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東方妖骨遊行譚  作者: 久木篁
三章 邂逅別離編
33/51

第二十八話 決意。乙女の聖戦――紫と幽香の場合

 邪魅と永琳との二対一。

 彼岸に逝きかけた。割と冗談抜きで。

 気が付いたら延々と続く花畑に立っていた――なんて極楽浄土じみた展開ではなく、舟形木棺を彷彿とさせる船の上に仰向けに寝かされていた。空や天井は見えず、雲とも煙霧とも知れない暗黒色の漂う『何か』だけが目に映る。太陽も月も星もない。にも関わらず、広大な空間全体がぼんやりと明るい。

 舟には屍浪の他に、同乗者が一人。

 おそらくは船頭――渡し守と思しき赤髪の少女。

 だが、熱心に仕事をしているとはお世辞にも言えなかった。河原に接岸させた状態で、大鎌を支えにして別の意味で船を漕いでいるのだから当然だ。あまりに気持ち良さそうに眠っていたため、半開きの口から涎が垂れている事を指摘してやるべきかどうか一瞬迷った。とてつもなく面倒な事になりそうな気がしたので止めておいたが。

 身を起こし、船縁に顎を乗せた体勢を取れば、眼前に広がっていたのは賽の河原。

 此処が噂の観光地――などと口走った屍浪は間違いなく不謹慎の謗りを受けるだろう。

 しかし居眠りする渡し守の少女を含め、芸術的なバランスで石を積み上げて喜ぶ白装束の子供達やら、その石塔を心苦しそうな表情で崩す度に懊悩する獄卒やら、数百枚は下らない衣服を三途の川で豪快に洗濯している老婆やら、何と言うか……亡者が集まる場所なのに妙に生き生きとした連中ばかりで雰囲気が台無しだった。

 がっかりしながら臨死体験から戻って来た屍浪。

 ちなみに、目を覚ました直後にも彼は災難に遭遇していた。


『そぉいやあああっ!!』

『だあっ!?』

『おお屍浪、やっと起きたか!』

『起きたか、じゃねぇよ! 何がどうなったら気絶してる俺を鈍器っぽい物でぶん殴るっつーふざけた結論に至るのでしょうか!?』

『いや、だってお主、揺すっても叫んでも起きてくれんかったし。なら思いっ切り殴れば儂の呼び掛けに応えて飛び起きてくれるかなーと。うむ、愛のなせる業じゃね!』

『清々しい笑顔で親指立ててるところ誠に申し訳ありませんが! お前の愛は重過ぎるし硬過ぎるんだよ物理的に!』

『だから私が薬で優しく起こすって言ったのに……』

『あの……永琳サン? 薬ってもしかしてもしかしなくても、その手に持ってらっしゃる注射器の中身の事でしょうか? 色が不気味で仕方ないんですけど!』

『……これが私の愛の色なのよ』

『赤と青と白と黒のマーブル模様が!?』

『そんな事よりも屍浪、早く仕切り直ししようではないか! いざ初体験!』

『さりげなく振り出しに戻して俺の努力を無駄にしようとすんじゃねぇ!!』


 大体こんな感じである。

 撲殺されそうになったり怪しげな薬を打たれそうになったりと、本当に散々な目に遭った。元を正せば自業自得な気もするので彼女達を責めるつもりは毛頭ないが。


「ぐはー……」


 湯船の縁に背を預けて脱力し、言葉にならない声を零す屍浪。

 やんわりと刺すような熱さが沁み渡り、蓄積された疲労が湯の中に溶けていく感覚を噛み締める。年寄り臭いというならその通り。見かけは四十代の人間モドキだが、数多の妖怪の中でも五指に入るくらい筋金入りのご長寿さんなのだ。風呂好きで何が悪い。

 濃褐色の濁り湯から立ち上るのは、ドクダミやヨモギといった数種類の薬草の匂い。それらの他にも何やら嗅ぎ慣れない香りが複数混ざっている。

 薬に長けた永琳がいて、此処は彼女の居城である永遠亭、そして女性陣に虎視眈々と狙われている――これだけの不安材料が揃った中での薬物混入疑惑。

 けれど屍浪は、まあ身体に害のある物はないだろう、と緩み切った頭でぼんやり考えるだけ。具体的な対策を講じようとはしない。楽観的でいるにはあまりに危険な状況で、成分不明の薬草風呂から普段の思考力と警戒心を根こそぎ奪い取られていた。


「まともな風呂ってぇのも久々だな……」


 四人で旅をしていた頃は、川での水浴びや濡らした布で拭いて身を清める事がほとんどだった。ごくたまに天然温泉を発見して入る場合もあるが、それも両手の指で足りる回数しかない。

 うら若い娘達に臭い思いをさせたくない屍浪ではあったが、まさか風呂桶を担いで旅をする訳にもいかず、結局は数日に一回の頻度で身体を洗ってどうにか清潔を保つのがせいぜいだった。

 後に平安末期と呼ばれるこの時代、そもそも湯に浸かるという習慣が浸透していないのだ。入浴の概念こそ衛生面の必要性から一般民衆の間で広がりはしているものの、それらは蒸気を浴堂内に取り込んだ蒸し風呂――サウナ形式であり、浴槽に大量の湯を張って浸かる近代の入浴とは大きく異なっていた。

