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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
三章 邂逅別離編
36/51

第三十一話 終結。神の剣、屍の太刀

やってみたい事。

刀語アニメ最終話並みにスピード感のある戦闘シーンの描写。

出来る日は来るのでしょうか。


今まで投稿した話を暇を見つけて修正したり加筆したりしてます。


設定の矛盾点や改善点などがあれば遠慮なくどうぞ。

 時間にすれば五分にも満たない作戦会議を終えて、


「なぁるほど? それなら何とかなるかも知れねぇな」

「はい――ただ問題が一つ。私の『物の波長を操る程度の能力』は依姫様とその姉君である豊姫様にはあまり効かないようになってるんです。なんせ私その、お二人に飼われている身の上なものでして」

「飼い主には噛みつけないって訳ね」


 腹立たしいぬえの物言いだが、その通りなので言い返せない。


「……豊姫様は後方支援の指揮を執っているはずなので前線に出ているのは依姫様だけですが、決して油断はしないでください。あの方一人で私達玉兎の一個大隊以上の力を持っています。おまけに神降ろしの能力持ちで、まだ使ってません」

「残った一人が最大の難関、しかもトンデモ能力付きで余力を残してる――か。まあそっちは俺が請け負うさ。それじゃあ馬鹿弟子、紫の方は頼んだぞ。流れ弾でぶっ倒れるようなヘマすんなよ?」

「師匠の方こそ、相手が女だからって気を抜かないでよね」


 軍勢の中に消える弟子を見送り、屍浪は臨戦態勢を取った。

 抜き身の太刀を肩に担ぎ、血肉をサラサラと砂のように散らして――人の姿をかなぐり捨てた骸の姿へと変貌する。

 二、三度首を回して、事もなげに彼は立つ。


「さてさてさて。相手にとって不足なし、久々に頑張っちゃいますかねェ」

「あの、屍浪さん。本当に此処に隠れてていいんですか?」


 躊躇いや恐怖など欠片も感じさせないその背中に、レイセンは機会を見つけられずにいた疑問を投げ掛ける。

 訊かずにはいられない。

 協力を申し出ておきながら自分だけ安全な場所にいるだなんて、そんな事――今までと何ら変わりがないではないか。


「んー、いや? 此処にいても能力は使えるんだろ? だったらわざわざ出ていく必要はないさ。お前さんは自分が今出来る事を精一杯やってくれりゃあいい」

「でも私、こんなに臆病で、逃げた卑怯者で……」

「……あのなぁレイセンのお嬢ちゃん」


 屍浪は振り返り、言う。


「世の中には大切な家族を悲しませると分かっていながら、それでも自分の命なんざどうだっていいと思ってる救いようのないバカな男もいるんだ。そいつに比べりゃあ、身を守ろうと努力して――怖くて逃げたくて仕方がないのに仲間を助けようと勇気を出したお前さんはとてもとても立派だよ」


 生きようとする事は決して罪などではない。

 だから自信を持て――と。

 それは慰めというより、自嘲のように聞こえた。

 込められた真意と蔑意を読み取り切れず、屍浪が紡いだ言葉を不可解に思うレイセン。そんな彼女を尻目に、骸の身体から暗くて冷たい不可視の力が溢れ出し、月面を舐めるように蹂躙を開始した。

 狙うは血の気の多いバカ共。

 聴覚を蝕み視覚を侵し、嗅覚を歪めて触覚を塗り潰す。

 それを開戦の合図とし、


「さあ、片を付けようか」


 狂骨が――満を持して参戦する。



 ◆ ◆ ◆



 拍子抜けだ。

 愛刀を振るいながら綿月依姫は落胆する。

 いくら武器の性能や文明レベルに差があるといっても、これが――この程度が、地上で最も恐れられている異形の者達の力なのか。

 依姫は心の何処かで戦いを欲していた。

 極限まで磨き上げ、昇華させ、無双と称されるまでになった剣術。

 それは月の都を――ひいては敬愛する姉と師匠を守るためにと追い求め、連日連夜の血の滲むような鍛錬の果てに得た力だった。


(……あの頃は、まだマシだったわね)


