待と不安が入り混じった初めての体験なのだろう。
「いい? 殿方からプレゼントを貰うという事は一人前のレディーと認められた証なの。そんな子どもみたいに窓に張り付いてたりなんかしたら敬遠されても仕方ないのよ?」
「でもお姉様も私が来るまで同じ事してたよね?」
「んなっ!?」
妹からの思いもよらぬ反撃で言葉に詰まる紅魔館当主。
それを好機と捉えたのか、金髪の悪魔はニンマリと笑って続ける。
「それだけじゃなくて、小父様が来るかもってパチェに教えてもらった日から楽しそうにカレンダーに印をつけてたし」
「うぐっ!?」
「昨日なんか日付を一日間違えて『なんで小父様は来てくれないのー?』って咲夜に泣きついてたし」
「見っ――!?」
「ばっちり見ちゃった♪ これじゃあどっちが子どもか分からないよねー? あれあれ、もしかしてお姉様の方がプレゼント貰えなかったりするのかなー?」
妹のニヤニヤは止まらない。
いかん。姉の威厳が大暴落している気がする。
ただでさえ『吸血貴族のかりちゅま(笑)』とか呼ばれて密かに親しまれてしまっているのに。何とかして権威を回復せねば、肝心の待ち人が訪れた時に挽回出来ない失態を犯してしまいそうだ!
「ふっ、ふふ――」
レミリアは震えながら笑う。
はっきり言えば、虚勢を張っている。
「フラン、フランドール? 五百年も生きてるこの私が、貴女よりも子どもですって? そんなはずある訳がないでしょう? それに私には一流のレディーであるもう一つの証があるの」
立ち上がり、ワイングラスを置き。
両手を腰に当て、本人が思う精一杯の『威厳』を表現しつつ。
「私は今――ブラをしている!!」
「なっ――!?」
今度はフランがズザザザッと大仰な動きで後ずさる番だ。
信じられないと言わんばかりの形相のまま、暴挙とも取れる乙女の秘密をカミングアウトした姉に対して羨望の目を向ける。
「流石お姉様、まだ全っ然必要のない物を着けているだなんて……」
「これでも必要なくはないわよ! かろうじて! と、とにかく私の方が大人だという事よ! だから貴女はまだまだ子どもなの!」
「む~! 違うもんお姉様の方が子どもだもん!」
「違わない!」
「違うもん!」
「……なら一度だけでも大人になってみるか?」
その声は、普段の紅魔館にはいない人物のもの。
今にも魔槍と炎剣が飛び出す大喧嘩に発展しそうだった吸血鬼の姉妹は、二人仲良く声のした方に振り向き、部屋の入口に立つ男の姿を認めて全く正反対の反応を示した。
「い、何時から其処に――」
「小父様ー♪」
恥ずかしいところを見られたとレミリアは狼狽し、フランはそんな事などお構いなくサンタ帽を被った屍浪に抱きついた。
「ちゃんと来てくれたんだね!」
「そりゃ待っててくれるんだから来ますって。それよりも何と言うか……聞いちゃいけない話を聞いちまった気がするんだが?」
「――あっ」
レミリアの顔が温度計のような勢いで真っ赤に染まった。それに比べてフランは特に気にした風もなく、にぱーっと天使のような笑顔を振りまいてこう尋ねる。
「でも小父様、『大人になってみるか』ってどういう意味?」
「丁度良いプレゼントがあるって事さね」
「お、大人になれるプレゼントってもしかして、ちょ、ちょっとアレなものとか!?」
「はいはいお姉様は黙ってようねー」
えっ、違うの!? と混乱するおぜう様は放置しておくとして。
屍浪は腰に結んだ麻袋に右手を突っ込む。
「小父様、それは?」
「今回のために用意した魔法の袋――と言えば聞こえはいいが、要はスキマに直結して何でも入るように改造した何処にでもある袋だよ。んな事より本命はこっちだ」
言って屍浪がずるりと取り出したのは、
「…………うきゅ~」
青ざめた顔で目を回している美鈴だった。
何とも言えない沈黙が室内を支配する。
「……間違えた」
「いやいや、だからって袋の中に戻そうとしないで! と言うか、どうして気絶した美鈴が中から出て来るの!? 門番をしてたはずじゃないの!?」
「雪に埋もれてぶっ倒れてたから入れてみたんだが?」
「だったら早く暖めなきゃダメでしょ!? ああもう、ひとまずそこのお布団に寝かせましょう!」
そんなこんなで処置を終えてからようやく、
「さて二人とも御注目」
「これは……金平糖?」
小振りなガラス瓶いっぱいにぎっしりと詰まったそれは、レミリアが言ったように、何処からどう見ても金平糖であった。黄色や緑、白に橙色に水色など、普通は様々な色に着色されるのが一般的な砂糖菓子だが、屍浪が取り出した物は赤と青の二色しかない。
「こいつを作った人の説明によると、赤い方を食べると大人の姿になって、青い方を食べると子どもの姿に――お前さん達だと今よりもっとちっこくなるらしい。詳しい原理は知らねーけど、実験は済んでるから妖怪が食べても問題はないそうだ。ついで言っておくと、効果は一時的なものだから時間が経てばそのうち元に戻るとさ」
「わあ、面白そうだねお姉様!」
「た、確かに興味はあるけど……」
目を輝かせるフランとは裏腹に、レミリアは慎重だった。
まあ無理もない。大人にも子どもにもなれる駄菓子だなんてそんな得体の知れない代物、屍浪だって永琳が作ったと聞かされてなければ胡散臭い目で見ただろう。
「あ、だったらこうしようよ!」
何かを思い立ったらしいフランが青い方の金平糖を一つ摘み、ベッドでうんうん唸っている美鈴の口に遠慮なく、指どころか拳まで丸ごと突っ込んだ!