 そういった文化や風習を真っ向から否定するように。

 永遠亭の風呂は、五右衛門風呂と呼ばれる代物だったりする。

 浴槽となる大型の木桶と、底部の鋳鉄製の風呂釜。湯を流し込むのではなく、かまどで直接沸かして入浴する方式である。ゆえに底部は非常に高温で、中に敷く踏み板が必要なのであった。敷き忘れた場合はご愁傷様と言うしかない。

 永遠亭のイメージには総檜造りの広々とした風呂の方が似つかわしく思えるが、使っているのはおそらく永琳と輝夜、てゐの三人だけ。元々野生に身を置く他の妖怪兎達が頻繁に使うとは考えにくい。どちらにしても、完全な女所帯である事を考えれば、必要な水や薪の量が少ないこちらの方が負担が軽くて良いのだろう。

 明日は薪割りと水汲みでもしようかと考えたその時、


「――んぁ?」


 何気なく見上げた風呂場の天井。

 白い湯気の中に、ぽつりと浮かぶ黒い点がある。

 いや、点ではない。あれは――穴。

 瞼のように押し広げられた、スキマと呼ばれる異次元空間。

 そういやまだ二人残ってたっけなーと辟易する屍浪の視線の先、ギョロリギョロリと蠢き群れる目玉の奥から突き出されるのはスキマの主である紫の顔……ではなく。

 瑞々しい、白桃を思わせる――


「……………………尻?」


 だった。

 ってか、何故に尻?

 ゆっくりと、どこか躊躇いがちに出現した臀部に続き、くびれた腰部、シミ一つない背中に肩に首筋、流れるような黄金色の髪が露わになり、全身がスキマから抜け出ると同時に垂直落下を始めて。


 ドッパーン!! と。


 豪快に飛沫と音を立てて尻から湯船に着水した。

 当然、同じ湯船の中にいる屍浪の顔にも温水が降りかかる事になり『ぶばぁっ!?』と無防備な目やら鼻やらが被害甚大。張り付いた前髪を掻き上げて見やれば、お馬鹿で無謀な特攻を仕掛けてガバガバゴボボッ――と気泡を吐き出し溺れかけているスキマ少女が一人。濁った水面から出ているのはジタバタ動く華奢な手足だけ。どうやら尻から飛び込んだせいで両足が湯船の縁に引っ掛かり、胴体が天地逆転した状態で丸ごと沈没してしまったらしい。

 発言を控えたくなる間抜けな光景である。

 しかし、だからと言って捨て置く訳にもいかず。

 とりあえず、怪談に登場しそうな感じでもがき暴れる腕を掴み、力任せに水中から引っ張り上げる。金髪が顔面全体に絡みついていて少し怖い。


「ケホッ、エホッ…………鼻に入っぢゃっだ」

「……ホントに何がしたいんだお前は」


 背中を軽く擦ってやって紫が落ち着いたのを見計らってから、答えが分かり切っている用件を訊ねる。鼻を押さえた彼女は屍浪に背を向けたまま、ばつが悪そうに首だけ振り返っておずおずと、


「ええと……三番目でーす?」

「はい退場」


 手刀と一緒に叩きつけた判定に、泣く子も黙る妖怪の賢者が半泣きになった。



 ◆ ◆ ◆



 退場と言われても、そう簡単には引き下がれない。

 ただでさえ最有力候補の永琳と邪魅に先手を取られて不利な戦況、おまけに自分の後には鋭気に満ち満ちた幽香が控えている。弟子を名乗ったあのぬえとか言う新顔の少女も油断ならないし、ここで何も行動を起こさずおめおめと逃げ帰ったら絶対に取り返しのつかない事になるのよー! と純情お騒がせ系乙女の勘が危機感を煽りまくるのだ。

 とは言え、やっぱり早計過ぎたかと後悔もある。

 熱暴走気味な勢いに酔って素っ裸になり頭上からのダイブを敢行してはみたものの、お湯を被って冷静になってみれば――恥ずかしい、とてつもなく恥ずかしい。鏡が手元にないから分からないけれど、耳まで真っ赤に染め上げられている事だろう。

 道中に温泉を見つけた時だって岩陰に隠れるように――あるいは屍浪より先か後に入るようにしていたのに、今は入浴時間をずらすどころか、二人だと少々手狭な湯船で背中を預けてこれでもかと肌を密着させちゃったりなんかしてうわーうわー!

 などと。

 傍から見れば面白いくらいに取り乱しつつ、紫は頭の片隅でどうにか策を練ろうとする。これでも大妖怪の端くれ、妖怪の賢者の肩書きは伊達ではない。男らしく引き締まった筋肉の感触にドキドキさせられながらも、アドバンテージというかこの場の主導権というか、手強い恋のライバル達に大きな差をつけて屍浪を虜にしてその後は……キャー(赤面)な展開に持ち込むための都合の良い名案を――


(どどどどどどうしようどうしようどうしよう!?)