 決して良い思い出ばかりではない。しかし依姫は成し遂げた。師匠も姉も自分の事のように喜んでくれて、祝いの席で披露した剣舞は最高の演技だったと今でも思う。

 唯一計算外だったのは、守るためだけに使うには得た力が強大過ぎた事。まるでガラス瓶の中で爆発し続ける火薬のように、とある衝動が依姫を苛み始めたのだ。

 鎌首をもたげた“ソレ”は言う。


 一度でいいから全力で戦ってみたい――と。


 たとえば依姫の心が弱ければ。

 あるいは月という特殊な立地じゃなければ。

 辻斬りに身を落とすか妖怪討伐の任務を受けるかして欲望を満たしていただろう。

 だが依姫は、自他ともに認めるほど生真面目で厳格な少女。己の剣や姉と師匠の名を汚すような悪事を働くなど以ての外であり、場所が場所なだけに討伐すべき敵がいるはずもなく。

 まさか稽古で玉兎相手に本気を出す訳にもいかず、依姫の不満は日に日に募っていくばかり。身の内でくすぶる邪な欲望を少しでも打ち消そうと実戦さながらの激しい訓練に明け暮れるが、訓練はあくまで訓練に過ぎず、結果的に更なる力を得てしまう。

 剣士としては致命的な悪循環であった。

 そんな――来る日も来る日も悪しき願望に苦しむ依姫を見かねたかのようにもたらされた、妖怪が群れを成して攻め込んできたという報告。

 もどかしく身支度を整えている間も、何処に部隊を配置するか皆と相談している間も、依姫の身体は小刻みに震え続た。

 恐怖からではない。

 これは――歓喜の震え。

 やっと……やっとだ。ようやくこの飢えを満たす事が出来る。

 そう思ったからこそ周囲の制止を振り切って、姉の(桃を食べながらの)諫言にも耳を貸さずに飛び出したというのに。


(どうして、どうして貴方達はこんなにも――)


 こんなにも……弱いのだろうか。

 背後から振り下ろされた棍棒は振り向きざまの一閃によっていとも容易く両断され、驚愕に目を見開いた毛むくじゃらの首筋を返す刀で一撃。悲鳴を上げる間もなく、毛むくじゃらはその場に崩れ落ちた。

 本気を出せば、たとえ峰打ちであっても首を刎ね飛ばす事など容易いが、ここまで手応えがないと命を取る気も起きない。群がる羽虫を手で払う事はあっても全て叩き潰したりしないのと同じ事だ。