当然美鈴は悶える。
もげがもげがもんがーっ!? と暴れ牛のように盛大に暴れて、しかしそれでも従者らしくフランの手には傷一つつけたりはしない。
「うわぁ――」
「美鈴も気の毒に……」
あまりの遠慮のなさに屍浪はドン引きしてレミリアは同情する。
しばらく暴れ続けた美鈴だったが、やがて一つの変化が起きた。
ぽんっ――と、それこそアニメのような音を立てて。
美鈴のしなやかな身体が白煙に包まれたのだ。
一体どんな変化が起きるのか――目を見張る三人の前でゆっくりと煙が晴れていき、ベッドで気絶したままの美鈴の姿が露わとなる。
「わあっ♪」
「これは――」
「おやおや」
布団を肌蹴た状態で眠っているのは確かに美鈴ではあるのだが、その背丈はレミリアやフランよりも幼いものに変わっていた。手足も短くなって紅葉のようにぷっくりと朱く、あどけない寝顔が幼子特有の言いようのない保護欲を誘う。
結果は大成功――と言って良いものなのかどうか。
「すごいすごいすごーい!」
手を叩いてフランは大はしゃぎ。
このプレゼントは彼女にとって大満足なものだったらしい。
「これならお姉様も安心だよね!」
「え、ええ、そうね」
じゃあ一緒に、と言われて断れるだけの理由をレミリアは思いつかなかった。差し出された赤色の砂糖菓子を受け取った後、しばらくじいっと凝視していたが、
「――えいっ!」
「いただきまーす!」
ぼふん、と再び白煙が二つ。
晴れた後に現れるのは、二十歳前後にまで成長した姉妹。
二人とも見目麗しい成長を遂げて、世の男達を容易く籠絡出来そうな美しさに満ちている。どうやら衣服だけは薬の影響を受けないらしく、それまで着ていた服が――特に胸部の辺りがはち切れんばかりになっていて少々目に毒な格好となっていたが。
「あっははははは! よしそれじゃあお姉様、これ咲夜やパチェや小悪魔にも分けてあげようよ!」
「え――ちょっと待ってフラン! こんな格好で出歩くつもり!?」
「大丈夫だよ館の中なんだから! じゃあ小父様プレゼントありがとうねー!」
「お願いだから引っ張らないで破けちゃうー!?」
ドタバタドタバタと喧しく部屋から飛び出して行くフランとレミリア。
やがて遠くから――
『さーくやー!』
『い、妹様!? それにお嬢様までどうしたんですかその御姿は!?』
『いいからこれ食べてみてー♪』
『きゃー!?』
『咲夜ー!?』
ぼふん。
『パチェー、小悪魔ー♪』
『ききき来ましたよパチュリー様! どうしますどうします!?』
『とりあえず囮になりなさい。私も少し興味あるわ』
『そんなああああああ!?』
『こあー!?』
ぼふん。
『……フラン。確かにそれ面白そうね』
『そうでしょそうでしょ? じゃあパチェもお一つどうぞ♪』
『そうね、もう少し成長すればもしかしたら喘息も良くなるかもしれないし――ってどうして青い方を食べさせようとするのかしら!? 子どもになる方よねそれ!? ちょっと待ってレミィ貴女も止め――』
『パチェー!?』
ぼふん。
「………………」
そして静寂が訪れて。
屍浪は。
「……プレゼント渡した俺が言うのも何だが、軽くケミカルテロだよなこれ。じゃあ気を取り直して――次行ってみよう」
まあ楽しそうだから良いかと前向きに考えて。
そのまま無責任に窓から逃げ出す事にした。
さて――次の目的地とは?
なんかネタが溢れて来るので前後編に分けることにします。
ちなみに金平糖ネタは色々と引っ掛かりそうなのでアメ玉じゃなくて金平糖で。これでもギリギリアウトな気がしてならないです。
とりあえず、アンケートで出たアイデアは全部盛り込んで24日中には投稿するんでお楽しみに。