 ――もちろん考えられるはずもなかった。

 大体キャーも何も、そういう類の話を聞いただけで沸騰しそうになる紫にとって、風呂場での裸の付き合いは悶死する覚悟で挑む決戦に等しい。しかも相手は何年も何十年も想い続けた意中の人。まともな思考など出来る訳もない。桃色というよりは鼻血色の妄想ばかりが頭の中を飛び交う。

 八雲紫(××歳)、実はかなりの耳年増。


「――り、紫、おーい? 聞こえてる? っつか意識あるか?」

「はひっ!?」

「だーから、幻想郷って奴の進み具合はどうなってんのか聞いてんの」


 幻想郷。

 人間と妖怪の共生を望む紫が叶えようとしている夢の形。

 しかし屍浪の質問に、熱を帯びていた紫の顔が曇り、冷めていく。

 それが意味するのは――


「上手くいっては……なさそうだな」

「……うん」


 天魔や鬼子母神――思いつく限りの知人友人に協力を仰いではいるが、たとえ一族の長であってもその威光には限界があるし、考え直せと反対されたり白い目で見られて拒絶される場合が圧倒的に多い。

 下らないと嘲笑されるだけならばまだマシな方だ。人間に味方する異端、裏切り者だと罵倒された挙句、同族を滅ぼしかねない危険分子として命を狙われる時もあった。身を守るために返り討ちにして、その結果より根深い確執だけが生まれて疎外されていく。


「やっぱり……無理なのかな」


 湯に沈んだ口から声が漏れて、泡と共に弾けて消える。

 理解を得られなくて悲しい。夢を否定されて悔しい。

 しかし同時に、仕方がないと納得もする。

 喰う者と喰われる者という、これまで絶対と思われていた上下関係に異を唱え、空前絶後の変革を起こそうとしているのだ。滞りなく進まないのは当たり前。自分でも果てしなく無謀な行為だと分かっている。

 だから屍浪に弱音を吐いた。

 止まりかけた自分の背中を、厳しくも優しい言葉で押してもらいたくて。

 背後から聞こえてくるのは、呆れたようなため息が一つ。


「んな事、俺が知るかよ」

「……そうだよね、おじさんならそう言うに決まってるよね」

「つかお前、俺が無理って言ったら諦めちまうのか?」


 コツン、と少女の小さな頭に裏拳。

 音に反して重く、けれども柔らかく、紫の心に巣食う澱みを砕くように。


「夢を現実にするって事は、結局は願望の押し付け合いだ。半端に妥協したり誰かに指図されたりした時点で、そいつはお前の『夢』とは呼べなくなる。途中で無理だと迷うくらいなら最初からやるな。『叶えない』という選択肢もあった。夢は夢のまま、現実から目を背けて浸る事も出来た」


 だが、紫は全て覚悟の上で進む事を選んだ。

 夢のまま終わらせたくないから。

 世界を変えようと本気で思ったから。


「それに、お前の心意気に賛同した奴らだって少なからずいるはずだ。同族を敵に回す覚悟を決めたそいつらのためにも、最後まで進み続けるのが筋ってもんだ」


 握った拳が開かれて、今度は金糸の髪を乱雑に撫でる。


「笑われたのなら笑い返せ。殴られたのなら殴り返せ。妖怪らしく力任せに、人間のように自分勝手に、手段を選ばず躊躇わず、遺恨も後悔も何もかも徹底的にぶちのめして、否定してきた奴らが『あの時八雲紫に負けて良かった』と思いたくなるような世界を――文句のつけようのないお前の理想郷を作ってみせろ」


 かつて独りだった、か弱くて惨めな小娘はもういない。

 今の自分には母のように明るく賑やかな邪魅がいて、姉妹のように互いに練磨し合う幽香がいて、父のように不器用だけど優しい――恋しく思う屍浪がいる。

 恐れなくていい。

 怯えなくていい。

 異端と罵られようが裏切り者の謗りを受けようが知った事か。たとえ何千何万の人妖に拒絶されようと、孤独などでは断じてない。これだけの『家族』に守られ、支えられてきた自分なら、きっとどんな夢だって叶えられる。

 いや。

 叶えるのだ――絶対に!


「信じろよ。今まで頑張って来たお前なら成し遂げられるさ」

「うん。……うん!」


 目元にじわりと浮かぶ涙。

 やっぱり相談して正解だった。

 誹謗中傷、罵詈雑言――数えきれぬほどの悪意に押し潰され狂いそうだった紫の心を、いとも容易く叩き直してくれた。共感してくれた事が、肯定してくれた事が、何より頑張っていると褒めてくれた事が嬉しくて、嬉し過ぎて、紫は幼児のように大声で泣き出したくなる衝動を懸命に堪えた。



 とまあ、親子愛に溢れた感じでこのまま閉幕すればお互いに幸福だったのだろうが。



 一難去ってまた一難とでもいうべきか。

 あるいは、身から出た錆とも。

 重苦しく抱えていた進路に関するお悩み相談も終えて、おじさんに撫でられて慰められて励まされたから元気出た! と覚悟も新たに意気込む紫。そんな彼女の身に、また新たな問題が発生したのだった。

 しかも、今度は精神面ではなく肉体面で。


「ふゃん!?」


 微妙に発音出来ない奇怪な声を上げて、紫の肩がビクリと飛び跳ねる。

 不意を突かれた屍浪も、彼女の頭を撫でていた手を止めて、


「……どした?」

「ななな何でもない何でもにゃい!」


 盛大に噛んでしまったが、それはこの際どうでも良い。

 重要なのは――


(わ、忘れてたっ!!)