 もちろん極少数ではあるが腕の立つ者もいた。

 だが、そんな連中でも依姫の足元にすら及ばない。

 斬っても突いても裂いても薙いでも穿っても削いでも抉っても満たされず、錆びつくような渇きだけが増長していき狂ってしまいそうになる。


「誰かいないのですか? 私を止められる者は」


 渇望する声に相対するのは――


「お望みとあらば目の前に」


 気が付けば正面に。

 扇子片手に微笑む金髪の女が――いた。

 見覚えがある。先ほどまで全体の指揮を執っていたヤツだ。傍らには奇怪な蝶を放つ水色衣装の女もいたはずだが……とにかく。


「総大将の座に居座るくらいなのだから、さぞお強いのでしょうね。……さて、斬り伏せられて引き摺り下ろされる覚悟は出来ていますか?」

「そちらこそ、私の同胞に随分と御無体な真似をしていただいたようで。熨斗付けてお返しいたしますわ。それとも香典の方がいいかしら?」


 最早言葉は必要ない。

 既に互いの攻撃が届く位置にある。

 無数の異空間が宙を埋め尽くし。

 正眼に構えた刃が戦火に映える。


「刀の錆と化すがいい!」

「鈍と共に朽ち果てろ!」



 ◆ ◆ ◆



 動いたのは同時だった。

 上空のスキマを通して降り注ぐのは、妖怪達が携えていた夥しい数の武具。

 刀、斧、槍、鎌、鉈、果ては鋭く砕き割れた瓦礫や倒木まで。

 頭上から一斉に襲い掛かる『牙』の群れは巨獣の顎を彷彿とさせるものであり、一瞬でも触れれば人の手足なんぞ簡単にもぎ取られてしまうだろう。

 相手が並の存在であったなら、だが。

 まさかこれで仕留められるとは紫本人も思っていない。狙いは敵の進路の限定。本命の攻撃を確実に当てるための布石である。

 一度退くか、負傷覚悟で突っ切るか。

 どちらかを強制的に選択させて、陽動である事を悟られないようにしたのだ。

 右手を上げた紫を中心点に四重の真球が浮かび上がる。

 練り上げて圧縮した結界は防御用ではなく、巨大な鈍器となって敵を殴打し叩き潰す攻撃用。発動に僅かばかりのタイムラグがあるため素早い相手には向かない。だから、依姫の意識を少しでも頭上の攻撃に向けさせる必要があった。

 かくして迎撃の準備は万全。

 これで飛び退こうが突っ込んで来ようが関係なく鉄槌を撃ち放ち、敗北を与える事が出来る――そう確信した直後。


「――温い」

「な……っ!?」


 怜悧な声が生まれたのは、四重結界の内側。

 紫の足元に。

 腰を深く深く落とした体勢で、刀身を自身の左脇に差し込むように構えた依姫がいた。一つに束ねた薄紫の長髪が大蛇の如く尾を揺らす。衣服から覗く腕にもうなじにも、傷らしい傷は一切見受けられなかった。

 紫は愕然とする。

 まさか、全てを潜り抜けたというのか。

 あれだけの数の『牙』を迷う事なく――どう対処するか意識を割く事すらなく、まるで雨垂れか何かのように気にも留めず、ただひたすら一直線に。

 速く、疾く、そして迅い。

 想定していたよりも遥かに――!


「前言撤回です。貴女もやはり――つまらない」


 ――ですが、斬ります。

 言い放ち、下から上へと、依姫は弾けた。

 跳ね昇る刃。

 限界まで捩った上半身と下半身のバネを使った逆袈裟斬り。

 もう何をしても間に合わない。

 柔肌を食い破るまでの刹那の一時が、紫には悠久に等しく感じられた。指先一つ動かせない緩慢な世界の中で、意識だけがゆっくりと迫る凶刃を見る。

 確かに、勝敗は一瞬で決した。

 紫の敗北によって。


「あ――」



 ただし。



「――っぶなあああああいっ!?」


 敗北と死が同義であるとは限らない。

 背後から首が傾ぐほどの勢いで服を引っ張られ、紫の視界が一面の星空に変わる。寸前まで頭部があった場所を白刃が横薙ぎに通過していき、逃げ遅れた前髪の一部がハラハラと宙に舞う。金属特有の冷たく硬い感触が鼻先をわずかに掠った。

 あと少しでも遅れていたら……と。

 最悪の展開を思い浮かべ、仰向け姿勢で硬直する紫。

 そんな彼女を二人がかりで運ぶのは、


「はい助けたらすぐ逃げる! 面舵いっぱーい!!」

「あいあいさ~♪」


 焦る封獣ぬえと、何故か楽しそうな西行寺幽々子だ。

 まだ顔面蒼白で強張っている紫を丸太よろしく肩に担ぎ、驚き顔の依姫には目もくれずクルリと方向転換。土煙を上げて清々しいまでの見事な逃げっぷりを披露する。

 それだけではない。

 ぬえの号令に合わせて、他の妖怪達も一斉に踵を返し始めたのだ。

 唯々諾々と従う彼らの表情は亡者の如く虚ろで乏しく、無言のまま――しかも機械人形さながらに一糸乱れぬ動きで退却するその様子は、不気味を通り越して悪夢と言わざるを得ない光景であった。先頭を突っ走るのが見目麗しい少女達なのだから尚更だ。


「――ハッ!? ちょっとぬえ、早く降ろしなさい!」

「聞きませんー、聞きたくもありませんー! アンタに怒鳴られるくらい別にどうでも良いけど、手間取って師匠にオシオキされるのだけは絶対にイヤだもん! ってかかなり重いんですけど!」