 先ほど屍浪が感知した事からも分かるように、実はこの湯船には本来なら入浴時には決して使用しない薬が混入されていた。

 その無力透明の薬液単体では意味がない代物だが、紫の体表にあらかじめ塗り込んであった別の薬液と反応し合う事で初めて効力を発揮する。

 乱暴に例えるならば二液混合型の火薬のように。

 それこそ、爆発的な効果を。


「やっ、あっ……んんっ、だ、めっ……ふあっ」

 

 疲れを吹っ飛ばすというか強制的に元気になっちゃうというか感覚が“とっても”鋭敏になってしまうというか――頭を撫でられただけでゾクゾクと毛先でなぞったような悪寒が走る。背中から下腹部へと一気に突き抜ける感覚は紫が今まで味わった事がないもので、しかし決して不快ではなくむしろ快感で、焦れったいむず痒さばかりが身体の中に蓄積されていく。

 もはや習慣として無意識の領域に達してしまっているのか、紫が身悶えしている間も屍浪のナデナデは一向に止まる気配を見せてくれない。

 必死に唇を噛んで嬌声が漏れそうになるのを堪えるが、不用意に頭を動かしたせいで屍浪の手が下にずれてしまい、爪の先がうなじや耳元を軽く掻くように掠めて、


「おっと……」

「――――~~~っ!?」


 何かもう色々とぐしゃぐしゃになりそう。

 策士が策に溺れまくっていた。

 当初の目的からすれば計画通りではあるのだけれど、自分で混ぜた薬でビクンビクンしてきちゃった――なんてアホな事を打ち明けようものなら、屍浪に冷ややかな目で呆れられる前に恥で死ぬ。

 心頭滅却明鏡止水、雑念よ消えろっていうかお願いだから消えてーっ! と顔を湯に突っ込み、そこでふと、屍浪がこの状況をどう思っているのか気になった。

 だって混浴だ、絶賛密着中だ。

 紫が堅い胸板や太股に触れているのだから、必然的に、屍浪も絹のような少女の柔肌をしっかりと感じ取っているはず。おまけにとても色っぽい(あくまで紫の主観で)官能的な声を出しているのだ。

 で、あるならば。


(ももももしかして、おじさんも真っ赤になって意識してくれてるのかな、だったらどうしよ私今から大人の階段上っちゃうのかしら!? いやんいやん、初めてはお布団の上で優しくって決めてたのに!)


 つい先刻までの乙女の恥じらいは何処へやら、ギラギラと肉食獣めいた歓喜と期待を胸に抱いて振り返り、


「…………くぁぁ」


 だらけきった表情で大欠伸された。

 天井を見上げる屍浪の顔はうっすらと朱に染まってこそいたが、それは薬の影響を受けたからでも照れているからでもなく、明らかに風呂の熱気によるもの。と言うか、ものっすごく眠そうだ。

 そこから導き出される結論。

 幼い『娘』とお風呂に入る父親と同じで。

 この人、自分を『女』として見てくれてない。


「………………」


 青筋を浮かべる紫の行動は迅速だった。

 浴槽内と大口を開けている屍浪の頭上をスキマで直結して、元気になっちゃうおクスリたっぷりのお湯を何処ぞの名所の滝みたいにエンドレスでドバーッ!!


「ごばばばばばばばっ!?」

「な・ん・で! こーんな美少女と一緒にお風呂入ってるのにおじさんは眉一つ動かさず平然と欠伸なんて出来ちゃうのでしょうかああああっ!?」


 乙女のプライドとか女としての矜持とか自尊心とかを甚く傷つけられた。

 全国各地に伝わる美容法とか使って頑張って綺麗になったのに。日に日に大きくなるおっぱいやお尻の形が崩れないよう細心の注意を払ってきたのに!

 この傷はもっともっともーっと密接に触れ合う事でしか癒せないのよ!! と意味不明な理屈を掲げながら膨れっ面で屍浪に詰め寄る全裸系金髪美少女の左手の中に、


 ぐにょり、と。


 何やら、柔らかい感触。

 前のめりになった身体を支えるための左腕。それは丁度、屍浪の両足の間――下腹部よりも更に下の辺りを押さえるように伸びていて。

 こ、れ、は――


「…………」

「…………」


 痛々しい沈黙。


「……紫、スマン。かなり痛いから手ぇどけて」

「あ……あ、あわわわわわわわわわわわわわわ――」


 急所。息子。大蛇。亀さん。自慢の一振り。

 初心故にか、危険な直接表現を避けた単語ばかりがグルグルグルグルと渦を巻いて思考を掻き乱し、やがて今の今まで積み重ねられてきた負荷はずかしさに紫ちゃんブレインがとうとう限界を迎えて――


「――はふんっ」


 みるみる朱が上り、頭頂部から小さなキノコ雲。

 両目を×印にして、紫は再び湯船の底へ沈んでいくのだった。



 ◆ ◆ ◆



「…………そーれーでー? 紫とは風呂場で一体何をしとったんじゃあ? 温厚な邪魅さんは怒ったりせんから包み隠さず正直に言うてみ、んん?」

「夜に使おうと思ってた薬も何時の間にか薬品棚から消えていたし、その辺も詳しく教えてほしいのだけど?」

「だから、俺からは何もしてないって」


 さて問題――どうして俺は尋問されているのでしょうか。

 風呂に浸かっていただけの屍浪としては、この理不尽な待遇に首を捻らざるを得ない。

 すっかり正座が板についてしまった彼の傍らには濡れ手拭いを頭に乗せた紫が寝かされていて、時折うなされながら左手で何もない虚空を掴もうとしている。その意味を身をもって知る屍浪ではあるが、余計なツッコミを入れて状況を悪化させるつもりはないので黙っている事にした。


「俺からは――って事は、彼女からは何かされたのね?」

「紫は恥ずかしがりのクセに妙なところで行動的じゃからのう。赤ら顔で悶えてるくらいならまだ良いが、こうして盛大に自爆したところを見ると……」


 般若二人の目つきが鋭くなる。

 そして何故か睨まれるのは紫ではなく屍浪。

 こういう話題では善悪問わず男に責任が押し付けられるもの――それが世の常であり、血で血を洗うどころか周辺一帯が壊滅しそうな刃傷沙汰にならないだけマシとは思うけれど、しかし促されるまま赤裸々に告白したら今日一日の奮闘の全てが間違いなく無駄になってしまうだろう。

 とにかく、負けず嫌いな二人なのだ。

 それをよーく思い知っているからこそ、


「……勘弁してくれ」


 屍浪は脱力して仰向けに倒れた。

 逆転した視界に入ってくるのは、隣接した台所スペースで調理する幽香の後ろ姿。その表情こそ窺い知れないが、父親代わりとしてずっと見守ってきた屍浪には、今にも鼻歌が聞こえてきそうなくらいに上機嫌なのが手に取るように分かった。

 淀みなく振るわれる包丁、ぐらぐらと煮える鍋。

 忙しそうな――しかし楽しそうな料理風景を見ていると、ああやっぱり幽香も女の子なんだなぁと心が温かくなってくる。そして、このまま寝転がってて良いのだろうかと肩身が狭くもなる。

 竹林の奥にひっそりと佇む永遠亭には電気もガスも水道も通ってはいない。台所設備は風呂と同様に、かまどで煮炊きする時代相応の古めかしい方式をとっている。一から時間をかけて火を起こしたり、必要なだけの水を汲んできたり、更には食材の下拵えまで――妖怪とはいえ、少女の細腕で行うには中々の重労働のはずだ。


(……手伝うか)


 そう軽く考えた屍浪はむくりと起き上がり、不満げな顔をする永琳と邪魅をその場に残して、焼き魚や煮物の匂いが漂う台所へ向かった。

 とどのつまりが敵前逃亡である。


「あ、おじさん」

「何か手伝う事あるかー?」

「ううん、大丈夫。もう少しで出来上がるから向こうで待ってて」


 気に入らない人妖に対しては居丈高な態度をとる幽香だが、屍浪の前では借りてきた猫というかマタタビ漬けの虎というか――被害者達の心に刻み付けられた悪名高き『風見幽香』の面影は何処にもない。其処にいるのは嬉しそうに食材を刻む少女ただ一人。

 初めて出会った頃と変わらぬ柔らかな笑顔に癒されながら、ふと視線を横に移すと、


「見ないと思ったら……此処にいたのかお前さんら」


 鍋を載せたかまどの前にしゃがみ込む小柄な影が二つ。

 封獣ぬえと因幡てゐである。

 名称は火吹き竹だか何だったか、『息を送り込んで火を大きくする筒』を構えて必死に頬を膨らませていた。まるで火が小さくなったら命がないとでも言わんばかりの形相で。

 こちらに気付いたぬえが抗議の声を上げるが、


「――ぶはぁっ! ……あ、師匠助けて! この女さっきからずーっと私達をこき使ってひいいいいいっ!?」

「ぎゃああああっ!? ばばば馬鹿ぬえ、手を休めないで! 私まで危ないじゃんか!」


 屍浪を――と言うより屍浪の背後を見て、揃って仲良く真っ青になる。

 何を見たのか。自分の後ろに何が立っているのか。

 脇に置いてある水瓶にこっそり目をやれば、仄暗い水面に映っていたのは目元が前髪で隠れた俯き加減の幽香の顔。握った包丁を人喰い山姥のように威圧的に輝かせながら、口元をゆっくりと三日月形に歪ませて声なき言葉を紡ぐ。


 ――だぁ、まぁ、れ。


 無音の殺意を向けられたぬえとてゐは身を寄せて抱き合いながら、了解の意と恐怖による震えが入り混じった感じでガクガクと首を縦に振り続ける。その怯え方は明らかに尋常ではない。

 流石に直接的な暴力を振るったとは思わない(思いたくない)が、自分が風呂に入っている間に一体どんな上下関係が築かれてしまったのだろうか。

 それ以上深く考えると入浴前より疲れてしまいそうだったので『……うん、幽香ちゃんがたくましく育ってくれちゃっておじさんとっても嬉しいデスヨ?』と笑って誤魔化し現実逃避する事にした。