「重ッ……!? し、しし失礼ね、これでも体型維持には気を遣ってるのよ!? 今朝だっておかわりは三杯目で止めたし!」

「十分食べ過ぎだってば! 痩せろ!」

「あらあら、紫ったら結構食いしん坊さん?」

「幽々子にだけは言われたくないわよそのセリフ!?」


 『いっそ目指すか関取!?』『ドスコーイ♪』『イヤァアアアアアッ!?』などと、本当に戦場なのか疑いたくなる言い争いをしながらも撤退を続ける妖怪さん御一行。

 気の抜ける光景ではあるが、それを黙って見ているような依姫ではない。


「……逃がすと、お思いですか?」


 静かに納刀し、遠ざかる一団を見据えて踏み込む。

 たった一歩。

 ただそれだけで、周囲の風景が置き去りにされた。

 わずかに意表を突かれはしたものの、速度の領域においては依然として優位にある綿月依姫。妖怪の賢者と謳われる紫ですら敗北を喫した圧倒的強者を――容易く最高速に達した月の剣士を食い止める者など皆無。逃げる背中にすぐさま追いつき一撃で斬り捨てる事になるだろうと、そう誰もが――他ならぬ依姫本人も確信を抱いていた。

 だが、この世には。

 想像を凌駕する化け物などいくらでも存在するのだ。

 たとえば――彼のように。


「――『屍士奮陣・烈射』」


 若いような、年老いたような。

 聞き慣れぬ男の声。

 前方の地面から業火が巻き上がり、両軍を分断する障壁となって剣士の行く手を阻む。

 熱波に晒されて反射的に跳び退いた依姫を“彼ら”は逃がさない。偽りの紅蓮の中よりゆらりと姿を現すのは、横列陣形をとり照準を定める銃器の群れ――地上の技術では未だ実現不可能な超近代兵器。

 その数、全部で百七十八丁。

 銃把を握り構える手腕に肉は一片もなく、皆一様に、灼光を浴びて陶器の如く照り輝く白骨であった。

 号令はなく、しかし全く同時に放たれる弾幕。実弾でも、ましてや光線でもなく――妖力を圧縮して形作られた弾丸が嵐の如く殺到する。

 月にしかないはずの武装で攻撃されている事実に面食らいながらも、依姫は咄嗟に愛刀を振るって弾き飛ばす。音速には程遠いとはいえ、おびただしい数の妖力弾を全て防ぎ切るとは一体どれほどの技量なのか。

 けれど弾幕と炎壁――そして彼が出現した時点で、依姫は追撃する事を断念してしまっていた。

 それだけの存在感が、眼前の敵にはある。


「……何者ですか」

「食わせ者です」


 骸共を率いるようにして立つ、隻腕白骨の剣士が一人。

 それは奇しくも、玉兎の銃士隊を束ねる長でありながら、自身は一振りの刀のみで戦場を斬り進む依姫の在り方と酷似していた。同じではないと頑なに否定したくなるほどに。

 玉兎達の援護射撃も何時の間にか止んでいる。そちらを窺い見れば、誰もが中空にぼんやりと視線を彷徨わせて、狙いをつけるどころか引き金に指を掛けてすらいなかった。

 対峙する薄紫と黒白。

 この混沌とした戦場の中において、己が得物を引き抜き構える二人の剣士だけがはっきりと自我を保っている。


『えっと……依姫、私も加勢した方がいい?』

「いえ、問題ありません。残党が隠れている可能性もあるのでお姉様は周囲の警戒を。あと向こうに隠れてるレイセンと、私の後ろで呆けてる子達も全員引っ込めてください。はっきり言って邪魔でしかないので」


 姉に簡潔に返し、依姫は通信機を投げ捨てて敵を見据えた。

 どうやら会話中に斬りかかってくるほど無粋な妖怪ではないようだが……死合っている最中に余計な横槍を入れられたくはない。それがたとえ、自分の身を心配してくれる姉であっても。


「……殿役を買って出たという事は、先ほどの彼女よりお強いと考えても?」

「さてどうだろうねぇ。あいつにゃ最低限の戦い方を教えはしたが、どっちが強いかってなると一概には断言出来んね。強くても負ける時だっていくらでもあるし、逆に弱くても簡単に勝てる時だってある。要は相性と戦法と気持ちの問題だろうよ」