 手伝う事がないと言われてしまっては、理由をつけて逃げ出してきた屍浪はぼうっと手持ち無沙汰に立ち尽くすしかない。

 強制労働者二名からは『お願いだから此処にいて!!』と幽香用の防壁にされ、背中には戸の陰から顔を覗かせた自称奥様方の視線がそりゃもうグッサグサと突き刺さる。

 屍浪の残された道は、夕飯が完成するまで不肖の弟子やウサミミの友人と一緒に台所の隅で小さく固まっている事くらいだった。

 まるっきり、肩身の狭いお父さんの図である。

 そんなこんなの紆余曲折を経て、食卓に大量の料理が並べられる。

 この時代では贅沢品に分類される白米、大皿に山と盛られた煮物、出汁が良く染みた山菜のおひたし、小柄な子供ほどもある焼き魚等々。中でも一際目を引くのが卓の中央に鎮座する巨大な鍋。煮えているのは魚ではなく動物の肉のようだが、てゐが半狂乱になっていないので兎の肉ではないようだ。

 気絶している紫以外の皆が席に着いたところで、


「じゃあ私は姫様に食事を届けて来るからごゆっくりー」


 二人分の膳を持ったてゐが退室する。逃げやがったなと思わなくもない。

 何気なく、左隣で白米を食む永琳に訊ねてみた。


「そういやまだ顔を見てねぇが、輝夜……姫さんは元気なのか?」

「不老不死だから元気でしかいられないけど、少なくとも隠遁生活に嫌気が差してる様子は見られないわね。本人もその辺りの事情は重々承知しているようだから」

「わざわざ食事を運ばせてんの? 一緒に食えばいいだろうに」

「……今回ばかりは儂らの邪魔にしかならんからに決まっとろうが」


 永琳の代わりに答えたのは、屍浪の膝の上にちょこんと座って焼き鳥を食らう邪魅だ。彼女は半目で見上げながら、怒りを押し殺した声で言う。


「それとも何か? これだけの華が揃い踏みだというのに、お主はもう一人女を侍らせたいと? 儂らなんかよりもあの姫君の方が良いと、そう言いたいのか?」


 加えて、右隣に座る幽香からも、


「あらそうなの? おじさんったら悪い人。……刺して良いかしら?」


 侍らせた覚えも侍らせるつもりもないのだが、はいそうですねスミマセンもう十分でゴザイマス、と両隣と真下で怖い笑顔を浮かべる少女達に平謝り。卓を挟んだ正面の席でぬえが居心地悪そうに『……師匠が弱く見える』とか何とか呟いているのが聞こえるが、箸先を目に向けられた屍浪にはどうする事も出来ないのである。

 女難は続く。


「はい、おじさん。あーん♪」

「………………」


 箸で刺した里芋の煮っ転がしを幽香が食べさせようとする。

 拒む、という選択肢は初めから存在しない。ついうっかり『自分で食えるよ』なんて口を滑らせようものなら、里芋の代わりに眼球が刺し貫かれる事になるだろう。そもそも箸を使おうにも、屍浪の右腕はがっちりと抱きしめられていて動かす事は出来なかった。

 永琳と邪魅は目つきこそ鋭くするものの、表立って妨害しようとはしない。昼間にあれだけ好き放題やったので口を挟めずにいるらしい。

 恋敵達が歯噛みするのを見て、幽香の笑みが深くなる。


「……美味しい?」


 口をもごもごさせたまま、どうにか頷く。

 なおも『あーん』は止まらない。

 絶え間なく次から次へと料理が詰め込まれていくため、咀嚼して飲み込むのに忙しい屍浪は会話すら不可能な状態にあった。

 新婚夫婦のような二人っきりの空間を築けてご満悦の幽香とは裏腹に、除け者扱いされた左隣と真下の二名から太股を抓られたり相手して欲しそうに袖を引っ張られたり。ついでに正面からは『違う、こんなの私が知ってる師匠じゃないよぅ』とでも言いたげに箸先を銜える弟子の視線。

 もしかして、全部食べ切るまでこの苦行は終わらないのだろうか。

 そう考えると暗澹とした気分になるが、永琳が『手料理』と言い張る各種栄養剤を混ぜ込んだ炭水化物系の流動食ではなく、腕によりをかけた極上の品々である事が唯一の救いといえば救いだった。



 しかし――



 ◆ ◆ ◆



 ……。

 …………。

 ………………。


 ……少々、甘く見ていた。

 数刻前の自分を迂闊だと罵りたくなる。

 異性としてではなく父親の立場で接していたがゆえに、そして、幽香が胸の内に抱く感情に気付いていたからこそ、手料理を食べさせられる程度で済んで良かった――と心の何処かで油断していた。

 幽香がまだ半分も本気を出していないとは、考えもしなかった。

 だからこうして窮地に陥っている。


「――っつぅ」


 鎖骨の辺りに、針にも似た痛みが走った。

 天井から視線を移せば、目に映るのは幽香の鮮やかな緑髪。春に芽吹く命を彷彿とさせるその新緑が今は何よりも生々しい。

 皮膚を刺す痛みの次に襲ってくるのは、ピチャリピチャリと艶かしい音を立てて這う舌の感触だ。流れ出るはずもない血を舐め取ろうと、唾液に濡れた真っ赤な舌先が粟立った肌の上を蛇の如く蠢く。

 悩ましい息遣いと水音だけが、狭い室内に生まれては消える。

 此処に至るまでの経緯はこうだ。

 殺伐とした夕食を終えて食器を片付けた後、永琳は『やりかけの研究を片付ける』と言って自室に戻り、屍浪や他の面々も宛がわれた部屋で床に就く事となった。

 住人の少ない永遠亭は空き部屋も多く、一人一部屋ずつ使ってもまだ余る。屍浪が選んだのはその中でも一番狭い二畳間――本来は予備の布団や雑貨を収納しておく物置空間だ。起きて半畳寝て一畳、なんてことわざにもあるように、横になれるだけの面積さえあれば支障はない。それに、この狭さならば『一緒に寝よう』と誰かが提案してきても断る理由になる。永琳は自室に招こうと画策していたようだが、説得の末に『誰とも一緒でないのなら』と渋々ながらも了承してくれた。

 これでどうにか一安心、と慣れない疲れに潰されて布団に倒れ込んだのが二時間前。

 だがまさか、寝入った瞬間を狙って忍び込んでくるとは思いもしなかった。

 互いに出し抜かれまいと女衆が目を光らせているこの状況、たとえ誰かが夜這いを仕掛けようとしても、その前に阻止されるだろうと高をくくっていたのだ。

 その結果がこれである。


 仰向けに寝転ぶ屍浪。

 その上に馬乗りになる幽香。


 幽香は一糸まとわぬ薄桜色の裸体を惜しげもなく晒し、屍浪も全裸でこそなかったが、着流しを無理矢理脱がされて隻腕の上半身が露わになっている。

 二人が親子のような間柄にあるとは到底思えない光景だった。

 本気で拒もうと思えば拒めた。白骨の姿に戻れば中断せざるを得ないし、能力を使えば動きを封じるのも容易い。意識を刈り取り、幽香にとって都合の良い一夜の夢を捏造して流し込む事だって可能だ。

 だが、出来なかった。

 屍浪の胸板に顔を埋める幽香が、あまりに純粋で健気に思えて。

 身を擦りつけるその様子からは、衝動に駆られて情欲を満たそうとする獣というよりも、匂いを移して『これは自分の物だ』と懸命に主張する子猫のような――そんな小動物じみた嫉妬が見て取れる。

 今の幽香を突き動かしているのは性欲ではなく独占欲。しかも成人が抱くようなドロドロとしたものではなく、弟妹が生まれて親が構ってくれなくなった幼子のそれに近い。

 そしておそらく、幽香はその稚拙な感情を自覚している。

 肌を重ねるだけで『先』に進もうとしないのが何よりの証拠であり、だからこそ屍浪も力ずくで押し退けようとはしない。


「……幽香」

「いや」


 名を呼べば、返ってくるのは拒絶の一言と首筋への甘噛み。

 色々と不味い状況ではあるが焦りはない。交合を躊躇出来るだけの理性が残っているのなら、まだ話し合いの余地はある。時間をかけて、ゆっくりと、娘の話に耳を傾けてやればいい。

 屍浪は静かに息を一つ吐き、


「話してみな」


 覆い被さる身体がピクリと震えた。

 意地っ張りで、弱みを見せるのが嫌いで、だからいつも強がって誤解されて、しかし本当は寂しがり屋で泣き虫でとても優しい心を持つ――屍浪が知る『風見幽香』とはそういう少女だ。

 悲しくなった時、怖い夢を見た時、何かに失敗した時。

 辛くなると屍浪に抱き着くその癖は、昔も今も全く変わらない。

 幽香はぽつりと、


「……怖いの」

「怖い?」

「だって――だってこのままじゃおじさんは他の誰かの物になって、私の事なんて見てくれなくなって、またあの時みたいに独りになっちゃうんじゃないかって考えたら、そしたら、そしたら……」

「泥沼に嵌まって不安になっちゃった、と」


 ふむ、と屍浪は顎に手をやり、


「……阿呆かお前は――ってイダダダダッ!? ごめん口が滑った噛むな噛まないで子供かお前は!」


 涙目で、うぅぅと唸って歯を突き立てる幽香。本当にヤキモチ焼きの犬猫でも相手しているような気分になり、屍浪は苦笑する。


「……今さら独りにするくらいなら、“あの時”にお前が泣こうが喚こうが殴ってでも置いてきたさ。それに何を勘違いしてんのか知らねぇが、俺は誰かの所有物になった覚えもなる気もねぇよ」

「でも永琳や邪魅にはヘコヘコしてたじゃない」

「あれは楽しいからやってんの」


 言葉の意味を履き違えたのか、幽香は妙に冷たい目になって上体を起こす。その反動でぶるんっと胸部の膨らみが揺れるが、お父さんモードの屍浪は特に動揺する事もなく、至って真面目な顔で『言い方が悪かったな』と続ける。