 太刀を握ったまま白骨は軽く腕を上げた。

 同時に銃を構えていた亡骸達の姿が揺らぎ、黄泉国に帰還するかのように火焔の中に溶けていく。あくまで自分一人で依姫の相手をするという意思表示のつもりなのか。

 何時如何なる状況でも余裕を持ち続ける――依姫が特に戦闘時に心がけている事だ。それは白骨も同様であるらしく、切っ先をだらりと下げたその不敵な佇まいは、これから剣を交えるにはおおよそ相応しくない飄々としたものであった。

 だからこそ。

 強者の風格を嫌でも感じ取れてしまう。

 だからこそ、


「何故妖怪達が攻め込んで来たのか。その理由も、逃げた方々の事も、もうどうでもいいです。今はただ……貴方と戦えさえすればそれで構わない」


 こんなにも、心が躍る。


「さあ――斬られる覚悟は出来ていますか?」

「斬らない覚悟なら出来てるつもりだよ」


 刹那。

 トンッ――と踏み込みの小さな音を残して。

 両者の姿が、月面より忽然と掻き消えた。



 ◆ ◆ ◆



 甲高い金属音。

 鋭い弧を描く銀閃が幾重にも宙を奔り、剣戟が衝突して鮮やかな火花が散る。だが、白刃を振るう者達の姿は其処にはない。互いの命を削ぎ落とさんとする音と光だけが二人きりの戦場を跋扈していた。

 速度を超えた速度の領域。

 常人では知覚すら出来ない世界の中で、屍浪と依姫は刃を交える。

 少しでも気を抜けばその瞬間に敗北が決定する――そんな至極当然の、絶対的ルールの重たい鎖が全身を縛り上げているにもかかわらず、二人の顔に浮かぶのは笑みばかり。

 艶やかな朱唇の両端を吊り上げる依姫は言うに及ばず、歪める肉など存在しない屍浪の骨面にも明らかに“それ”と判る愉悦の気配が漂う。

 常軌を逸した斬撃の応酬も、彼と彼女にとっては様子見の小手調べに過ぎない。

 本番は、むしろこれから。

 紫と相対した時でさえ片鱗すら見せなかった依姫の力。

 たった一人の妖怪相手に惜しみなく――躊躇なく開放する!


「祇園様、御力を!」


 刀を逆手に持ち替え、地に突き刺した。

 呼応するのは、わずかに動きを止めた屍浪の足元。


「おおっと?」


 隆起した地面から勢いよく生え伸びる無数の刀身。いずれも刃を屍浪に向けて、さながら乱立する墓標のように彼の周囲を取り囲む。それは直接的な攻撃というよりも、最初から屍浪をその場に縫い付ける事が目的の鉄柵であるらしかった。

 足を封じられた白骨は、それでも余裕綽々の態度を崩さない。


「これだけか?」

「まさか。……天津甕星、御力を!」


 依姫が突き出した腕から光線が放たれる。

 当然、屍浪目掛けて――ではない。放つ先にあるのは依姫自身が地中より召喚した鉄柵の内の一本、鏡面の如く磨き抜かれた刃だ。


「星の輝きを思い知りなさい」


 星の輝き、星の光。

 そもそも星はどのようにして光を放つ?