 少女の頬に伸ばすのは己の右腕。

 急速に朽ちていく腕はやがて骨と化し、すぐに肌を取り戻す。


「ああいう風に馬鹿やったり叱られたり必死になってどう切り抜けようか考えたりしてると、ほんの少しだけだがお前達と同じように“生きてる”って実感が湧くのさ。まあ、結局は俺の自己満足に過ぎねぇがな」

「実感……」


 心も魂もない自我だけの存在。

 他者の骨肉を得なければ触れ合う事すら出来ない異質。

 こんな“生きぞこない”でも、存在する証が必要なのだ。

 独白を聞き終えて、幽香は一言、


「……もしかしておじさんって、実は結構最低なのかしら」

「ぐふっ!?」


 予想外のダメージに呻く。

 ご丁寧に、軽く血を吐く幻覚まで使って。


「ま、まあ、お前さんらの気持ちを知った上で利用してるようなもんだし、そう思われてもしょうがないと覚悟したつもりだったが……真っ正面からはっきり言われると中々に効くなぁオイ」


 おじさん本気で泣きそうよ、と屍浪は頭を掻いて諦めたように言う。


「で、どうすればお前は許してくれるのかな?」


 自覚していても甘やかし過ぎてしまうのが彼の困った癖なのだった。



 ◆ ◆ ◆



「おお、遅かったの――」


 彼女が言い終わる前に閉めた。

 薄い肌着一枚だけの幽香を抱えていたので仕方なく足で開けた風呂場の戸を、中にいる人物を視認した瞬間にズバーン!! と全力で蹴り閉めた。この間一秒にも満たない早業である。

 幽香が何とも言えない表情で屍浪の顔を見上げる。


「……おじさん」

「言うな。言わないで。俺は何も見てません!」


 叫ぶ屍浪であったが、明後日の方向に顔ごと視線を逸らす彼の前で、ガタッゴトッと廃屋めいたおどろおどろしい音を立てて引き戸が隙間を広げていく。

 内からの覗くのは、ジットリとした半目。


「なぁぜ閉めるのじゃあ屍浪よぉう。せっかく皆でこうしてお主を待っていたというのに、あんまりな仕打ちではないかぁ――」


 呪詛のような声がしたかと思えば、白く細い子供の指が戸に掛かり、ガラリと一気に押し開かれる。湯気の目隠しが散って露わになった内部の様子は、屍浪が頭を抱えて逃げ出したくなるには十分な破壊力があった。

 湯船に身を沈めて顔を真っ赤に染めている紫。

 木製の風呂椅子に座って妖艶に笑む永琳。

 腰に手を当てて仁王立ちする邪魅。

 大きいのと、形が綺麗なのと、まな板と。

 どいつもこいつもスッポンポンである。

 風呂場なのだから当然といえば当然――この場合は服を着ている方が不自然だが、問題はどうして彼女達が見計らったように勢揃いしているのかという事で。


「……何故いる」


 高らかに『乙女の勘じゃ!』と威張る邪魅の言動は無視するとして、おそらく紫にスキマを開かせて覗き見ていたのだろうと判断する。まったく、プライバシーも何もあったもんじゃない。一度キツく言っておくべきなのか判断に迷うところだ。 


「永琳サンや紫までいるって事は、俺らが何しに来たのかも……」

「全部知ってるから私達は此処にいるのよ?」

「でしょうねぇ」


 幽香の要求は単純明快――『永琳と邪魅と紫にした事された事を自分にも』というものだった。なので神経をすり減らしそうな永琳と邪魅コースは後回しにして、とりあえず紫と同じように風呂に入る事にしたのだが。

 本日一番の難題に直面してしまった。

 さて、四対一です。

 二対一で三途の川に逝きました。

 まともに相手をしたらどうなってしまうでしょうか?


「……………………流石に五人で入ると狭すぎるので女同士四人でどうぞ楽しくごゆっくり!! 出来れば俺が逃げ切るまで入っててくれると有難い!!」


 幽香を降ろして逃走開始。

 しかし奇妙な浮遊感。

 見れば足元にスキマ展開。

 繋がる先は湯船の中。

 そして風呂場の戸が閉まり――


 その後の展開は、語るまでもないだろう。


 合掌。

さて……うちの骨が壊れるおハナシ前編と後編でした。


エロいのかエロくないのか、一段落ついたのかついてないのか、文字数が多くなって自分でも『ワケワカラン』となった今回の二十八話。


そもそもR15のボーダーラインがよく分かりません。本番の描写がなければ良いのでしょうか。


あと、そろそろ屍浪の二つ名でも考えるべきでしょうかね。



以下――唐突に思いついた新キャラネタ。


 名:写堂天目しゃどうてんもく


種族:古びた写真機の付喪神


能力:魂を吸い取る程度の能力。


備考:生物無生物を問わず、隻眼で見た対象の『魂』を吸い取る。生物の場合は『命』そのもの、無生物の場合は『存在意義』――刃物を斬れなくするなど、対象が本来持つ機能を奪い取る。


思いついただけで使う気はないので、一報いただければ設定丸ごと差し上げます。


次回は大江山。真面目に不真面目な屍浪が戻ってきますよー。

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