 自ら輝く星も少なからずあるだろうが、惑星と呼ばれるほとんど全ての星は太陽より照射される光を浴び返して己を主張している。

 つまりは――


「反射光か!?」


 そこで初めて屍浪の声に焦りが混じる。

 依姫の言葉の意味を理解したからだ。

 だが時すでに遅く――彼女の狙い通り、刀身の柱に当たった光線は角度を変えて別の柱に当たり、更に幾度も反射を繰り返して屍浪を覆い包む実体のない檻を形作った。


「――圧縮」

「ヤバッ……!」


 光の牢獄は依姫の命に忠実に従い、握り締める動作に合わせて収縮を開始する。その内側に、もがく白骨の剣士を内包したまま。

 骨が軋み折れる音も、圧し潰される音もない。

 数秒後。

 残されたのは、手の平に収まるほどの光の玉。

 一見すれば勝負ありと思われる光景だが、しかし――依姫はそんなものには見向きもせずに、地面に突き刺さったままの愛刀を引き抜いて背後を振り返る。


「いやいやいや、おっかないねぇ」

「………………」


 肩に太刀を担いだ黒衣の化け物が、幽然と立つ。

 一体どうやって抜け出したのか、などと問いただす気も起きない。

 彼の傍らで口を閉じようとしている目玉だらけの異空間が全てを物語っていた。


「虎の子の転移符だからあんまり使いたくなかったんだが、まあ、あの状況じゃ使わねぇと逃げらんないわな。……それで? お次はどんな神様が来るんだ?」

「ではこれは如何でしょう。――金山彦命、御力を!」


 今度は大地ではなく、散乱する武器が変貌を始める。

 妖怪達が持ち込んだはずのそれらは一旦砂礫のように造形を崩し、依姫が『金山彦命』と呼ぶ力によって巻き上げられ、屍浪の眼前でとある形状に再構成されていく。

 依姫の愛刀と寸分違わぬ新たな形へと。


「また器用な真似をする……」

「だから神なのですよ。――これで決めます!」


 依姫が再び走り出す。

 柄を両手で握り締め、宙に浮かぶ二百以上の刀の群れを引き連れて。

 刃の鱗を持つ龍の如き陣形を前に、屍浪も出し惜しみはしない。

 華奢な少女の身でありながら純粋に戦いに臨む依姫に敬意を表し、彼も彼の矜持と誇りを太刀に乗せる。静かに、しかし大気を震わせる声と共に振り抜く斬撃の名は、


「……『千屍蛮行・刃翼』」


 虚空を裂いて現出する千の骨腕と千の妖刀。

 大翼を広げる怪鳥の如く群を成し、突き進む。

 ただ全てを斬り伏せるために。

 神の力を降ろした二百余りの斬撃と、威力は劣るが数において凌駕する千の斬撃。

 真正面からぶつかり合い、砕け散る破片の渦の中で。


「はあああああああああああああああっっ!!」

「おおおおおおああああああああああっっ!!」


 最終的に残った己の愛刀だけを振るい、二人はただひたすらに舞い続ける。たとえ幾百幾千の傷が刻まれようと、彼らは決して止まる事はない。

 少女は破片の一部を左手で突き出し、白骨はその切っ先を足裏で強引に受け止める。黒衣が太刀を上段から振り下ろせば、薄紫は口に咥えた鞘で横殴りに弾く。

 狂気の奥底、更にその深淵にある領域に彼らはいた。

 何百とも知れぬ応酬の果てに――


「――――っ!!」


 一瞬の隙を突いたのは屍浪の方であった。

 依姫の意識の合間を縫うように放たれた刺突の一撃。


「くっ、金山彦命――」


 藁にもすがる思いで金属の分解と再構成の力を持つ神の名を叫ぶが、しかし、彼女の額目掛けて迫る白刃は一欠片も分解される事はなかった。

 神の力が通用しなかった事実に驚愕する暇もなく強かに打ち抜かれ、意識が消え失せていく中で依姫が最後に目にしたものは――


(…………鞘、ですって……?)


 金属などではない――

 木製の、鞘であった。



 ◆ ◆ ◆



「依姫、依姫! しっかりして!」


 ……どれほどの時間が経っただろうか。

 依姫は珍しく焦ったような姉の声で目を覚ました。

 後頭部や背中から伝わる柔らかな感触から、抱き上げられているのだと遅まきながらに理解する。まだぼんやりとする視界に映るのは、今にも泣き出しそうな姉の顔。

 何だ、そんな顔も出来るんじゃないですか、と何処かズレた感想を抱く。


「お姉様……」

「依姫、大丈夫!? 痛いところとかない!?」

「大丈夫ですから、耳元で大声出さないでください」


 白骨の姿は既にない。

 全身を襲うのは苦痛ではなく心地よい疲労感のみ。

 そう――彼女の身体に傷は一切なかった。

 確かに何度も斬られたはずなのに。


「…………なるほど、確かに貴方は覚悟していたのですね」


 あの白骨は言っていた――『斬らない覚悟なら出来ている』と。

 幻覚で真剣を振るっているように見せかけて、彼は今までずっと鞘だけで戦っていたのだ。それなのに依姫の我が侭に最後まで付き合ってくれた。

 なんて傲慢で。

 なんて甘くて。

 なんて優しくて、強いのだろうか。


「とにかく目が覚めて良かったわ! 待っててね、すぐに医療班を呼んで来るから!」

「あ、お姉様――」


 呼び止めるが間に合わず、一人その場に残された依姫。

 動揺のあまり通信機の存在をすっかり忘れてしまっている姉の背中を見送り、まあいいか、と大の字に寝転がったままホゥ――と小さく小さく息を吐く。


「本当に……今回は私の負けです」


 あれだけ激しかった戦いへの衝動はもう何処にもない。

 あるのは何時までも浸っていたいと思う幸福感だけ。

 こんな時くらいは不真面目になってもいいんじゃないかと考えて、



「あー……………………気持ち良かった!!」



 星空を見上げて、依姫は心の底から笑みを浮かべて叫んだ。



 ◆ ◆ ◆



 そして――地上。

 永遠亭でも今回の騒動がようやく終結しようとしていた。


「…………シクシクシク、痛いよう痛いよう――」

「こりゃまた、実に見事な三段重ねじゃのう」

「ホント、見てるこっちも痛くなってくるわね」


 卓に突っ伏して呻くのが紫で。

 その向かいに座るのが幽香と邪魅だ。

 紫の頭には邪魅が言うように三段重ねのタンコブが出来上がっていて、その痛みを想像してしまった幽香が苦々しい顔で自分の頭を擦る。


「まあ仕方ないんじゃない? 色々と準備しなきゃならないのに『今日の夜出発です』なんて夕方に言われたらおじさんだってそりゃ怒るわよ」

「だからって三回もグーで叩かなくても良いじゃないのよさぁ……」

「それだけお主の事を気に掛けてるという事じゃろ」


 泣き言こそ吐いてはいるが、顔を上げた紫の目に涙はない。

 彼女自身も怒られて当然だと思っているからだ。

 そんな事よりも、と紫は『家族』二人の目を見て訊ねる。


「月から帰ってきたらさ、私の幻想郷に文句言ってた奴らが根こそぎいなくなってたんだけど……二人とも、何か知らない?」


 彼女の問いに、邪魅と幽香は顔を綻ばせて、


「さあ?」

「知らぬのう」


 そう誤魔化した。

 真実を知るのは彼女達二人と。

 縁側で呑気に昼寝を貪る屍浪だけであった。



 ◆ ◆ ◆



 おまけ。


 一段落した月の都で。


「むむむっ、依姫ちゃんとレイセンちゃんからシロお兄様の匂いが!?」

「ひゃあ!?」

「誰ですか――って月夜見様!? 今まで何処に、というかいきなり抱きつかないでください!」

「クンカクンカクンカスーハースーハー……むはー、お兄様のに混じって微かに永琳お姉様の匂いまでぐへへへへ」

「だから変な所に顔押し付けて息荒げな――どさくさに紛れて揉むなあああっ!!」

「そこだけはダメですってばー!!」


 でもって永遠亭では。


「……何故かしら。唐突に月夜見を殴りたくなったのだけど」

「顔見せたら見せたで面倒な事になりそうな気がするけどな」

 スペルの名前説明。


『屍士奮陣・烈射』(ししふんじん・れっしゃ)

『千屍蛮行・刃翼』(せんしばんこう・じんよく)


 同名でいくつかのバリエーションがあり、後ろの二文字が形態を表しているとお考えください。



はい、依姫の謎の狂剣士化でした。

依姫ファンの皆さんゴメンナサイ。

 

そしてガラリと変わりますが、やんばるさんのマイクラ実況が面白くて仕方がありません。


第四章完結まであと三話(予定)!

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